三つの光の作品情報・感想・評価

三つの光2017年製作の映画)

上映日:2017年09月16日

製作国:

上映時間:100分

あらすじ

深夜の倉庫街で楽曲制作をするマサキとKの元に、抑圧さ れた日常から逃れるようにして三人の女が集まってきた。マ サキとKとの出会いによって自分を解き放っていく3人。それ は、共同で作り上げていく一つの音楽に結実していくように 思われたのだが・・・。

「三つの光」に投稿された感想・評価

ryuji

ryujiの感想・評価

3.5
物凄くリアル
自分も同じような事をやっている為
自己投影してしまったが、
全体のタッチと演習の音遊びは好きでした。
ひらが

ひらがの感想・評価

2.8
率直な感想としてはスッキリできない。誰しもに陰と陽の側面があるとしても自分で自分を抑圧してる様にしか感じられず。
第三者として傍から見れば気持ち悪い集団にか映らない。
吐き出したいものがあって発散したい気持ちは分かるけどアクの強さが表面化していてどうにも揺さぶられなかった。
TomoHojo

TomoHojoの感想・評価

4.0
予告編から気になっていて、賛否両論はあると思うが自分的には非常にのめり込めた作品だった。人それぞれが持つ日々の鬱憤や不満を前衛的な音作りを通じてそれを満たし発散して行こうとするのだが、そんなに他人が簡単に分かり合える事などないのだ。テーマである「光」の解釈は人それぞれあると思うが、自分も自分なりの解釈は見い出す事は出来た。「光」を灯すのは簡単だが、灯し続けるのは難しいという事か。。。決して明朗では無いし、テーマ的にも暗く観終わった後の後味もスッキリするものではないが、監督の吉田光希氏の伝えたかった事は十分伝わる良作。印象的なシーンも沢山あったし、ミニシアターの夜一回上映にしておくには勿体ないと思う。
すかい

すかいの感想・評価

3.8

このレビューはネタバレを含みます

ミニシアターで予告編を見て気になったので鑑賞。上映後の舞台挨拶でキャストの方々が仰っていたように一言では言い表せないし、捉え方も人それぞれになる分かりにくい作品だとは思う。

人間生きてれば嫌なこともあって上手く発散出来ない人もいる。それを逆にエネルギーとして表現すれば芸術になるかもしれないし、それこそ生きるってことなんじゃなかろうか。大事なのは今自分が何をしたいのかはっきりさせること。誰かに指示されたから何かをするんじゃなくて、自分のしたいことがはっきりすれば進むべき道は見えてくる。また自分が何をしたいのか分からない人はとりあえずそれを言葉にすればいい。そうして一つ一つ行動していけば新しい何かが見えてくるものだ。と個人的にはこんな風にメッセージを捉えた。すっきりな感じでは描かれなかったが、主要人物たちがそれぞれ自分の問題から行動を起こして一歩前に進めた終わり方が良かった。

上述したように上映後に舞台挨拶があったのだけど、私の隣の席に今作に出演している女優さんがいらっしゃってちょっとびっくり。むしろ劇場に入る前のエレベーターの中でも一緒だった人だったのでなんか得した気分 笑
人によって感想·評価がとても分かれる作品ではないかと思います。

2017年9月に映画館で鑑賞
三つの光
9/16公開ですが 一足早くレビュー。
テニススクールでコーチとして働くマサキ(鈴木士)は、かつて音楽スタジオとして名を馳せた倉庫の一室でK(池田良)と共に楽曲制作をしている。
保育士として働くも仕事を休みがちなアオイ(小宮一葉)は、誰に求められるわけでもなくピアノを弾く指先と鍵盤を動画サイトにUPし続けている。
夫との関係が上手くいっていない主婦 ミチコ(真木恵未)は、自らの居場所を求め人との繋がりを欲している。
音楽をキッカケに倉庫へ集うようになった4人は、様々な音を紡ぎ出していく過程で充足感を得ていくのだが…。
光を求め彷徨い続ける者達の葛藤を通し、弱々しくも確かな輝きを描いた作品だ。

