千羽づるの作品情報・感想・評価

「千羽づる」に投稿された感想・評価

今年も新たなドキュメンタリー番組が作られ、アンネ・フランク同様、世界的なアイコンになっている佐々木禎子さん(享年12歳)。映画化にあたって、「東京大空襲 ガラスのうさぎ」や「ムッちゃんの詩」のような美少女仕様にしなかったところが神山監督らしいところ。裸足に下駄履き、ちょうちんブルマなどのリアルさや入浴シーンなど、1989年当時は問題視されなかったのだろうが、いまや、後世に残せるギリギリの線か。
両親役がさくらと博で、石野真子が主題歌というのも、神山プロの本気度の表れ。“♪原爆を許すまじ”の歌がさりげなく流れるのも、監督の矜持かな。
HDニューマスターで。
手島悠介 原作。佐々木禎子さんのお話。
神山プロダクション第一回作品。
体育は裸足で。倍賞千恵子🫰🏻
なぜ鶴なのか、この映画で今さら知りました…
メ モ ) 1954(昭和29)年4月 愛媛松江道後温泉 紙風船 林間学校 12人ピカ ABCC(原爆障害調査委員会) 1945(昭和20)年 長寿の鳥 平和記念式典 広島市平和記念公園
両親役に倍賞千恵子と前田吟を使うのは某シリーズをコンバートしているようでズルいが、倍賞千恵子の熱演は余りある。

この時期の児童映画にありがちな、”子どもたちが善い子過ぎる”パターンに陥ってはいるものの、親友の子に「原爆が憎い」と言わせたのは印象的。
2022.08.15/171/GYAO
〝禎ちゃんにも折り鶴の配給。どれがいいかねえ〟〝きれいじゃねえ。ありがとう〟〝禎ちゃん、鶴を千羽折ると病気が治るんじゃと、鶴は長寿の鳥、長生きする鳥じゃけんね〟

本作は、広島の平和記念公園の〝原爆の子の像〟のモデルの佐々木禎子さんの物語。禎子さんは、爆心地から1500メートル離れた楠木町で、2歳半の時に被爆。原爆の爆風で住んでいた家は倒壊したが、幸いけがもなく、元気で活発な少女に成長。映画の前半は、修学旅行や運動会など、クラスメイトとの楽しい学校生活が描かれている。かけっこが速いクラスの人気者の禎子さんだったが、10年後の小学校6年生の時に突然白血病と診断され、8か月間の入院生活に入る。闘病中に、名古屋の女子高生が原爆症の患者さんのために折った鶴をもらった禎子さんは〝鶴を千羽折ると病気が治る〟と信じ、薬の包み紙や包装紙などで1,300羽以上の鶴を折り続けるが、1955(昭和30)年10月25日に短い生涯を終え亡くなった。映画の後半、徐々に衰弱して、介助なしでは移動できなくなる姿は痛ましい。

原爆の熱や爆風で多くの人達が亡くなったということは知っていても、何年も経ってから、突然発症する原爆症については、あまり理解されていないのではないだろうか。広島の原爆資料館で、薬包紙で作られた禎子さんが折った鶴を見たことがあるが、原爆が投下されれなければ、彼女があんなに苦しんだり、命を落とすことはなかった筈。もう二度と同じ悲劇を繰り返してはならない。

終戦の日に、戦争や平和について考えるきっかけになるお勧めの映画。そして、広島や長崎を訪れる観光客や平和学習をする子ども達に観てほしい映画。
子供が病気で亡くなるのはどんな状況下でもつらいけど、原爆がきっかけっていうのはやっぱり許せないなぁと。ならなくて済んだはずの病気になって人生奪われて。

