ドッグマンのネタバレレビュー・内容・結末

「ドッグマン」に投稿されたネタバレ・内容・結末

本当に殺すジャイアンを本当に殺してしまうのび太のような図式。寓話を現実が模倣して、その上で現実が寓意を超える瞬間。カフカの『審判』を逆転したようなラストの後悔と虚無が全てを押し流して行くような余韻が素晴らしかった。意味は殆ど変わらないけど不条理というよりは理不尽というニュアンのが近いんじゃないかって印象。
心優しきマルチェロと凶暴なシモーネという2人の関係を描いた作品。

方々で言われてる様に、大人版ののび太とジャイアンを見ているかの様で、特にジャイアンをより悪くしたシモーネが強烈でしたね。
ディスコミュニケーションな自己中マッチョという、この世で最も相手にしたくない人間に絡まれ続ける地獄を味わえます。

そんな横暴なシモーネに対し、犬を助ける為に犯行現場に戻るマルチェロは心優しき男として描かれ、誰もが彼に同情の目を向ける事でしょう。
ただ、物語が進んでいくと、段々と彼の中にも欲望がある事が分かってくる。
マルチェロは優しいからシモーネに従っていたのではなく、単純に意思が薄弱だっただけに見えてきて、そうなると今度はマルチェロにイライラしてくるのが面白かったです。
(そもそも、本当に優しい男ならシモーネを止めるべきだし、罪も認めるべきでしょう。)

そして、映画の後半で描かれるのは、マルチェロの復讐。
個人的には『わらの犬』や『冷たい熱帯魚』を思い出しましたが、完全に一線を越えてしまう2作に対し、本作のマルチェロは一線を越えても尚、シモーネを治療したり、火葬した火を消したりと、うじうじとし続ける。
最後まで自分の意思を貫けない…まさに誰かの犬であり続ける男の悲劇を描いたのが、本作『ドッグマン』なのかもしれません。
予備知識無くTSUTAYAでジャケ借り

アート風

ストーリーは追えたつもりなれど、深層心理は読めず


キモいおじさんは何故離婚?
田舎町で1番やっちゃいけないことやってムショ送りになったのに、店はまだ残ってる?娘に会わせてもらえる?
やりたい放題番長は何故に野放し?

ここら辺はどうでもいいこと???


ちっちゃいおじさん
意外に力持ちだったのね
心優しい主人公が不憫ではあるが、別の道を行くこともできたことを考えるとしっかり同情することもできないのがまたなんとも言えぬ後味を残す。
希望ある未来が訪れることを願うばかり。
この作品は映画館で観たとき、けっこう好みだったから、もう一度家で観た
暴力的で子供みたいなシモーネと優しいけれど考えが少し浅いマルチェロのはなし

シモーネは素行がひどくて乱暴者だから町の嫌われ者、でもなぜかマルチェロは友達関係を切ろうとしない
見始めはどうしてだろうと思う

だって町の人たちがシモーネのこと、もう殺したほうがいいと真剣に話してるくらいの厄介者なんだから
だけどそんなみんなの話をマルチェロはただただ黙って聞いている
一応町のグループにはいれてもらってるけど存在感は無さそう

獰猛なシモーネに対し猛獣使いのようなマルチェロ
冒頭に獰猛な犬を手懐ける様子が出てきて、物語を象徴している

シモーネはやりたい放題だからマルチェロも困ってはいるけど、一緒に遊ぶときはわりと嬉しそうだったりする
シモーネだってそれなりにマルチェロの機嫌をとることもあるから、シモーネみたいな荒くれ者を自分だけは手懐けているような優越感が、マルチェロにはあるのかなと思いながら観てた

