ブロウアップ ヒデキの作品情報・感想・評価

ブロウアップ ヒデキ1975年製作の映画)

製作国:

上映時間:87分

4.4

出演者

「ブロウアップ ヒデキ」に投稿された感想・評価

♪ブロウ・アップ・マン ヒデキ!♪
♪ブロウ・アップ・マン ヒデキ!♪

ファンを喜ばせる…
いや、一緒に喜びたい!
ワイルドに!エモーショナルに!
20歳のヒデキがギラギラ燃える!魅せる!

1975年の伝説的ライブツアー、
『西城秀樹・全国縦断サマーフェスティバル』
のドキュメント。☆

富士(OP)、札幌、秋田、盛岡、仙台、
広島、福岡、鹿児島、宮崎、大分、
松山、岡山、名古屋、那覇、大阪(ED)
全国15ヶ所、計31公演!

まず何と言っても、富士山麓のオープニング・フェスティバル。
この時代にこんな所で、こんな大規模な野外ライブを演るというのは
かなりスゴイ事だったと、皆さんおっしゃってますね。

手作り感満載のステージ設営や演出。
会場に足を運ぶお客さんもまた大変そう。
あんな、横から獣でも出て来そうな山道を長々と歩いて来るとか。(笑)

コンサート開始を待つ女子にインタビュー。
「ヒデキのどんな所が好き?」
「脚が長い!♪」
「ファンを大事にしてくれる♪」
「口先だけのカッコ良さじゃ無くて、心に訴えかけてくる♪」

…今も昔も、若い女性のファンは、アーティストのイイ所をいち早く見抜いてますよね。
その鋭い感性には脱帽です。☆

クレーンが吊るゴンドラに乗って、観客の頭上を移動するヒデキ。
…アレ、何メートルくらい上がってんだろ?結構な高さだよ。
何しろヒデキは、高い所が苦手らしいからね!(笑)

それでもヒデキは手を一生懸命に振ったり、足を柵に掛けたり、
ファンの声援にアクションで応える。
そしてライブを終えると、足早にヘリで去って行くのだ。

あと、ステージの足場でアタマをぶつけるヒデキとか、
台風で一日分の行程が中止となり、ホテルにてパンイチで過ごすヒデキとか、
萌えポイントも随所に用意されておりますぞ。♪(笑)

そして、『初代スタジアム男』として名高いヒデキが、
エンディング・フェスティバルの大阪球場で魅せる、
圧倒的パフォーマンス!!☆
コーフンしてステージに上がり込み、ヒデキに抱き付く女!(笑)

♪さあ みんなで手拍子♪
♪涙なんか ふいて♪
♪別れも また楽しい♪
♪明日が あるから♪


…ここんトコは映画も観ずに、ひたすらヒデキの動画を観て、
カラオケでヒデキを熱唱しております。

好きなアーティストは?と訊かれたらクイーンを上げますが、
現在の自分を作り上げた主成分は、
幼児期に聴いたキッズソング、少年期に聴いたアニ特ソンと共に、
間違い無くヒデキです!!♪
nao

naoの感想・評価

4.3
西城秀樹 全国縦断ツアー 「ブローアップ ヒデキ」は、なんと43年前の記録映画である。弱冠20才のヒデキ、なんてカッコイイんだろう・・ド派手な演出とそれを支えるスタッフの熱い夏。そんな青春の1ページである。
先日西城秀樹が他界した。
特にヒデキファンというワケではなく、突然の訃報に接する直前まで正直西城秀樹のことは1㎜も考えたことがなかったのに、この知らせは予想外に堪えた。何なんだ、これは?特別ファンでもなかったのに、なぜこんなに大きなダメージを受けるのだろう?なぜこんなに悲しいのだろう?と自分でもワケがわからないまま、YouTubeでヒデキの歌を聴きまくり、出演した番組を見まくった。
 中学以来の洋楽ファンで一応ロックファンだから、ジョン・レノンが亡くなった時はかなりショックだったし、近年デヴィッド・ボウイが亡くなったのもけっこうくるものがあった。でも、ヒデキの訃報を受けて、そんなのはホントは何でもなかったのだ、所詮違う言語を話し、違う日常を生きる遠い海の向こうの外国の人の話だったのだと思い知った。
 そして、何十年洋楽を聞いても、日本語のように歌詞がダイレクトに心にしみることはないのだと、日本語をとてもきれいに大切に歌うヒデキの歌を聴いて思い、虚しくなった。
 生活の中心にTVがあり、TVを見るのが今よりずっとずっと楽しみだったTV全盛のあの時代、毎日のようにTVに出ていたヒデキと、私は一体どれだけ膨大な時間を共有していたのだろう?

