ジャッキーと女たちの王国の作品情報・感想・評価

「ジャッキーと女たちの王国」に投稿された感想・評価

棟梁

棟梁の感想・評価

3.8

このレビューはネタバレを含みます

 2019年10月中旬、アンスティチュ・フランセ東京はエスパス・イマージュにて、フランス随一の人気を誇るバンド・デシネ作家リアド・サトゥフ(Riad Sattouf)による長編監督2作目の『ジャッキーと女たちの王国』(2014)を鑑賞した。本作上映会は「Vivre la diversité 多様性を生きる」のイベントであるとともに、監督の自伝的作品である『未来のアラブ人(L'Arabe du futur)』(花伝社)の邦訳版出版記念の一環でもある。『未来のアラブ人』は、シリア人大学教員を父に、フランス人を母に持つ監督の思想的背景を知る上では必読の書であるが、これは後述する。
 舞台である架空国家のブブン民主主義共和国(République Démocratique et Populaire de Bubunne)は、馬(おウマさま)を聖なる動物として崇め奉り純白の牝馬を至高とする特殊な宗教を国教とし、将軍・ブブンヌ16世を元首に戴く女尊男卑の軍事独裁国家である。パラレルワールドの架空国家という設定なのだが、国家、政治体制、宗教の何れをとっても既視感を以て提示される。より詳らかにすれば、個人崇拝を推し進めたヨシフ・スターリン下のソヴィエト連邦、金一家の北朝鮮かムアンマル・カダーフィーの頃のリビアに一神教(ユダヤ教、キリスト教、イスラーム)とヒンドゥー教を混ぜ合わせ、国民にフランス語を話させればなんとも珍妙なブブン民主主義共和国の出来上がりだ。そんなブブン民主主義共和国において、特筆すべきは何といっても同国の国民である。架空国家の民であるから、彼らを仮にブブン人と呼称しよう。恐らくコーカソイドに分類されるブブン人は、女性を社会的上位、男性を下位に据えるのだが、これは彼らの信仰する架空宗教(信仰対象は馬であり、お粥以外の食料は不浄)に依拠するからである。加えて、男性は社会進出をせずにヴェールを被ることを求められ、家事に勤しむ。男性を虐げヴェールを被らせる理由が作品内で言及されることは一切ないのだが、男性が肉体を(親族以外の)女性の目に晒してしまうことで女性は不必要に魅了され、男性は欲の赴くままに行動してしまう可能性があるので、それを未然に防ぐための措置であると監督は言う。女性は胸を張って勇ましく、男性は猫背で弱々しく女性の半歩後ろをついて行く。観客の目には何とも珍奇なものとして映るが、男女を逆転させた場合は果たして物珍しく見られるであろうか。
 画一的な家々の立ち並ぶ入植地然とした片田舎に住む、母や思いの健気な美青年ジャッキーを演じるのはヴァンサン・ラコスト(Vincent Lacoste)である。20歳のジャッキーは村の女性たちから好意を向けられるが、彼はそれらを一顧だにしない。何故なら彼は将軍の一人娘にご執心だからである。そんなジャッキーに、父の旧友であるジュラン(ミシェル・ハザナヴィスィウス)は自由な外界のことを教えるが…。これ以上の作品設定とストーリーラインを述べてしまうと、本作を深く楽しめないであろうから、以降の言及は控えさせていただきたい。しかしながら、一定数の読者諸賢は多少気になるかもしれないであろうから、作品全体をサトゥフ氏の言を借りて一言で表したいと考える。この作品は、言うなれば「現代のシンデレラ」である。あらゆる面において「多様性」が必要とされる近年において、本作は衝撃をもって受け止められる。フランス人ですらどん引く程の刺激であったらしく、興行は大コケだったようだ。「進歩」する側と「立ち止まる」側の埋められない溝はあまりにも大きすぎるのであろう。作品本体も注目に値するのだが、読者諸賢に特に注目していただきたいのは、主演のヴァンサン・ラコストの美しさと未熟さには目を見張るものがあるということである。ヴァンサンは美男子と先述したが、実際は美人である。中性的な美しさがあればこそ奇妙奇天烈な世界がメルヒャンへと様変わりするのだ。また、北朝鮮にインスパイアされたというサトゥフ氏は、多くのシーンをスターリンの生誕地としても有名なジョージア共和国で撮影したというのだからこれまた注目だ。
 リアド・サトゥフ氏の本業はバンド・デシネの創作である。であるからこそ、本作にもバンド・デシネならではの風刺が随所に織り込まれているのであろう。シャルリー・エブド襲撃事件以前に製作された作品であるからこその過激な表現が許されているのかもしれない。同氏の思想的根幹を探る際、『未来のアラブ人』を読むことをお勧めする。両親の出自がシリアとフランスというのもまた、興味深い。というのも、オスマン帝国が解体されてからシリアの地を委任統治(1920~1941)していたのはフランスだからである。幼少期から汎アラブ主義者じみた父親(アブ・リアド)に振り回される形で、リビア、シリア、フランスと様々な点で各々異なる地を移り住んだサトゥフ氏が今や無神論者というのは個人的興味を惹く。サトゥフ氏の辿った半生の延長線上にある本作と補完関係にあると言って過言でない『未来のアラブ人』も併せて読みたい。
結末謎のどんでん返しのせいで「愛は全てを超えられる」が「愛は全てを超えられる(?)」になってしまってたけど、エンタメとして面白かった。
まめ

