稀人(まれびと)の作品情報・感想・評価・動画配信

「稀人(まれびと)」に投稿された感想・評価

日常の縁を一歩踏み外した男の正気と狂気。

稀人は、塚本晋也か。
どのような風景をも映画的空間に変えてしまう顔と声。
清水崇の塚本愛に満ち溢れたファンムービー。

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塚本晋也が誰かに似てるとオープニングから気になり、ズッと考えていた。
あ、総務部の田*君だった!
塚本晋也も鉄男も絶対知らないと思うけど、呑み会解禁になったら伝えたい。

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今日の一曲

高架下でタンクに血を貯める塚本晋也の姿良き

My Bloody Valentine - You Made Me Realise

https://m.youtube.com/watch?v=beo-kLitPMg
デロっていうのはまぁシェイヴァーっていう半狂人作家が実際に囚われていた(らしい)地下世界の住人みたいなもんで、デロ特有の音を出すらしい。シェイヴァーはその音にも悩まされていた。

そんで、シェイヴァーがその体験をもとにした作品を発表したところ、「自分も同じような経験がある」という声が読者からあがった、的な出来事が実際にあった。

これらはシェイヴァーが病んでる時に見た幻影を、同じく病んでる人が共感しただけに過ぎないと言われている。

確かに、ストレスが溜まって神経がすり減った日の夜、寝ようとしていると知らない女が叫びながら部屋の中に入ってきたりする事なんかは多々ある。こないだは寝ている時に廊下で痴話喧嘩をしていたカップルが私の家の中に入ってきた。

少しびっくりはするけれど、常識がそれは精神世界の出来事、疲れによるレム睡眠がもたらしたものと知っているから、目を開けて無事を確認することができる。何もいない事を確認することができる。そしてこれが俗に言われる「幽霊」の正体だと気づくこともできる。

ただ、この現実なのかどうか曖昧な存在が事態をややこしくしているのは間違いない。頭の中で起こっている事なのに、あまりにも現実に近い出来事として見えてくるので分からなくなってしまう人もいるだろう。しかし、常識的に考えれば起こり得ない事ばかりなのだ。

ストレス社会によってバイオリズムが乱れ続けると、そこの境界線が曖昧になってしまう。想像の産物だと分かっていたはずが、ストレスに押し潰されてどれが現実なのか分からなくなってしまい、そして妄想に囚われて壊れてしまう。


幽霊がなんなのか分からないなら、一度限界までストレスを溜めてみればいい。いや、99%まで溜めて、1%の理性は残しておこう。でないと戻ってこれなくなる。

限界に達すると、鏡に写る自分の顔が全くの別人になっている時がある。目は別の方を向き、顔はニヤニヤと笑っている。

そしてそいつは自分に向かって何かを語りかけてくる。だが、その言葉を聞く必要はない。なんとか1%の理性を使って戻ってきてほしい。

でないと、きっと自分が生きているのか死んでいるのかさえ分からないようになってしまうだろう。私はそこまでは行っていない。なぜなら、全て虚構だと知っているからである。

そういう意味では、オカルトには少し浸っておいた方がいいのかもしれない。浸っておきながら、懐疑的な眼を持ち、距離を取っておくべきだ。スピリチュアルな部分に手を出すのもおすすめしない。

そうすれば夜、外から自分を呼ぶ声や、寝ている自分を見下ろす影に対し、「これは現実ではない」とはっきり断言できる力が身につく。何も知らないままでは、常識はそれを事実と誤認してしまうだろう。それだけは絶対に避けなければならない。

精神が衰弱し、それらを事実だと誤認した人たちが生み出したのが幽霊やその他オカルトの類だと私は考えている。この世に存在しない物に対する畏怖は人間なら誰しもが持っている。そして精神はそこにつけこんでくる。

「怖い」に対して一歩引いた目線で見ておかないと、自らの精神に飲み込まれて帰ってこれなくなってしまうだろう。行き着く先は人目に触れない場所にある病院か、或いは精神からの最大の逃避、死だ。