何十年かぶりに見た全盛期のヒデキは、あまりにカッコよくてセクシーで眩しくて、何より歌が上手くて、愕然とした。日本の歌謡界でプロフェッショナルな歌手と言えばまずヒデキが頭に浮かんだし、歌の上手さは認識していたつもりだったが、ここまでとは思っていなかった。  
 特に、あの特徴的な細かくて伸びのあるヒデキビブラートには、こんなの聞いたことない!と驚いた。どれだけ並外れたすごい喉の持ち主だったんだ、ヒデキ?(※)
 TVを通してあまりに身近で、私自身も子供だったため、ヒデキの価値にあらためて目を向けることなくここまで来てしまったことがたいへん悔やまれた。

ヒデキ亡きあと、報道でヒデキが早熟なロック少年で早くから洋楽を聞いて育ったということを知った。なんだ、仲間だったんじゃん!と思ったが(おこがましいよ!)考えたらヒデキがTVで活躍し始めた頃、私はまだロックが何かさえ知らなかったのだ。
 
野外でライブをやるようになったのは、ウッドストックがやりたかったからだという。この「ブロウアップヒデキ」は、その野外コンサートの様子を追ったドキュメンタリーだというので、是非見てみたいと思った。ヒデキ20歳の時だ。

いくらヒデキが野外コンサートやスタジアムライブの草分け的存在だとはいっても、1975年の富士の裾野で行われたショーは、さすがに今見ると音も仕掛けもパフォーマンスも粗削りで発展途上(巨大スクリーンもないし)、ステージとなる櫓のそこらじゅうに裏方さんがいて、工事現場そのものの上で歌っているようだった。
 バックバンドのメンバーや女性コーラストリオがカジュアルなアメリカンスタイルの服装でステージに立つ一方、昼の光の中で、一人グラムロック風の派手できらびやかな衣装をまとったヒデキは浮いて見えた。(実際ゴンドラに乗って浮いている。)

しかし、今から43年も前に、いわゆる歌謡曲と呼ばれるジャンルの一人の歌手がウッドストックに憧れ、グラムロック風の衣装をまとってロックバンドを率い、こんな大がかりなライブをやっていたということ自体が信じられない。
 TVで知るヒデキからは、画面の外でこんな歌謡曲歌手の枠から完全に外れたロックなことをやっていたなんて、当時はファン以外の一般人は知るよしもなかったと思う。TVではヤングマン一色だった79年に、後楽園球場のあの伝説のライブで、雷鳴轟くエピタフを歌っていたなんて、知っていたロックファンはどれだけいただろうか?

映画は、今からすると幼くて素朴な印象のファンの女の子たちや、各地の風景など、1975年の風物がそのまま映っている映像がなかなか貴重だ。憎むべき女子の体操服・パンツ型ブルマー、ベルボトムジーンズ、ガテンなお兄さんたちの長髪、いかにも松竹!という感じの素朴なクレジット文字なども時代を感じさせる。最初の方に出てくる長い急勾配の階段は何かと思ったら、この3年前に開催された札幌オリンピックのジャンプ台のようだ。

新宿から富士のライブ会場に向かうバスの中で、ファンの女の子たちが合唱する「青春に賭けよう」。明るくてノリのいい曲調の青春ソングだけれど、今聞くと歌詞に泣ける。
 青山のヒデキラストコンサートで使われていた3曲のうちのトップバッターだったこの曲は、多分ヒデキ自身もとっても好きだったんじゃないかな。みんなで合唱するのに持ってこいの、ヒデキの代表曲としてもっと多くの人に知られてもいい時代も世代も超える名曲だと思う。
 ほかの人が歌うと普通の青春歌謡になってしまいそうなこの歌を、こんなにノリのいい歌にしてしまえるヒデキは本当に別格。

ヒデキのインタビューも入っているが、語りが20歳にしては妙にオジンくさいというか、分別くさいのが面白い。話す時こんなだったっけなヒデキ?嗄れた話し声からは、あの輝くような少年声が出てくるのがちょっと想像出来ないくらい。「こりゃイカンですよ」とか、もう完全におじさん言葉(笑)。
 
ミックジャガーよりセクスィな「悲しみのアンジー」が聴けたのはよかったけれど、「薔薇の鎖」が入ってなかったのは残念。なぜか記憶から欠落していた「薔薇の鎖」は今や一二を争う大のお気に入り。有名なマイクアクション付きで歌うのを是非見たかった。ローラもやはり定番のダイナミックなアクション付きで見たかったな。ちなみに、ローラは一部フランス語で歌われている。ヒデキ、仏語の発音はあまり良くない気がする(笑)。

