ラストブラックマン・イン・サンフランシスコの作品情報・感想・評価

「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」に投稿された感想・評価

rrrr

rrrrの感想・評価

2.6
普遍的な黒人アジェンダ作品と違って、主人公のgentrificationによる苦境と自分の中にある保守的な部分を偏執的なほどしがみつくような姿を描いた

デビュー作とは思えない素敵なカメラワーク、感情のレンダリングとBGMのチョイスだけど、10作以上を観てきた結果、今の段階では本当にA24と合わないと思った
ヨラ

ヨラの感想・評価

3.5
感想箇条書き

街についての詩的な映画
主人公2人が文化系なの好感
家がめっちゃ素敵
メンタル子どもだなと思うけど成長の話だった
赤のモレスキンほしくなった

でも結局、なーんか物足りないんだよなー

追記
バスのシーンの女性が「ゴーストワールド」のイーニドだと聞いて愕然とした。。
smmt705

smmt705の感想・評価

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実際のサンフランシスコにあるちぐはぐさと、それを誇張するように演出されるひとつひとつが、観ていると段々と愛着のようなものに感じた。ジミーもモントも、文化系というか、柔らかい印象を持つ2人に何となく親近感を持ったのだけど、罵る人にだって良いところがあると思える優しさってどこから来るのだろうね?何だろう…、ずっと優しい映画だった。
なにか大切なシーンを見逃していたかのようなモヤモヤをずっと抱えて見終わった。
それが何かもわからなかったけど、多分サンフランシスコという街についてなのかな。
画面は赤茶っぽい色で統一されてらカメラワークがとても綺麗、静かな映画だった。モントの持つ赤のモレスキンが忘れられない。

2020年 81作目
asm0830

asm0830の感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます

夢の記憶のように
単焦点な映像と
穏やかに流れる時間

まるで主人公たちが
演劇を観ているような視点と
ラップのようにリズミカルで
ポエティックな言葉たち

しかし俺たちに「バスはこない」

主人公はバスを待たずに
スケボーで走り出す

非情な真実を機に
一気に現実味を帯びた物語が
エモーションを畳み掛け
映画を我が物にさせる

全てを受け入れ
愛する人を見つめ
彼が踏み出した一歩は
間違いなく彼自身が生きる道だ

サインだけが達筆だった
置き手紙が忘れられない

「愛と憎しみは一体だ」

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「ムーンライト」を思わせるカメラワークと「ビールストリートの恋人たち」思わせる色彩。言うなればバリー・ジェンキンス秋色ver.。やっぱり流石はPLAN B。さらには、日本では10.9公開と憎い演出。そして監督、これが長編デビューですかそうですか。しかも本作はtrue story。主人公は映画化の原点となった幼なじみタッグのご本人ときた。

急激な近代化でも環境問題を軸とした社会背景でもなく、それらを踏まえてもなお、彼らの友情と、あるひとりの男(ひと)の人生を描き切ったことに、この作品の魅力が詰まっていると思う。

ちなみに、クライマックスのバスの中で呟くあのセリフは、脚本にはない、彼自身に湧いてきたセリフだとか。ほんとうに、繊細なひとでいてくれて、ありがとう。
kotobuki

kotobukiの感想・評価

3.5
サンフランシスコの街の成り立ちが分かったらもっともっと意味深く成りそう。
色合いの暖かさ、映像の手触り。
街も人々も
じわじわと染みてくる。
言外の世界観がたまらなく好き。
Issei

Isseiの感想・評価

4.7
まず映像美の素晴らしさだけでほぼ満点...。
舞台の華やかさと、その場所の複雑さ、そして何と言ってもキャラクターの人間味の深さ

その全てを今までに見たことない新しい見せ方で鮮明に丁寧に、かつ斬新に届けられる、本当に素晴らしかった

拾い切れてない感情や色彩観、そしてショットがまだ溢れていそうなのでまた何回も見たい

評価されてた理由が見て一瞬でわかるこの映画。
監督デビュー作とは驚き....
ちかミ

ちかミの感想・評価

3.5
サンフランシスコの知識に欠けていて、分からなかった箇所が多かっただけでなく、主役級2人の関係性もハッキリせず、開始30分は全く乗れなかった。

観光地の不動産価値が上昇し、白人のアッパーミドルが住人になるにつれ、3世代前からの黒人コミュニティが崩壊していくのは時代の流れ。主人公が家に固執するのは、あの場所こそが彼の居場所であり、ホームだからだと思う。

