水と砂糖のようにの作品情報・感想・評価

水と砂糖のように2016年製作の映画)

Acqua e zucchero: Carlo Di Palma, i colori della vita

上映日:2019年11月30日

製作国:

上映時間:90分

3.7

あらすじ

「水と砂糖のように」に投稿された感想・評価

名撮影監督としてヨーロッパ映画賞撮影賞にその名を残すカルロ・ディ・パルマの功績を名匠・名優・映画関係者達が愛を込めて称えるハートウォーミングなドキュメンタリー。15歳からルキノ・ビスコンティ作品への参加で始まる映画人生とはその後の彼の人生を象徴するよう。
当人は当然として、アントニオーニやモニカ・ヴィッティ(中学生の時の我がミューズ)を含めて最大限の敬意と祝福を込めた思い出話。パルマは2007年に亡くなってて、この映画は2016年の作品なので、まあ13回忌法要という感じ。

ドキュメンタリーとしては、死者に鞭打つ系も嫌いじゃないけど、この映画の温かな目線はとても心地良かった。

個人的には好きじゃない、あのニューヨークの監督(兼役者)が登場する比率が当然のごとく高くなるんだけど、それもまあ気にならなかった。
すべては作り手の対象への敬意の為せる技。とても上品な作品。

最後に明かされるタイトルの謂れがとても響く。幼児期、随分と貧乏した(らしい。子どもには詳細はわからなかったが)私には、確かに共通の記憶があるのを思い出した。水と砂糖ねえ…。
それもあってエンドロール、実は少し感極まってしまった。

このレビューはネタバレを含みます

ドキュメンタリー、というにはすこし不思議な映画で、追われる事実よりも象徴的な記号に囲まれている。
一見何の映画かわからないが最後に渦をとくタイトルや、色とりどりの花々、市電や“散歩”により目に映るローマやニューヨークの街並み。それは数々の関係者インタビューのある種の的を射なさ、具体性のなさとおなじく記号の意味としてではなく、細部でもなく、意味としてカルロ・デュ・パルマの映画の本質を浮かび上がらせる。彼のテクニックではなく、語られた言葉や作品や映るもの、この映画のあり方によって語ることを体現する、それはなによりも真実を伝える。語られることをつなぐのではなく、周囲をつむいで物語を語ること。それは「散歩するごとに一本の映画が撮れる」と言うデュパルマの精神に通ずる。なんだかその空間性が心地良くて、わずかに映る海辺の景色と、黒くゆるいダブルのジャケットに青いシャツの襟を片方だけ出し、同色のバンダナを首に巻いたヴィム・ヴェンダースの佇まいにさえ、陶酔の感がある。
ケン・ローチの評が結構しっくり来まくる
ウディ・アレン作品の西欧感の謎も少し解けてよかった
かさ

かさの感想・評価

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最近、散歩くらいしか楽しいことないな、て思ってたので、カルロディパルマが「散歩が好き。自分で映画撮ってるみたいだから」と言ってて、「そういうことか〜!」ってなりました。再生した光じゃなくて、自然光が浴びたい。でもそれも、映画に繋がっていて。我が、映画的人生……ってなりました。ウッディアレン作品を観返したい!
イタリアの名撮影監督カルロ・ディ・パルマのドキュメンタリー。恥ずかしながら、全然お名前を存じ上げなかったのだが、ドキュメンタリー中に挿入される、彼が撮った映像を観るだけで、その凄さが伝わってくる。ゴダールといえばラウル・クタール、山下敦弘なら近藤龍人と、名監督には名カメラマンが必ず伴走しているもので、監督のイメージを具体的な映像として落とし込まないと、映画にはならない。また、映画は現実も超えていってしまう。映画とは改めて総合芸術であり、才能の弁証法なのだと思い至った次第である。
良かった。
そして、とうの昔に完全に失っていた映像制作への情熱を沸々と蘇らせる映画でもあった。

