15時17分、パリ行きのネタバレレビュー・内容・結末

15時17分、パリ行き2018年製作の映画)

THE 15:17 TO PARIS

上映日:2018年03月01日

製作国:

上映時間:94分

ジャンル:

3.7

あらすじ

2015年8月21日、アムステルダム発パリ行きの高速列車タリスが発車した。フランス国境内へ入ったのち、突如イスラム過激派の男が自動小銃を発砲。乗務員は乗務員室に逃げ込み、500名以上の乗客全員が恐怖に怯える中、幼馴染の3人の若者が犯人に立ち向かった――。

「15時17分、パリ行き」に投稿されたネタバレ・内容・結末

この映画の8割が仲良し3人組の旅行物語です😃笑
演出として、楽しいハッピー旅行記から一変、最後のシーンでかなりシリアスな展開になります。
このことからイーストヴッド監督が伝えたかったのは、日常にテロは潜んでいるぞ❗ということいざというときは勇気を振り絞れ❗ということかな?と思いました。日本に住んでいる我々からしたら現実味はあまりないですが、その時は近いのかも…
この映画は実話(タリス銃乱射事件)であり、出演者も本人、及びエキストラもテロに遭遇された方々です。
美化されていると思うけど、実話なんですね。日頃の努力が報われたとは言え、実践経験が少ないのにテロリストに傷を負いながらも立ち向かう勇気が素直にすごい。
3人組の仲が良くてヨーロッパ旅行が羨ましかった
アメリカン・スナイパー、ハドソン川の奇跡等、数々のドキュメンタリー風映画を撮影してきたイーストウッド監督の作品。

トレインパニックを思い描いていたので、そこは肩透かしを食らったが、イーストウッド監督ならではの作品。テロを止めた3人や電車の乗客を本人たちが演じているのは衝撃的。前例がほとんどないのではないだろうか。また運命を題材にしており、自分たちの行動全てが1つの運命に手繰り寄せられており、あの時の選択肢一つ一つが今に繋がっていることを考えさせられた。

然し乍ら、あまりにテロリストが出てくるまでが長く、テロを止めた流れが短い。ドキュメンタリー映画の範囲内のイメージだ。高評価の理由は分かるが、個人的にはメッセージ性は伝わるも、退屈に感じてしまった。
○テロ現場遭遇の本人たちが生い立ちからそのテロまでを演じる異色作。

○テロに遭遇する彼らには小さい頃から常に銃や戦争が身の回りにあった(おもちゃの銃を使った遊びや戦争映画のポスター、アメリカ国旗)。

○また人を救いたいという主人公の考えがそのまま15時17分発のパリ行きの電車内で体現されることになる。映画全体を振り返って、その構成の意味を知らされる。
実際の本人が演技してるってのがすごい
みんな演技に違和感なかった

最後の出血シーンがグロくて…
この映画に限らず、観ようと決めてるものに関しては、予告編はおろか前情報一切なしで挑みたいのでだいたいそうしている。

メインの3人の子供時代の頃から丁寧に描いていたのに、大人になったら急にロードムービー風で観光地でキャッキャッやってる様子が多かったので?と思ってたら、演技のできない素人さんのご本人起用ということでなるほどなー!と。
英語を第一言語としない私にとっては、演技の違和感もわからなかったので、こういう作り方・発想の映画に衝撃を受けました。
テロリストの弾丸が詰まった時点で、明らかに神さまが彼らの味方をしていたなと思う。全てがなるべくしてなっているんだなぁ。
クリント・イーストウッド監督作品にハズレなしと言いますが、アメリカンスナイパー、ハドソン川の奇跡、に続いての実話ベースの映画であります。