ステージで歌ってる曲ではないが、「旅は気ままに」という能天気で明るくてカントリーっぽいのどかな曲は拾い物だった。「ハウスバーモントカレーだよー♪」系の歌だ。ヒデキ自身もホントはロックよりこういう歌の方が好きみたいとコメントしている。私もこの歌大好きです。NHKの「みんなのうた」あたりでやってほしい。

ヒデキが還暦を迎えるのを機にこの映画がDVD化されるのに際して、ヒデキ自身の寄せたコメントがDVDに添付されている。このコメントがまたとてもよい。

「正直あの頃の記憶がほとんどありません。
 40年前、自分が何をやっていたのか。ただがむしゃらに突っ走っていただけでした。とにかく人の喜ぶことがしたい。それが全てだったと思います。言ってみれば、子供の悪戯心に大の大人たちが真剣に取り組んでいたようなものでした。(中略)こんな遊び心が日本のエンターテイメントの基礎を築くことになるとは思いもよりませんでした。

改めて映像を見てみると、次はいったい何をやらかすんだろうと、ワクワクしながら二十歳の西城秀樹を見ている僕がいました。
 また、あの頃は気づきませんでしたが、70年代のいとなみが映像として随所に描かれていて、僕が大好きだったウッドストックの映画に雰囲気が似ていたのも新たな発見でした。
 携帯電話も無かった時代、全てが手作りでみんなが一つの目標に向かってがむしゃらになっていたあの頃、しみじみ良い時代だったと思います」

40年前のこんなにも若くて魅力的で眩しすぎる自分の姿を見て内心どう感じるのか、それはスター以外知り得ない心理だけれど、興味を掻き立てられる。それとも、スターは昔の自分の映像など普段から見慣れているものなのだろうか?

10代から20代前半までのヒデキは、NHKの歌のお兄さんなんかも十二分に務まりそうなのに、劇場型のドラマティックな歌から本格ロックから色っぽい歌から50年代風ポップスから何でも歌いこなせて、しかもそのどれもこれもが極めて洗練されているという恐るべきキャパシティを備えていて、加えてこのルックス、ほんと何だったんだよ、この人は…と思わずにいられない。パフォーマンスだけでなく、元祖ヴィジュアル系と言ってもいいファッションも全然古さを感じない。(80年代に入ると途端にファッションがダサくなるが、それはヒデキだけではないので仕方ない。)

この映画には入っていないけれど、ヒデキのスローバラードは、限りなく優しくて柔らかくて繊細な表現力と、圧倒的に豊かな声量が生きていて実に素晴らしいということをYouTubeを見まくっているうちに発見した。
 また、演劇的なドラマを歌で作り上げる表現力があって、ヘタな人が歌うと白々しいだけの歌詞を、ヒデキが歌うとまるで映画のように感情移入させてしまう。でも、当時は自分が子供過ぎてドラマチック過ぎる絶唱型の愛の歌には全然ついていけなかったな(笑)。

西城秀樹さん、同じ時代を生きてきたお茶の間のアイドルでありスーパースターでありセクシィなロッカーでありミュージシャンであり元気溌剌爽やかな歌のお兄さんであり根っからのエンターテナー。ヒデキと同じ時代を過ごしてきた多くの人と同じように、私もヒデキは死なないと思っていたに違いない。  
 でも、どうしてヒデキの訃報にこんなにダメージを受けたのか、ホントのところはまだよくわかった気がしない。これは西城秀樹シンドロームと呼ぶべき、我々世代特有のある種新しい現象ではないか?誰かメカニズムを解明してくれないかな。

そういえば、バカラックにヒデキの曲を作ってもらうという贅沢な企画があったらしいが、出来が今ひとつでボツになったとか。バカラックとヒデキがコラボした曲、是非聴いてみたかったなー。ヒデキほどバカラックを歌うのに相応しい歌手は日本にいなかったのではないかと思うし、これからもなかなか現れないだろうなーと思う。
 特に、ヒデキは日本のポピュラー音楽界の歌手の中では唯一無二のリズム感の持ち主というか、どんな歌でも完全に歌をリズムに乗せられるのは私の思いつく限りヒデキだけ、ヒデキと一緒に歌うと、みんなリズムに乗り切れていないのがバレる恐ろしい共演者だったと思う。
 ヒデキ、今更だけど貴方のすごさに感激デス。

(この「ブロウアップヒデキ」、7月17日、ライブハウスZeppで上映されるらしい。なんとこれはヒデキの生前から決まっていた企画だそうだ。これが追悼上映になるとは…。)


(※)その後、ジョンデンバーが似たような細かいビブラートヴォイスの持ち主だったことを発見。ジョンデンバーも今聴くと声がよくて歌上手くて驚いた!