ただどうみても、困ることのほうが多いのに…
マルチェロ孤独そうで、彼が一番大切な娘と、もし一緒に住めていたら、シモーネとは付き合っていないんじゃないのかな

薬物を扱ってる人たちが腹に据えかねてシモーネを殺そうとしたときは、これはチャンスだ、と観てて思ったけどマルチェロは庇っちゃった
やっぱりシモーネが必要なのか、、

彼なりの計算で?強盗の罪まで被ってやってる
逆恨みが怖いのか、娘がいるから危険が及ぶ心配をしているのか
そこはマルチェロを見る限りだとわからない

出てきたらせめて金をくれよってやってるけど、くれるわけないよ、すぐ使っちゃうに決まってるのに、シモーネは
この辺りからどんどん、マルチェロの考えの浅さが悪いほうに向かっていく

最後は獰猛な犬のようなシモーネをまさに犬をしつけるようにわからせようとする
反省させようとして、成り行きでああなってしまったように見えた
取り返しがつかないことをしちゃったのに、手柄を立てた犬のように、町のみんなに見せようとして…

シモーネもマルチェロも、まさにdog manという終わり方
そういうところが風変わりでおもしろい

マルチェロの表情は
顔に出さないようにしてるけど出ちゃうっていう感じが何とも自然で良かった
最後の展開が特に奇妙で寓話的でもあって
とてもユニークな作品でした
なかなかのドックマンだったが、予告編からはもっと犬感あるのかと思ってた。
ラストシーンが意味することはシモーヌの犬であるのと同時に町の人の犬でもあったということだろうか。ただもちろん本当の犬ではなく人間なので感情の発露としての結末か。そしてそれを見守る本物の犬たちの瞳が綺麗であった。刑務所での一年間はなにがあったんだろう。
始終、主人公に苛立っていたが、ふと、ああ、こんなにも先を読む力が無いと人生を狂わせてしまうんだなというある意味恐ろしい話だった。
一見するとまともに生きてる様で(明確には描写されてないがシモーネほどではないが常にシモーネに脅されるので気を紛らわすためヤクに頼ってしまったのか経緯は不明だが、恐らくマルチェロも常習者で)頭のネジが外れてたんだろうなというシーンがいくつか見受けられた。例えば冷凍庫に放り投げられた犬を救うシーンなんて、何故にもあんなに平常心??解凍?えええ!?ってなったり、ラストシーンのシモーネを皆に見せびらかす心境…おい、マルチェロ殺人犯だよ…最早、呆れ果てるしかなかった。
想像していた遥か斜め上をいった。

1980年代のイタリアで起きた殺人事件から着想を得たドラマ。全てを失った男が、もとの生活を取り戻して再起しようとする物語。

と、いうのは観終わってから知った。なるほどとは思ったけど、私の好みではなかった。全く誰にも感情移入出来なかったからかな、むしろ登場人物みんな好きになれないタイプばかりだった🙄


誰からも愛されようとしたから、結局全てを失った。シモーネまでも。でも、主人公が可哀想だなんて微塵も思えなかった。同情出来ない。優しいんじゃなくて、ノーが言えない小心者なだけ。
犬を愛してるように見えてただけで、犬を愛してるとも思えなかったしね。ただ人からも犬からも愛されたかっただけに見えた。じゃなきゃ、シモーネをあんな風にしないと思う。
誰かから愛されたかったんじゃなく、誰からも愛されたかった男の末路。

そもそも彼に友達はいたのかな。

日本でもありそうな人間関係や結末だった。
ただ、日本じゃこうは撮れないだろうなぁ。



わんこ達には一切被害のない映画だったのは安心しました。チワワもめっちゃ偽物と分かるしね。あのくらいだと嫌な気持ちにはなりつつもまだ安心して見られる。

でもやっぱり動物が出てくる映画は、ただ可愛い映画に限るね。

私は犬が出てくる映画は向かないなとつくづく思わされました。
マルチェロはなんでシモーネと仲良くしてたのか 最後まで理由が分からなくてモヤモヤしながらのレビュー。
とにかくワンちゃんと娘さんが大好きなのは伝わった。