さて、そもそもこの映画を全然知らなかった。
この映画を知ったのは、まさにFIlmarksからのプッシュだった。Fan!した人の映画が・・と。
その映画の概要を見てみると、ケンローチにヴィムヴェンダース、べナルトベルトリッチにウッディアレンという名だたる監督たちがキャストではないか!名監督らがキャスト!?
こんな映画気にならない訳がない。
そしてマーク!しておいた。
その時はどういう映画かは全くわかっていなかったが。
そしてマークしたままで時は過ぎ、今度は上映中のプッシュが来たではないか!
改めてよく見てみると、撮影監督カルロディパルマの話。
撮影監督?それは一時は映像を志し、映像業界にいたものにとっては、存在もその重要性も知ってはいた。だが、監督の名前は知っていても、固有の撮影監督なんて誰一人知らなかった。それは、俳優の名前を一切覚えていないのと同じであるようで違う。

ちゃんと調べて概要を見てみると、私が学生の頃からほぼ不動のマイベストフィルムであるあの”Blow-up”(欲望)の撮影監督ではないか!
これは見ない訳にはいかない。
そして最終日の昨日の夜観てきた。
こんな映画、一部のマニアックしか観ないんだろうな。。と思いながら。

全体を通して、彼の才能やこだわりとともに、人格を感じさせる映画であった。

わかるー!と言うことが全編にある。
そう。あの、”Blow-up”はまさにフィルムがモノクロからカラーに変わる時代、物凄くカラー映えを考えた映像であると思っていたし、あの構図も素晴らしい。
だが、芝の話とか相当なこだわりを持ってやったんだろうなとあらためて感心させられる。

そんな中やはり、監督らと空間や色とかをお互いで共有共感していたと言う話が素晴らしいし、羨ましい。そう、なかなか空間とか色とかを共有できる相手は普通にはいないのである。この赤はいいけど、あの赤はダメとか、このブルーは素晴らしいが、このブルーはギリギリ合格ラインだとかって話ができる人はそうそう周りにいない。

一般的に男性に比べて女性のほうが色鮮やかに見えていてやや紫外線域まで見えていると言う話がある。こういう「一般的に男性は・・とか、女性は・・」と言うのは、「女性が地図が読めないのは女性の地位が低い国だけ」というように、擦り込みのジェンダーである可能性があるので注意が必要であるが、色弱色盲と言われた色覚特性の人たちは男性に圧倒的に多いと言うこととか考えると平均的にはそうなんだろうかとは思う。あくまでも平均的には。だがGIの見直しを考えている私の場合は一般的平均的女性よりというかそんなジェンダーはぶっ飛んだ領域にいるので、まあ色とか光とかって気になるのだよ。微妙な差でも。勿論空間的なことも。

そもそも”Blow-up”も、あれをオシャレ映画だとかいかれた映画とか意味不明とか言う残念な人がいるが、まあ感じ方は人によって違うし価値観は人それぞれで仕方がないのであるが、ああいう感覚を共有できる人がいると言うことは素晴らしいことである。

色とはとても興味深いものである。
芸術的観点だけでなく、光としての光学的物理学的な観点、視覚という意味での医学的生物学的観点、文化や伝統に関わるところ特に言語との深い関係など様々である。

話がだいぶ逸れたが、良かったし、映像や空間、色への情熱を再燃させてくれた。
そして見てないカルロの作品を見たくなった。
n

nの感想・評価

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カルロへの温かい愛にあふれたムービー。撮影技術はもちろん、その人柄も素敵な人物だったんだね〜。
花に囲まれた幼少期が影響してロマンチックな映像が撮れるのっていいなー。子どものためにも花屋目指したいくらい
ウディ・アレンの映画なんかも、カメラワークを意識すると本当に独創的なショットに溢れてたことに気が付く。欲望とかしか知らなかったけど、赤い砂漠もみなくっちゃ〜
あべ

あべの感想・評価

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出てきた映画は自転車泥棒しか観たことがなかった
カルロの人柄とか思想、映像への情熱に影響された人達の言葉、エピソードが愛とユーモアに溢れていて面白かった
自転車泥棒もその時代の政治とか情勢に向けたメッセージが込められていて、でも劇中で映画はメッセージ性が強すぎて観る人に考え込ませるのも、何も感じられないのもよくないって言っていて表現する人達の趣向を感じた
観たいと思う映画がいくつかみつけられた

字幕が速すぎて考える時間が足りない、、DVDにして欲しい
ロッセリーニ『無防備都市』にまつわるあまりに美しい、驚嘆すべき逸話。自分には遠い異世界のような、陽気で笑顔溢れる人生。文化や芸術のある家に生まれたかったな。しにたい。
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