まめの感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます

面白かった。
映画館封切りのときは散々だったと聞いていたので、どんなB級コメディーかと思っていた。
違和感、不快感で考えさせられる男女反転シンデレラストーリー。

冒頭のジャッキーの自慰行為、必要か?と思ったんだけど
無理矢理に性的な関係を求められる、性の対象として消費されるシーンに対して
主体的に性的な行為が出来るのに意にそぐわない行為を強いられるところ?に(被害者が責められるところまできっちりと男女反転)効いてたのかなと思う。
きちんと言語化出来ないんだけどレイプシーンよく出来てると思った。加害者が。
男女逆でも加害者は加害者で権力は権力なんだな。

1人の女性の配偶者になりたくて男性が女将軍に群がる舞踏会(ダンスはない)、
男女逆だったら1人の王子様に女性が群がる事を不思議に思う人はほとんどないっていうの、確かにシンデレラの舞踏会をこんな風にグロテスクに感じた事は(多分あんまり)ないと思った。
白い衣装がお粥みたいだし精子みたいで色々な意味が込められていそうだった。つぶさにきいてみたい。
お粥みたい=クソ という事かな、と。

ジョージアロケ。
旧社会主義国の建物の並び面白い。
(日本の団地も近いところあるよな…と、ふと思った。土地がないだけ更にぎゅうぎゅう)
「未来のアラブ人」作中の光景にちょっと似てる気がする。

北朝鮮は他の社会主義国と比べても抜きんでて個人崇拝がすごいのでとても参考になったとの事。
シャルロットゲンズブールがイケメンのように奉られるので、もしあの国の将軍がもっと万国受けする顔(どんなかわからないが)だったら世界が今より変わってたりしたんだろうかと思った。

Netflix配信されたと言ってたけど日本版はまだっぽいので早く配信されて騒がれてほしい。

国民の前で裸になるのはあり得ないけど
ラストの後、更に2人がどうなったのか気になる。
冒とく?何に対しての?っていう最後。

あとあれだ、おじさんが民主化訴えてたところ消化不良。

ヴァンサン・ラコスト、ほとんど知らなかったんだけど美しかった。

繁殖について何も言及なかったのは広げすぎないようにかな

馬のモチーフ、後からノーズティカ見て思い出したんだけど関係ないかな…
eigajikou

eigajikouの感想・評価

5.0
これは傑作!
リアド・サトゥフすごい才能

ヴァンサン・ラコスト素晴らしい!
一般公開されたらいいのに!


Festival Saison Rouge 2019
リアド・サトゥフを迎えた映画上映会『ジャッキーと女たちの王国』&トーク
filmoGAKU

filmoGAKUの感想・評価

5.0
【記録】blu-ray. 24 nov. 2017. in fr.

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