冒頭で語られる「三つの光」の在り方
序盤で丁寧に描かれる登場人物達の日常
あなたはそこに何を思うだろう。

人それぞれに人生においての「光」の定義は異なる
が、今作における「光」の方向性が示されたおかげで見えてくるモノがある

あってもなくても変わらない上っ面の人間関係
日頃の鬱憤を晴らすための独りよがりな人間関係
自身の欲望を満たすための人を人とも思わぬ人間関係
どれもこれもマトモに対話できているとは言い難い
唯一対話できている相手がいたとすれば、それは自問自答する己自身
胸に何かしらのシコリを宿す彼らには、0か100の両極端な関係値しか築けない
相手の状況に応じて臨機応変に対応できる50の距離感を保てない

無理せずとも会える人
言葉なくとも理解し合える人
一切の損得勘定を排して関わることのできる人
そんな風に思える相手であっても、何かの拍子に関係がこじれてしまうことがある

くすぶっている自覚がある者なら
他者との繋がりに悩んでいる者なら
変わりたいと願っている者なら
どれもこれも身に覚えがある光景のはず。

本心は言わないし、言えないことの方が多い
差し障りのない人間関係の中で無難に日々を生きている
同じ繰り返しの毎日に 息が詰まりそうな現実に 無価値だと思えてしまう自分に焦りを感じつつも、何かに縋ることで誤魔化し続けている

思考の波に囚われ一人塞ぎ込んでいる内は、きっと光など得られない
何の努力もせずに一発逆転はありえない
自分自身・他者・社会と向き合えてこそ、初めて可能性を得られるのだと思う
彼らにとってそのトリガーが音楽であった。

表向きの自分
心の中の自分
一体どちらが本当の自分だろう
仕事の時の顔
家族・恋人・友人と接する時の顔
一人っきりでいる時の顔
誰もがあらゆる顔を使い分けて生きている

自分という人間は一人でしかないはずなのに、いくつもの思考が同時に巡る
誰よりも自分が自分に期待をしている
誰よりも自分が自分に絶望もしている
どれもこれも本心

なりたい自分 なれない自分、その境界線は紙一重
踏み止まるのも 踏み出すのも、全ては自分次第。

そうして得られた光であっても、街頭程度の光でしかなかったことにやがて気が付く
悲しいけれど、そんな時がすぐさま訪れる
光を灯すことよりも、光を灯し続けることの方が難しい
灯し続ける術を探し求めている内に、いつの間にやら灯したはずの光さえ消えてしまう
また振り出しへと戻る

何かを得るということは、何かを失うリスクも背負うということ
変化していく状況に適応していかなければあっという間に崩れ去る
再び道は閉ざされる

それでも、ダメになったのならまたやり直せばいい
それが許される内は、何度でも 何度でも挑戦し続けたらいい
自分自身と 他者と 社会と関わろうとしていく限り、光を灯す手段はいくらでも残されている
今は道が違えてしまった人がいたとしても、光の射す道を歩き続けている限り また交じり合える日だってやってくる。

ラスト
全てを覆すような大きな一歩ではないが、確かな一歩を踏み出そうとしていた
その小さな小さな一歩が、観客の実人生に確かな勇気を与えてくれると思います。

役者一人一人が漂わせる空気感に説得力があったのはモチロンですが、部屋の本棚に井上雄彦の「リアル」が置かれていることの説得力・自然と着崩れしてしまうアオイのシーンが個人的にはたまりませんでした。

細部は大いに異なりますが、ぼくにとっては「ファイト・クラブ」と同系統の鋭さを持ち合わせた作品です
ぜひ劇場でご覧ください。

青春★★★★
恋 ★★
エロ★★★
サスペンス★★★
ファンタジー★★★
総合評価:A
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