特に西洋の哲学・思想は言葉を全うに扱うことで成り立ってきた。暴き、暴かれるの繰り返しの末に、臨海点を過ぎている。哲学・思想はボロボロに千切れた。それがこの映画のナラティブの惨めな姿だ。畢竟するに、全…
>>続きを読むまずはじめにロッセリーニ『ドイツ零年』との特集として併映されていたのですが、そもそも、この2作品に共通するところは「ドイツが舞台」くらいで、他特につながりは無かったように思います。ギリ「第二次大戦後…
>>続きを読む「新」と邦題は銘打っているが、続編ではないし、監督も別
ドイツ零年が終戦後に対して新…はベルリンの壁崩壊の頃
ゴダール好きな人でないと何言ってるかわからない、という風に感じる(私がそうです)
ド…
大量のモノローグ、文字だけの画面、不自然にスタイリングされた画面(公園の池の端だけがキラキラしている)、資料映像のコラージュ、街をさまよう探偵、映画論から音楽論へのスイッチ、記号、批評、思索。
ゴ…
ゴダール特有の散文詩的表現に映画は進んで行くけれど
難解ながらもその空間に身を委ねる心地良さ
ロッセリーニの「ドイツ零年」を起点にして作られたゴダールのこの映画「新ドイツ零年」
ベルリンの壁崩壊…
「
幸福な時間というのは歴史から見たら白紙。
人生の中のドラゴン… 実はそれは王女であり、私たちに美と勇気を期待しているのだ。
時間というものを言葉に言い換えることはできない。
一時間ずっ…
眼は確かに捉えても脳を滑りゆくゴダール映画がまたきた
撮影と演出やばすぎてそれだけで存在価値は絶大。家路と同じく宝物って感じそれだけで。でも、語ってることが何一つ分からんかった。何が映ってるのか分か…
「人生におけるすべてのドラゴン」ってすごいワード(リルケからの引用)。
平倉圭の『ゴダール的方法』を読み直してると、デルフィーヌが右にフレームアウトする瞬間、挿入されるフリッツ・ラング『メトロポリス…
短いから寝ないだろうと侮っていたが、後半撃沈。
クラシック音楽とドイツ古典映画のサンプリング。
重機と書物の間をクラシックと朗読が乱反射しているような音響と画面連鎖が心地よく。
壁が崩壊し、すること…
© BRAINSTORM 1991. Licensed through ECM Records GmbH