たまたま偶然事件に遭遇してしまったら人はどう行動するのか。
なのですひとことで言うと。

以下ざっくりストーリーを。
幼馴染の3人のアメリカ人男性がヨーロッパ旅行した時にたまたま乗った列車にテロリストが居て。
事件に巻き込まれて。

なお話しです。
お話し自体は単調ではっきり言ってドラマ性はありません。

3人の幼少期とかぶっちゃけコイツらとはお友達になりたくないよ、な3人なのですよ。

いろいろ人生経験積んで割とまともな大人になった3人のヨーロッパ旅行も至ってフツウ。

日本人からしたらそらアメリカ人だし、アメリカイェーなノリでハッチャケてるンですけど、想像するにアメリカ人ならごく普通の若者ですよ。
恐らく。

そんな3人がパリ行きの列車に乗ってテロリストと遭遇。




ここからネタバレ全開です。

テロリストはトイレに篭って武器の拳銃やら銃弾やらの準備をしてるのですがトイレに篭ってるが故にトイレに行きたい乗客から不信感を覚え、出てきた瞬間からコイツヤベーやつだろって事で、取り押さえられる訳ですよ。

しかし、武装してるので蹴散らします。
そして、主人公3人が異変に気がつきテロリストを鎮圧。

主人公3人のうち2人は現役の軍人さんです。
抵抗するテロリストに負傷されつつも取り押さえる訳ですよ。

ここも実話ゆえにあっさりしたものです。
ドラマチックなどんでん返しとか御都合主義は一切ありません。

でもやたらとリアルに感じるんですよね。

そして、映画のエンドロールまで感じた違和感が、役者が全編セリフ棒読み。
俳優の演技が上手くないです。

テロリストを鎮圧した主役3人がフランス政府にスターウォーズよろしく表彰されるんですよラストに。
そしてパレードするんですよ。
エンドロールでこの時の実際の映像が流れるんですけどなんか違和感が。
実際の映像なのに役者さんがパレードに出てるのですよ。

なんと当事者に本人役をやらせてる。

イーストウッド監督の狂気を感じましたね。
主役3人のみならず事件に関わったほとんど全ての人を本人役で演じさせてるのですよ。

拳銃で撃たれて派手に負傷した乗客も本人が演じてるとか。


実話を題材にした作品もついにここまできたかと思いますね。

ハリウッド映画好きにはあまりお勧めできないのですが、ドキュメンタリー大好物って人には断然オススメの映画です。
実話を映画化した作品は数あれど、俳優じゃない本人が演じる映画なんて前代未聞!中身も実験作なのか…と思いきやな作品。大巨匠イーストウッドにしては物足りないという気持ちは否めないものの、賞レース席巻間違いなしな「大名作」ばかりでなく、こういう肩肘張らない映画も有りだよな。

主演3人の演技については驚くほど気にならない。英語だから分かってないっていうのは間違いなくあるけど笑 でも、そもそも監督の3人への演技指導、撮り方が良いのだと思う。ナチュラルな現代の若者らしさが出ていた。

…そう、ナチュラルと言えばこの映画とにかくナチュラル。3人のヨーロッパ旅行とか、マジでただの若者の旅行だもん笑 観光名所ではしゃいだり、クラブでハメを外したり、旅先で出会ったちょっと可愛い子と仲良くなったり、インスタだったりWi-Fiだったり…。めっちゃ普通!!笑 ドキュメンタリー…というよりも、それこそSNSの旅行日記見てる感覚。オフビート作品ってあれで色々工夫されてるんだなあって当たり前のことを実感した。こっちは演じてるのも素人さんなわけだし。

この時点でイーストウッド作品(というより「映画」として)かなり特殊なのですが、それ以上にこの映画は歪なのです。「若者たちの旅行」と「彼らの幼少期〜現代まで」、そして「テロの瞬間」が交互に描かれるのだけど、そのシャッフルの仕方自体がかなり歪。「若者たちがテロを阻止する」という結末が分かっているとはいえ、ブツ切りで時代・場面がいったりきたり。彼らの人生に共鳴しにくく、俯瞰的に観ざるを得ないようにできている。多分意図的に。

旅行シーンはちょっと退屈な程ナチュラルなのに、幼少期〜軍に入るまでの回想がやたらメロドラマティックで、凄え歪に見えるのも意図的なんだと思う。観ていてすんなり入ってくる、気持ちの良い構成・演出ではないのだ。しかも描かれるのは、「強いアメリカ」の幻想を信じるミリオタ少年たちが我が道を行く過程。今の時代に英雄視されるにはちょっと右過ぎる男たちのバックグラウンドがやたらフィクショナルに描かれる。マイケル・ベイやエメリッヒのやり過ぎ脳筋主人公のように。ここだけ切り取れば、チープだなあと断罪してしまうくらいに。

