冬の小鳥のネタバレレビュー・内容・結末

「冬の小鳥」に投稿されたネタバレ・内容・結末

セリフも少なければ音楽もない。
ストーリーもいたってシンプルな養護施設の話。
しかし、少女の心の葛藤を丁寧に描いており、非常にわかりやすかった。
死んでしまった小鳥を埋葬した時のことを思い出し、少女自らも自分を埋葬しようとするシーン。
その儀式をすることで、過去の自分を捨てて新しく生きようと決意したことがみてとれる。
そして、引き取り手が見つかって施設を去るときに記念撮影で初めて見せた笑顔の物悲しさったら、、、
ラストに父親の背中に寄り添い夜道を駆ける自転車のシーンはとても深い情景を表す。

とはいえ、主人公や登場人物がほぼ子供という点だけ、個人的にはあまり好きになれないところではあった。
この映画、事前知識まったく無しで観たが、こういう物語だったのか。
はじまってすぐに、「おいおい、これ韓国映画?」と思ったら、フランス&韓国の合作だった。

1975年のソウル近郊、イ・ジニという少女が父親に連れられて、養護施設に入れられる。少女は、父親に置き去りにされた事実を受け入れ難く、父親が迎えに来ると思っているが、現実は残酷。
ジニは施設に馴染めず、出て行こうとするが、やはり戻ってきてしまう。
そんな中、施設でようやく仲良くなった少女が居たが、彼女もアメリカ人にもらわれていってしまう。
このあたりから、「いい子にしてれば、養子にもらってもらえるんだよ」ということが表に出てくる。
そして、ジニは、フランス人夫婦にもらわれていくことになり、韓国の空港からフランスの空港に到着するところで突然終わる。この終わり方が上手くて、ジーンと胸に迫るものあり。

しかし、韓国の子供達が「花札」やってるシーンがあり、「あれ、韓国にも花札あったのか?」と思ったが、多分、第二次世界大戦の余波で日本から伝わったのではないだろうか。

まずまずの作品であった。
この年最初の一本。
岩波ホールでやってて見たかったやつ。見られて良かった…

切ないが号泣モノでは なかった。

自伝的映画というが、8才やそこらの子供が 土を掘って、自分を埋めるって、どうなんだろう?どんななんだろう?心を葬ったみたいに 、考えなければ笑えるようになったかのように。

おでかけ 億劫な昨今だったけど、今日は出掛けてきて正解だったかな~?

夏の繁忙期前に 心の洗濯。

そういや、布団叩きや花札を使っての占いも 印象的だったなぁ。惨い苛めもないかわりに どこか醒めてる施設内、それが哀しいところなのかもな……
唯一話を聞いてあげようとしたのが身体測定の先生しかいなくて世知辛い世界だなと。でも一度死んで復活したあとは宣材写真でも笑うようになって、未来に生きることに前向きになったのは良かったね。必要ない小便のシーンがあったけどあれはロリコンを釣るためなのかな。
辛い、ただ辛い。そしてこれが監督の自伝というのが衝撃。
カメラの位置が、誰の目線?と思わせるものばかり。決して見ている私たちと視線が交わらない。究極の客観であり、それは同時に、監督が今なお感じる「分からない」という視点なのかもしれない。
最初にこの作品を見たとき、
セロンちゃんのあの聡明そうな横顔ありきの作品ではないかと思うような、作品だと思っていたのですが、2度目に見てみたら、もっと脇にいる大人たちの存在の方が印象に残りました。

たとえば、足が不自由で貰い受けのない孤児の女の子が
家政婦代わりに孤児院を出て行った日、孤児院の世話役の女の人が、全編感情を表に出さないキャラクターにもかかわらず、
見送りもせずに力いっぱい布団を干しながら叩いていた行為がそれに当たります。

大人たちが細やかに感情を吐露していて、それがあからさまでない分心に棘のように引っかかる仕組み。あまりにもかすかで、気がつかない事も多いのですが、なんかどれも哀しげであることに驚きました。
そして、小さな子どもたちが、自分自身を商品としての価値観で
第三者にアピールしなければならない残酷さもしっかり描かれていました。これは「サイダーハウス・ルール」なんかにも共通する残酷さで、「誰かに選ばれなければ脱出できない地獄」について目をそらさず表現しています。地味な作品ですが、素晴らしい作品です。
台詞なしでも、それこそ瞳だけでも無自覚に感情に訴えかけることができる天才子役たちがいる。
アナ・トレント、パトリシア・ゴッジ、そしてこの映画のキム・セロン。

監督の実体験に基づいたこの物語は、過剰な演出や感動的な音楽で感情をあざとく煽るようなその辺の「お涙頂戴映画」とは違い、抑制された非常にシンプルな演出でリアルな感情と悲劇がある。

よそ行きの綺麗な服に身をつつんだジニは、大好きなお父さんとの旅行にウキウキする。しかし
連れていかれた先はカトリックの児童養護施設だった...。
親に捨てられるという、子供にとってこれ以上ない最大級の理不尽な不幸。
その不幸を認めたくないが為に、そして父が必ず迎えに来てくれると信じ、ひとり現実に抗うジニの姿があまりにも切ない。


この映画は舞台がカトリックの児童養護施設ということもあって、「イエス」が大きなポイント。
十字架に磔にされたイエスが叫んだ「エリ エリ レマ サバクタニ(神よ、どうして私を見捨てられたのですか)」はジニが父に抱いた感情の叫びそのもの。
そして聖書のなかで、その後イエスは「絶命」してしまうが、三日で甦り、「天」へと昇っていく。
一方この映画のなかのジニは怪我していた小鳥をいつか飛び立つことを願い(自らに重ねるように!)、労るが、元々弱っていた小鳥は死んでしまう。

ジニはその小鳥を土に埋めて十字架をたてる。
そしてその後、掘り起こし、そこに横たわって、自らに土をかぶせ埋もれる。
これはジニの「死」を表している。
そして、一度死んだジニは甦り、笑顔を取り戻して、新しい父と母の待つフランスへと「飛行機」で渡っていく。
父への信仰は、自らの「明るい未来を信じる」という信仰へと変わっていく。
そうせざるを得なかった。
父を信じてた、現実をみることが出来なかった自らを殺して。
わずか9歳のごく普通の女の子がだ。
それでも飛行機のなかでうたた寝するジニが見た夢に出てきたのは、顔もろくに思い出せなくなった父との楽しい日々だった。嗚呼。

映画のなかで、ジニのその後は描かれていない。
でもジニは絶対に幸せになれると自分は思っている。
だって、空港で新しい家族「ジニ」の到着を今か今かと心配そうに待つ養父母の姿が一瞬映るから。
そして「両親が捨ててくれたおかげで、今の両親に出会えることができた」という監督のこの言葉こそが、ジニの幸せを予見しているようで嬉しくって涙が出る。
たとえそれがフィクションという映画のなかの登場人物でも。

この映画は、そんなことを思ってしまう程感情に訴えかけ、そして色んな種類の涙が流れてしまうこと必須の恐ろしい映画です。