もっとも、一人で悩むことが一番駄目である。出来る限り、そういう事を笑い話にせず、親身になって話を聞いてくれる友人や家族を近くに置こう。

お祓い等は「お祓いをしたから大丈夫」という安堵からくる精神の落ち着きによるものだから、そういう事もいいかもしれない。寝る前はアロマを焚いて、出来るだけ自分に合った枕を使って寝よう。






ただ、ごくごく稀に、自分一人の精神の話では説明のつかない事、例えばその場にいた全員が未知を経験したり見たりする場合がある。その件については、もしかするとまだ誰も知らない事実がこの世には隠されているのかもしれないと私もロマンを感じる。

決して怯えてはいけない。深く探求してもいけない。「まだ知らないことがあるのかも」と楽観的に考えておかなくては、いつの間にか自分自身がオカルトそのものになってしまう。それだけは避けよう。命は大切に。
顔夕

顔夕の感想・評価

3.7
塚本晋也がぶつぶつ呟きながら真の恐怖を求めて東京の地下空間に行ったり、そこで見つけた女の子を持って帰って飼ったりする話。よく分からないけど雰囲気は好き。
あとポスターがかっこいい。(filmarksのジャケ写じゃなくて紫のやつ)
2005年鑑賞

「ホラー番長」シリーズ
清水崇監督で塚本晋也主演てのに惹かれてレンタル。

血液のみで生きてる娘と狂ったオヤジが主人公。
え?あれは妻と娘なの?自分の?ん~~~?

どうでしょう。
宮下ともみさんはエロ可愛かったけど。
清水さんらしさは出てたんだろうか…
horaAya

horaAyaの感想・評価

3.1
虚構が現実へと与える影響を描いたのだろうけど、心の深層として設定した地下施設から奥底に眠る自身の狂気的感情を地上へと連れ帰る過程がまさにソレを表現している。彼の部屋で飼うことになるFの存在こそが彼の内面的な会話であり、狂気に餌をやることでその存在のパワーバランスというか、彼が求めた恐怖というものを育てることだからこそ、ラストへと繋がる。狂気の山脈が最深部にあるというクトゥルフ要素も面白く、薬の服用をやめたというセリフにもあるように根源的感情へと至る道のりの純粋さが感じられた意欲作。
AE35UNIT

AE35UNITの感想・評価

5.0
何回見たか分からない。精神的な恐怖・不安感を追求した結果、訳の分からない領域へと突入している傑作。観る人を選ぶ映画だが、ツボが刺さる自分にとっては精神が削られるような不安感を味わうことができる。近代怪奇小説のノリの延長として書かれた物語なので、映画としてみるよりも台詞を文章で読んだらさらに怖いと思う。
「温泉宿で住み込みで働こうか」と、ぼんやりする辺りは、今見るとつげ義春の趣もある。
フィクションを「言葉によって作り出された虚構」とするならば、主人公の過剰なモノローグと、異常なのに異常性を感じさせない死者との対話の果てにある“あの場所”も「言葉によって作り出された」感じがする。世界の一部に“在る”ものを切り取ったものではない感じ。

この感覚は、「目にしたものに恐怖したのではなく、恐怖がそれを見せたのだ」的な劇中セリフとも合致するような気もするのだが、あまりピンと来ていない。脚本が小中千昭さんなので、元ネタが“アレ”というのは分かりつつも、自分が“アレ”について詳しくないので、理解不足の点が多い。

主人公が彼女(という言い方が正確なのかは分からないが)と出会った後の部屋のシーンで、彼女が部屋にいる様子を直接に見せるのではなく、「主人公が部屋のモニターで確認している“映像の中の彼女”を先に見せる」段階を踏んでいたところが印象的。劇伴には怖さよりも物悲しさを感じた。
mira

miraの感想・評価

2.0
恐怖を求めて地下施設をさまようも、言語のわからない女と出会い、その女を飼育しちゃうおじさんの物語。つら人生である…
考えるな感じろ映画。
序盤の不気味さと鉄男監督の異常中年感は良い。
全体的に意味不明でポエジーだけども謎の地底人?みたいなのは良い見た目。
小中千昭が異形コレクションで似たような都会の地下のうっすら怖い短編書いてたのを思い出した
詩的なホラーというかサスペンス。
語りが多いですね。
願望が強すぎるあまりの…。
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