しかし今の彼らは前述の様に、超オフビートで描かれる。この二場面が交互に映される違和感は凄い。更に言えば、テロのシーンの温度感も二つの場面とは異なっている。テロリストが銃を纏ってやってくる。撃たれる人、パニックになる人々、そして若者たちの咄嗟の抵抗…一連の流れは凄い緊迫感を持って、とてもリアルに描かれる(撃たれる人もご本人という徹底具合!)。

ところが。本人が演じていても、再現度が高くても、このテロのシーンは「本物」ではないのです。徹底したリアリティの追究。しかしそれは「エンタメ」を極める為の追究だから、完全再現にはならない。なんなら本物を超えた臨場感・緊迫感が生まれる。素人が演じたとしても、カメラワークが、音楽が「実話」を「物語」に変えてしまうのだ。それはイーストウッドの一連のフィルモグラフィや、スピルバーグが撮る作品に通じる。

もしかして、イーストウッドが本作でやりたかったのは、「実話を映画化する」という行為の歪さを明確にすることだったのか?…というのは考え過ぎでしょうか。その行為を否定するわけではなく。只これがリアルだと思い込むのは違うぞと提示する為に。

若者たちの(保守的な)過去を過剰なまでにドラマティックに演出しているのもそれが狙いか?彼らのような人間を美化すると、違和感を抱く人間が多いだろうから。違和感を抱かせること自体が目的だった…?考え過ぎな気もしてきたけど笑

実話の映画化で高く評価されているイーストウッドがこれをやるのが面白い。同時期にスピルバーグはまさしく実話を「リアルに」映画化した「ペンタゴン・ペーパーズ」を発表したのが面白いよね。どちらが正しいとかではなく、どっちも偉大で面白い。2人の監督の生き方の違いが出ている。

スピルバーグはリベラルな自分に自信を持っている。他の人種や主張を下に見るような狭量な人物では全くないけど、自分の出自に、考えに絶対的な自信を持っているのだ。

かたやイーストウッド。彼はいつでも自己批判的な視点を忘れずに生きてきたのではないか。ハリウッドでは珍しい保守的な人物ながら、「グラン・トリノ」「硫黄島二部作」そして「アメリカン・スナイパー」と、フラットな目線の作品を作り。考えてみれば「許されざる者」だって、彼の出自である西部劇を自己批判的に描いた作品だった。自分の考えは正しいのか?正反対の考えはどうか?イーストウッドは、そんな自問自答を続けてきたのだ。リベラルがマジョリティ、保守がマイノリティなハリウッドならではな2人の巨匠の違い。…そう解いてみたのですが、どうでしょう。

もう一つ本作でイーストウッドが描いたものがあるとすれば「運命論」でしょう。スペンサーが視力の為前線に出られず救護の勉強をしていたのも、アムステルダムに立ち寄ってあの時間のパリ行きに乗ることになったのも、全くの偶然。偶然のはずなのに、結果から逆行して追ってみると、最初からそう決まっていたかのように、出来過ぎている。全てはあの日、多くの人々を助ける為にずっと前から仕組まれたことだったのではないか?運命≒神の存在を感じてしまう。ちょっとピタゴラスイッチを思い出す伏線で、シャマランの「サイン」にも通じると思う。あっちがギリギリアウトな与太話なのに、こちらはガチガチな実話なのが面白いよね笑

そして本作のラスト。いつも通りの実際の映像…なんだけど、ここで本人が演じることの面白さを改めて思い知らされた。映画のカットも記録映像も同じ顔だから、物凄いスムーズに物語のピースとしてハマってるんだよね。色々と実験的な映画で単純な娯楽作ではないんだけど、体験として面白い。
人物の背景描写が長い、という意見もあるが、それが無ければどうしてあの事件がああいう結末になったのか、という根っこの部分が不明瞭になるので、必要かと。
クライマックスは、「その時」が来るのがわかっているのに刻一刻と時間と物事が進んでいく緊迫感が良い。エンターテイメント的演出が抑えられており、現実は意外とシンプルで呆気ないもの、という事を再認識した。
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