シモーネはタチの悪いジャイアン。
どうしようもないろくでなしで 死んでみんな喜ぶやろうけど、母親だけは泣くんやろうな。

冒頭の凶暴そうなワンちゃんのドライヤー中に風で口の端ブルブルさせるの めっちゃ笑った(笑)
主演のマルチェロ・フォンテが“男優賞を受賞した”のも納得の熱演が光る本作。
内容も勿論素晴らしかったのですが、数々の思惑・出来事に翻弄されるマルチェロが辿る人生、在り様を表現するマルチェロ・フォンテ氏の演技力!
町一番の暴力者にいいように扱われる、温厚なれど気の弱い立場にいるマルチェロの状況がマルチェロ・フォンテ氏のビジュアルと見事な調和を果たしていましたね。
高圧的な態度を誇る強者に圧倒される“立場の弱い者”、としての怯えた表情や作り笑い等々、非情に現実味がありました。
主演であるマルチェロ氏が本作を最初から最後まで引っ張って行った、と断言出来る程に彼の存在感が別格です。

それにしてもこのマルチェロ、シモーレにいいように使われる小者ポジションに落ち着いていると思いきや、シモーレの悪行に加担して得られた零れ物はしっかり貰っていたり、シモーレに気に入られたのか、キャバクラに連れて行ってもらって楽しい思いをしたり…と意外にもずる賢い。
これがミソでした。
いじめっ子(シモーレ)の高圧的な態度に屈し、彼の期限を損なわせないよう最善の注意を払っている姿勢が習慣付いているマルチェロ。
端から見れば被害者とも言えるマルチェロですが、劇中での彼のリアクションはむしろその立場にふんぞり返っているかのように、おいしい思いをたくさんしては時折笑顔を浮かべているんです。
クラスで一番力が強い乱暴者の背後に隠れる事で、自分の身を守ってもらっているギブアンドテイクの関係に近いというか、創作物問わず現実にもよくいる、目立ちたがり屋の影でこっそりと利益を得ている狡猾な人間のよう。
されど、基本的には心の優しい人間である訳ですから、冷蔵庫に閉じ込めたというチワワを助けに襲撃された家に忍び込んだり、シモーレが撃たれた際には急いで治療にあたろうとしたり、母といい関係を築けていないシモーレの姿を目の当たりにして同情が芽生えたのか、警察から尋問を受けてもシモーレを売らなかったり…と曲者として一貫しているわけでもない、善と悪の表情を使い分けている世渡り上手な人間として確立されている。
登場人物を一つのカテゴリーで分類させていない作り込みが随所に渡って描かれるため、目を離せられませんでした。

結局のところ、マルチェロにとっての一番の正解ともいえる道は何だったのでしょうか。
シモーレに尽くし、彼を忌み嫌う大衆と対立していればよかったのか。
シモーレを売って刑務所にブチ込み、いつか釈放された時自分の身に降りかかるであろう復讐の恐怖に怯えていればよかったのか。
どの道を選んでも、マルチェロにとっていい未来が待ち構えているように思えない、不条理な人間模様が味わい深い。
極め付けのラストシーンは正に罪を犯した者、信頼を失った者に対する“大衆からの断罪”とも言うべき残酷さで溢れ返り、ただ一人取り残されたマルチェロの表情が実に悲しい…。
客観的に見る分には「自分を都合よく扱ってたいじめっ子にリベンジ! やったね!」と一種の復讐劇として成立してこそいれど、その代償があまりにも大きい。
どう転んでも彼が救済される道は見出せなかったであろう、理不尽且つ苛虐な人生模様。

せめて、悩みの種として君臨し続けていたシモーネが姿を現さない事を察した、シモーレの死体を担いでいるマルチェロの姿を見た(逮捕された)人々の間で「マルチェロがあの疫病神をやってくれた!」といった憶測が飛び交い、僅かでもマルチェロが救済されれば…。
それでもその頃には、マルチェロのメンタルは手遅れかもしれませんね…。
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