全然違うかもしれませんが、ダムの底に沈む村の住人も同じ感慨を抱くのでは。映像の語り口は「ムーンライト」に似ていて、ボールドウィンの影響が見て取れる。

日本では全くウケなさそうですが、苦い後味が尾を引く佳作。
この映画を飛行機の中で観た。色々の課題があるので、それを考えてここに全部書くと書きすぎるから、ジミーの友達モントに焦点を当てて書く。

日本で公開されるかどうかわからないが、米国、特にサンフランシスコの歴史がよくわかっていると面白いしそれに、太平洋戦争の時、日本人が強制収容所に入れられ、その後、その空き家を買って住みついた人々や、第2時大戦/太平洋戦争が始まって、出兵したため、労働力として南部から来た人たちの歴史も加えて観るともっと内容が理解しやすいだろう。
それらが、ジミーの (ジミーフェイルズ)のお祖父さんが建てたと思っているフィルモアのビクトリアハウスの話とかみ合っているからだ。この中で、ジミーの親友モント(ジョナサン メイジャーズ)の心の動きと行動が気になった。モントはおじいさん(ダニーグロバー、実際もサンフランシスコの住人)と一緒に住んでいてテレビ番組を見ているシーンでも、明らかに仲のいい二人だとわかる会話をしているし、共通性があるし、このおじいさんはジミーとモントを精神的に明らかにサポートしている。「二人は一緒でなければならない」と。兄弟のように家族のように助け合って育てという意味だと私は解釈した。

モントの役はちょっとオタク風で、ゲイ風で自閉症があるようで、芸術方面に長けていていて、よく本を読んで、語彙が豊富で、表現力があり、私の憧れのジェームス ボルドウィン(彼は自閉症がないとおもう。ゲイ)のような感じだ。ジェームスボルドウィンがアメリカを捨ててフランスに逃げたように(私の解釈かも)モントの考えていることや表現力や芸術肌などは、この辺住んでいうチンピラの(ごめんね!)仲間には入っていくのは難しい。チンピラはすでに仲間じゃないと思って異質なものとして二人を見ている。モントは鏡の前に立って、Fの言葉を入れて話し始める。ひどい言いかた(まあ、クラスでこのような話し方をすれば、罰則をもらう。)を練習する。自分も彼らに合わせようと練習して努力してみるが、それは自分の本当の姿ではないと気づく。このシーンが好きだ。

コフィー(ジャマール ツルーラブ)というチンピラ(ごめん!映画から私が勝手に判断しているかも)たちの使っている言葉はちょっとひどいが、モントと二人は一瞬お互いいに惹かれ合う(?)。そして、コフィーは モントがジミーのビクトリアハウスに招待したことにより、全く考えられない、ジミーとモントの世界に一瞬入り込む。でも、殺されてしまう。

その後、コフィーのために(?)モントは「The Last Black American in San Francisco」という劇を作りそれをジミーのお祖父さんが作ったと思っているビクトリアハウスで近所の人を招いて講演する。コフィーを知らないソーシャルメディアにも投稿する。そして、講演で、モントは観客にコフィーの思い出を話させる。そこで、最後に、モントは皆の前でジミーにお祖父さんがつくったと思ってるがそれは実際は嘘だと。

モントにしてみるとこのビクトリアハウスはおじいさんが建てたものだと信じ込んでいるジミーの言動などをサポートしていたが、現実を見ろと言いたかったのかもしれない。わからないが。
GreenT