戦場でもない場所に原爆落として多くの一般人の命を奪った、と思うと許せないし、戦争はしたらいけないとあらためて思う。
Kento

Kentoの感想・評価

-

広島県にある"原爆の子の像"
そのモデルとなった"佐々木 禎子"さんを
描いた物語です

10年前に浴びたピカドン(原子爆弾)の光が
原因で白血病になってしまう禎子は
千羽鶴を折る…

ストーリーとしては比較的淡々と
進んで行きますが

驚くべきは12歳の少女が
そしておそらくそれよりも遥かに若い世代でも
多くの子ども達が被爆の後遺症を経験し、
失くなっているという事実

爆発の威力や爆風だけでは
終わらない恐ろしさを持つ原子爆弾

前半の楽しい学校生活と
後半の闘病生活の対比が苦しかったです

お母さん役の倍賞 千恵子さんの演技が
良かったです
Melko

Melkoの感想・評価

3.8
「お母ちゃん、白血球の数が10万を超えると、死ぬるんじゃと…」

「許せん。原爆が、許せん…!」

前々から📎していた作品。
絶対今日見ようと決めていた。
広島平和記念公園 原爆の子像のモデル 僅か12歳で亡くなった佐々木禎子の青春と闘病の日々を描く。

前半はほのぼの学校パート。
禎子はしっかり者の小学6年生。実家は理髪店。
昔は運動会って春・夏開催だったみたい。禎子の属する6年竹組は、春の運動会 クラス対抗リレーでドベになる。担任の渡辺先生から「団結力の無さ」を指摘され、それから毎日、クラスはリレーの練習。頑張った甲斐あって、秋の運動会 リレーは竹組1位に。アンカーを務めた禎子。
様子がおかしい。風邪と思いきや、一向に良くならない。念のために受けた検査で、原爆症である白血病であることが発覚。なんと数ヶ月、もって1年の命だと。
そこから、ほぼ母親と二人三脚の闘病の日々が始まる…

一人の、どこにでもいる普通の女の子が、原爆由来の重い病に苦しみ、段々と衰弱していく。ついこの間まで、あんなに元気で活発で、走り回っていたのに。
劇的なドラマやわざとらしい表現はあまりない。少しずつ迫る、命のリミット。

禎子役の女の子の、儚く切ない表情に胸が締め付けられる。
そして、倍賞千恵子演じる母親との絆。
母は、あえて病名を禎子に伝えなかった。でも実は禎子は自分の病名を知っていて、カルテを盗み見ては、白血球の数値をメモしていた。どんな気持ちだったのだろう…
「お母ちゃんここに泊まろうか」
「ベッドで横になって赤ちゃんみたいに抱きながら寝てあげようか」
こんな時だから、原爆症=不治の病と知っているからこそ、終わりが分かっているからこそ母親は「思い切り甘えていいんだよ」と申し出るも、思春期の禎子は断る。切なかったなぁ……甘えてあげてよ…
この時は、まだ「自分は治る」と思っていた禎子。だが、、
自由が効かず、痛む身体、突きつけられる現実。子どもには残酷すぎる。

12歳の子供をおぶってトイレに連れて行く母。修行のような後ろ姿。辛いけど、辛くない。きっと、何だってできるって気持ちだったのかな。

クラスの中でも、どちらかとゆうとリーダータイプだった禎子。危篤の場に駆けつけた友人たち。彼女の病名を知ってなお、見舞いのたびに「なぁんだ、元気そう!」と勇気づけていた。現実はあっけない。ホントに号泣する。スミちゃんの言う、「許せない」というセリフ。

幾度もの診察でも、臨終の場でも、泣かずに気丈に振る舞っていた母は、禎子がつけていたメモを目の当たりにして、ラスト初めて泣く。

昨今、災害の場等に送られ、「役に立たない」と、度々迷惑がられる千羽鶴。
どんな気持ちでそれが折られたか、まで想像できているだろうか。禎子は1000羽の鶴を折ったそう。病から必ず生還することを信じて、命の限り折られた鶴。
形見として友人達に配られた鶴。
祈り。

1954年時点で12歳
生きていたら、80歳になっていた禎子
当たり前にあった未来が奪われる

自分の国で起きたこと、実際にあったこと、人の想い、恐怖、思いやり、愛情、悲しみ、希望に想いを馳せる
子供達に見て考えてほしい
SAKU

SAKUの感想・評価

3.9
『原爆の子の像』のモデルになった佐々木禎子さんの話。

この映画、今の小学生たちや広島へ平和学習に行く前の子供たちに授業でみせたらいいと思う。
戦争中の恐ろしさを伝えてくれる作品は沢山あるけど、戦後の原爆の恐ろしさを子供でも分かりやすく描いてると思う。

倍賞千恵子の母としての表情がすごくすごく良かった。
miyabiyaka

miyabiyakaの感想・評価

3.5
小学生の頃に絵本で読んだことがあって以来、佐々木禎子さんについては、とても興味がありました。
この映画が過去に上映されたとは知らなくて。
Amazonプライムで見つけた時は、即鑑賞しました。

佐々木禎子さんが懸命に生きたことが伝わって来て、最後は泣いてしまう位に見応えがありました。
hisauk

hisaukの感想・評価

3.7
「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子さんの話。

12歳の少女、禎子は快活で優しい女の子。
広島原爆での被爆により白血病になり亡くなる。

母親が娘を思いずっと側にいる。
いつも笑顔で。
どんなに変わってやりたいと思ったことだろう。

今も続く広島、長崎原爆の日の黙祷。

あなたにおすすめの記事