ある戦慄の作品情報・感想・評価

「ある戦慄」に投稿された感想・評価

solo

soloの感想・評価

3.0
酒に酔ったゴロツキ二人が真夜中を走行中の電車を占拠。ゲイ黒人カップル中心に乗客を徹底的に痛めつける。その非人道的な行為の数々は見ている側にも精神的苦痛を与え、地獄のような閉鎖空間の中、乗客が他人顔で誰も抵抗しない様はある意味ホラー。半世紀前にこんな映画があったとは。
もん

もんの感想・評価

4.2

深夜のニューヨーク。
地下鉄のある車両で2人のキチガイ男によって繰り広げられる胸糞ワンシチュエーションスリラー。

キチガイ男も勿論胸糞だが、我関せずを貫き通す乗客にラストのオチまで、とにかく全てが胸糞だった。


1960年代のアメリカといえば黒人や女性が権利を主張し始めた時期。
そしてそれとともに数々の社会運動やベトナム反戦運動を軸に若者の犯罪が増えた時期でもある。

この作品はこれらの背景を踏まえて、当時のアメリカが抱えていた悩みを集約して描いている。


何度も言うようだが特にラストが胸糞で、国や国民に根強く残る差別・偏見の愚かさが見て取れる。
描かれているのはアメリカが抱える"癌"そのものだ。

それは今でさえ、完全に取り払われたかと言われると怪しい。


そして問われる。
「もし自分もこの場にいたら?」
「自分にも癌の種は眠っていないか?」

このレビューはネタバレを含みます

チンピラ二人組がとにかくクソなわけやけど、車内の人たちもそれぞれ色んな問題があって単なるいい人たちがひたすらイジメられるわけではないところが面白い。

それぞれの乗客たちの背景をコンパクトに説明しつつ列車に順々に乗り込んでくるっていう構成がすごいよく出来てたなー。
そして最後にチンピラどもが飛び込んで来ると👨‍👦

閉鎖された空間における人間の精神状態がうまく表現されてて、なんで誰も助けてあげないんだよーとは思いながらも実際あの状況ではどうしようもないかなーとも思う。

結局一人で立ち向かって怪我を負ったお兄ちゃんにずっと見てただけの人がすべての事が終わってから
「何かできることはあるか」って聞くところがものすごく深い…😔
そして
「たくさんあるけど説明する時間はないよ」ってうつろな表情で答えながらお兄ちゃんが連れていかれるところはもうトリハダもの🐥
こんな胸糞悪い映画があったんだ。
深夜の電車に酔っ払いのチンピラが乗ってきて、周りの客に度が過ぎるちょっかいを出す、あんな狂ったやつが来たら地面を見続けるしかないよな、新幹線での事件もあって、自分ならどうするか考えてしまった。
31monks

31monksの感想・評価

3.0
ワンシチュエーションということもあって、舞台劇のよう。特に乗客たちが順々にいじめられ、意気消沈して席に戻る様子など。チンピラがあっさりやられてしまう分、後味が余計に悪い。
トンキ

トンキの感想・評価

4.0
嫌だなあ。怖いなあ。こういう奴等。
反抗しない乗客者たちに途中からイライラ。
古いけどリアリティがある。
ちょうど今新幹線での切りつけ事件あったし、なんだかタイムリー。
mtmt

mtmtの感想・評価

3.8
これは凄い映画です。凄くいいとか悪いとかもちろん美しいとかじゃなくて、メッセージ性とそして存在自体が。一瞬ハネケの「ファニーゲーム」を思い出したが、あちらより訴えかける/考えさせるものがある。より登場人物に近い立場になりうるので。これが50年前の映画か…。鑑賞というより体験という作品だった。

このレビューはネタバレを含みます

鑑賞してる最中に何度この空間を爆破してやろうと思ったことか。
あくまで心情的にね。
ファニーゲーム並の胸糞悪さ。

こんな醜い空間は本来あるべきものじゃないし
抹消するよう努力すべきこと。

これを観た後どう生きるか。
自分はこの中の誰で誰に苛立ちを覚えたか。
自分はそれで正しかったか。

IncidentはAccidentの蕾。

突然不幸の花を爆発させる。

電車という狭い密室空間に詰め込まれた人間のリアル。

弱さ✧汚さ✧狡さ✧醜悪✧臆病✧身勝手✧勇気✧
プライド✧

黒人男性のキャラからは人間のあらゆる面を感じとれて
不愉快ではあるものの一番興味深かった。

これがフィクションとして楽しめる日が来ればいい。

映画好きとしても人間やってる一人としても
見て損はない作品。
pika

pikaの感想・評価

4.5
おー!めちゃくちゃ面白い!!
見終わっても終わらない日常侵食ホラーと言うのか、この世がホラーと言うのか、半世紀前の映画なのに今のこの瞬間にも同じことが起きていても何ら不思議じゃない普遍的な人間心理や社会性などの生々しいリアルが詰まりまくってて凄い。
時代や文化を象徴しているところもあるけど50年経っていてもあんまり変わってないっつー恐ろしさにも背筋がゾクッとした。黒人の下りが特に。

自分がもしこの場にいたら!?と考えざるを得ないディテールの上手さがとにかく凄くて、誰もが彼らの状況に共感してしまうだろうし、いつか同じ状況に出くわす可能性は充分にあるとすら考えてしまったり、余計な贅肉のないスッキリとしたシンプルな話なんだけど、だからこそめちゃくちゃ生々しくて怖い。
こうやって映画で見れば他者だが自分の中にも彼らがいるというような突き放せない心理。
こんな切り口のホラーがあるとは!すげー!世界は広い!めちゃくちゃ面白い!