GreenTの感想・評価

3.0
これはいわゆる「詩的な映画」だなと思いました。

坂の多いサンフランシスコをスケートボードで走り抜けるモントとジミーの映像、その背景にかかる音楽、すごいキレイで斬新で、登場人物の背景とか全くわからないのに「この先どうなって行くのかな?」と純粋に興味を持たされます。

ジミーはなぜか、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジの近くにあるヴィクトリアン調の家に執着があって、モントはジミーにくっついて回るのですが、2人の友情っていうか、ケミストリーが感じられて、どういう人達かもわからないのにすぐに好感を持つことが出来ます。

私はモントの方が好きで、この人はいつも赤いノートを持ち歩いていて、絵を描いたり、芝居の脚本を書いたりしている。耳に鉛筆をさしているところにこのキャラの性格が出ているようで、すごい気になるキャラでした。

ジミーとモントは黒人なので、彼らの行動を通して人種差別的なテーマや、友情、家族、そしてサンフランシスコという街に対する愛情と執着みたいなものを感じるのですが、なんか最後までなにが言いたいのかわからなくって、でも「これはなにか言いたいのだな、私が分からないだけなんだ」と言う気持ちにさせられました。

で、調べてみたら、これはサンフランシスコの「gentrification」が物語の背景になっているらしいです。

gentrificationを辞書で引くと、「下層住宅地の高級化」と出てくるのですが、要するに貧しいためにボロく危険な地域をキレイに安全にするために、裕福な人たちが安いお金でその地域の建物などを買い取り、キレイにしていくことで地価を上げ、さらに裕福な人を惹きつけることのようです。お金がある人が引っ越してくれば税金も取れるし、その税金でさらに街をキレイに安全にでき、観光客も呼べる、さらに街は豊かになる。

しかしその陰で、家賃が上がって払えなくなったりして、貧しい人達はそこに住めなくなる。ジミーがヴィクトリアン調の家に執着するのは、ジミーの家族はこの家からgentrificationによって追い出されたからのようです。

そしてジミーは、モントとそのおじいさんが住んでいる、小さくてごちゃごちゃした、郊外の家に居候している。オープニングのシーンで、モントとジミーがバスを待っているのに全く来ない、とスケボーでサンフランシスコに向かうシーンがありますが、貧しい人達は郊外に押しやられた上に、仕事に行くために使う公共交通網さえ満足に与えられていない。これはサンフランシスコだけでなく、アメリカの大都市では共通の問題で、結局あおりを食う「貧しい人」は黒人で、「システム化された隔離政策」にさえなっている。

しかし映画を観ているときは、こういう話が全く分かりません。洞察力のある人や、こういう背景に通じている人ならわかるのかもしれませんが、個人的には、映画はわざとズバッと切り込むのではなく、「詩的」に「ニュアンス」を大事にしているのではないかなと思いました。

もしくは、黒人のリアルな現状を黒人の目線で描く映画は、人種問題を前面に押し出すと出資してくれる人がいないので、ストーリーは敢えて「詩的」にぼわっとさせて、映像や音楽などで観客に訴える映画にしたのかなと思いました。確かに、黒人目線の映画だと「人種問題」ばかりを云々されて、キャラクターの人間性の豊かさのような、アーティストとして本当に表現したいことを評価されないことは多いのではと思います。

モントとジミーが白人だったら、『モーリス』や『君の名前で僕を呼んで』『ブロークバック・マウンテン』で驚喜した腐女子たちに訴えるんだろうなあ、と考えさせられました。黒人中心の映画だと、そういうロマンチックな話にはならない、どうしても人種問題になってしまう。

断っておきますが、モントとジミーの関係は、ホモセクシャル的には描かれていません。だけど、「ニュアンス」的に、「そうなのかな?」「違うのかな?」と考えながら観ていたって感じです。

私には非常に退屈に感じられる映画でしたが、「詩的な映画」が好きな人は、すごく気に入ると思うし、映像と音楽の斬新さは本当に素晴らしいので、こういうところから「人種問題ばかりじゃない黒人主体の映画」が増えて行って欲しいので、たくさんの人に自分の目で観ていただきたい映画だなと思いました。
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