前半たっぷり時間をかけて電車に集まる人物たちの背景を描いていくんだけど、映像で、簡単な日常的な台詞で、仕草で、目線で「あー、こういう人いるいる!」と端的に人物描写をしてしまうさり気ない演出に見応えがあり、オープニング→タイトル→群像劇的人物紹介の構成で単純な群像劇にせずオープニングがあったからこそ先へと繋がるであろう予測という感情から緊張感を生ませているのがめちゃくちゃ面白い。
日曜の夜中2時過ぎ、明日の朝からみんな仕事、この電車を逃したら次が来るのは30分後など、それらの単語だけでその電車から降りられないという心理をスパッと共感させてしまう上手さも。
すげー良くできてて面白い!

ネットで○○が好きなら「ある戦慄」オススメ!とあって、その○○をど忘れしたまんまレンタルしてきたんだけど見終わって調べたら「ファニーゲーム」だった。なるほど納得!
身近に存在する悪意、簡単に奪われる尊厳、他者の被害は見てみぬふり、勇気は無為などの蓋をして直視したくないリアルのえぐり出されっぷりは「ファニーゲーム」よりストレートでゾゾゾとなりました。終わり方も満遍なく秀逸!すげー。
或る夜、地下鉄の同じ車両に乗り合わせた人々が、労働者の風体をした粗暴なチンピラ2人の嫌がらせに遭ってしまう恐怖を描く傑作劇。冒頭のロケ撮影で各乗客の性質を紹介するくだりや、その現実味のある会話の内容からは卑近な生活臭が漂う。近代的な都会の縮図と病理を、電車というワン・シチュエーションで見事に切り取った社会派ドラマである。
根源的でリアルな不快さを感じるような場面を赤裸々に映し出し、現代人の誰もが抱えているが、しかし認めたくない脆さ弱さを、これでもかと見せ付けられる。自分が同じ状況になったとしたら、そのとき取る行動は乗客の誰かに当てはまってしまうだろう。
夜中に電車に乗っていると、電車の中で酔っぱらいが暴れたり、調子に乗ったチンピラが隣の客に絡んでいたりする姿を目にする機会は少なくないと思う。そういう時は、そのうち静かになるだろうし誰かが注意してくれるだろうと多くの人は何も口を出さない。見かねた正義感の強い誰かが思いきって口を開くと、大抵そいつは逆ギレしてきて、注意したはずが勢いに圧されたその人は、自分が社内の注目を浴びたことに委縮し小さくなってしまう。同じ空間には、自分は関係ないと無視を決め込む奴がいるし、その振る舞いに憤っているのに立ち上がる勇気がない奴がいるし、注意したいんだけど俺は弱いから怖いからと悶々と心の中で言い訳をする奴がいるし、俺だったらもっと上手くやれたのだけどねとでも言いたげなすかし顔で事の顛末を他人事のように見ている奴がいる。誰も助けない。そうなってしまえばバカは強い。勝ち誇りながら余計に調子付き、もうそこで息を吸うだけで人間が腐っていくような瘴気のようなものを辺り構わず振りまいてくる。その空間そのものを、嫌な場所へと作り変えはじめるのだ。その手助けをしてしまっていることに誰も気が付けないままに、目的地まで腐った空気に肺を毒され続ける状況が続いてしまう。実に不健康だ。
本作では、そんなシチュエーションで露になる人間の無力感、敗北感、頼り無さ、不甲斐無さ、失望、怒りなどが妥協のないリアルさでモノクロのフィルムに描写されており、細かい台詞や表情、仕草まで、人というものの心の動きを実に良く観察している。
他人が嫌なことをやられていて、関われば自分も巻き込まれかねない状況を本能的に回避してしまう心理や、自分が標的にならないうちは平気な顔をしていられる危機感のなさ、権威も良識も通用しない口で言ってもわからない者を相手にして委縮してしまう非力さは、文明のなかで浮かび上がってきた人間のもつ残酷な側面だ。
実のところ、人は「他人が傷付く様子」をみたくてたまらないけど、同時に「自分が傷付くこと」を何よりも恐れているということがよくわかる。人が傷付く様子が見たいけど、自分が傷付かないようにするためには、人を傷付けないようにするしかないのだ。そうやって渋々劣情や衝動を抑えている状態を、理性とか、良識とか、社会的規範とか言って、いわゆる道徳ってことにしているのだけれど、人間が進化の果てに掴んだ道徳というものは、利己的な打算でしかなく、他人を慮るためのものではない。社会一般的に「良いこと」とされる行いは、一見すると悪意や敵意が無いように振舞う自制本能でしかないのである。人がモラルを守るのは自分のためだ。そんなことでは「人を傷つけられるのなら、自分が傷付いてもかまわない」というモラルハザードを起こした純度の高い悪には、とるに足らない個人の善意などで拮抗できるはずもない。そんな身も蓋もない文明批判か?いや、善意をただ心で思っているうちは意味など無いが、善行として行動で示すことによって周囲に波及するのだとする人間賛歌か。見る者に揺さぶりをかけてくる映画だ。
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