第9地区の作品情報・感想・評価

「第9地区」に投稿された感想・評価

初見。字幕。
思ってた以上にけっこうグロテスク。

エイリアンと人間がスラム街で共存してるという奇天烈な設定だがそれを真面目に馬鹿正直に描いてる。ここが非常におもしろい。スラム街に居座ってるエイリアンを立ち退きさせたいが人権団体やらがうるさいこともあり立ち退き要請の同意書にサインさせようとする。細かい所かもしれないけどちゃんと風刺になっている。

そしてエイリアン立ち退きを担当する職員さんが感染し徐々にエイリアンになっていく描写。目をそむけたくなるような生々しさ。自分としては苦手な部類に入るけどこれは凄かった。この生々しさを生かす脚本にもっと寄せれたと思うんだけどなあ。後半はアクション中心になりすぎてて生かしきれてない印象です。
yoshi

yoshiの感想・評価

4.0
SF好きの私が2019年現在、最も新作を熱望している映画監督がニール・ブロムカンプ。その長編デビュー作は衝撃的だった。強烈な比喩と風刺!深読みしようとすれば、いくらでもできる懐の深さがあり,様々な視点から論じることが可能。B級エンターテイメントに徹し、感動的ドラマですらある作品に仕上げた手腕には脱帽だ。

20年前に突如、南アフリカ共和国ヨハネスブルグ上空に飛来した巨大なUFO。その中にはエイリアンの難民が一杯に詰まっていた。
20年後、スラム化した居住区「第9地区」に隔離されたエイリアンと地域住民の間での確執が拡大。
多国籍軍事企業MNUは政府から委託を受け、エイリアンの強制移住に着手する…

舞台は南アフリカ・ヨハネスブルグ。
「エイリアン」の「隔離」
どうしたって人種隔離政策アパルトヘイトを連想させられてしまいます。

フェイクドキュメンタリータッチで、エイリアンを題材に人種差別問題を浮き彫りにしていくのです。

【私たちの庶民代表?ヴィカス】

この映画の主人公は白人のヴィカス(シャルト・コプリー)。
エイリアン強制移住プロジェクトの責任者に抜擢された若きビジネスマン。
しかも支社長の娘と結婚して、逆玉の輿に乗ったエリート。

物語が進むに連れ、差別意識丸出しの最悪の人間と分かるが、同時に彼は言われた仕事を実直に行おうとする我々平凡な庶民の代表なのです。

背後には武装した傭兵を従え、半ば脅迫して強制移住の書類にサインをさせる。
子どものエイリアンに投げ与えたキャンディーを投げ返されて激怒する幼稚さ。
目の前でエイリアンが傭兵に撃ち殺されても、人間ではないからと平気な顔。

高度な文明を持つエイリアンに人間同等の敬意を払わず、明らかにエイリアンを動物扱いしている。
(エイリアンの多くが原始的行為をするためなのだが)

ヴィカスは仕事中、エイリアンのDNAが入った燃料を浴び、エイリアンのDNAに感染し、身体がエイリアン化していく。
(80年代のSF「ザ・フライ」へのオマージュでしょうか?)

感染から差別を受けるようになり、エリートの座から転落していく。

エイリアンと性行為をしたと言うデマのニュースが流れ、自分が差別される側に回る。
(これも異人種間の恋愛と性行為の差別の比喩でしょうね)

ヴィカスは人間社会から追われる身になって、エイリアンと交流を持つようになっても、相変わらずエイリアンを「エビ」(映画内ではエイリアンに対する蔑称)と呼ぶ。

自分の身体を直せと自分の要求ばかりを通そうとする。
自己中心的で、体力的に弱く、意志薄弱。
取り柄と言ったら奥さんへの愛情ぐらい。

仕事の為に長いモノに巻かれる庶民と同じであり、心から憎めないのです。


【本当の主人公?のクリストファー】
対して、エイリアン側の準主役であるクリストファー・ジョンソン(ジェイソン・コープ)ですが、実に高潔な人物として描かれています。

自分たちを救うべく20年にわたる努力を重ねて、宇宙船の燃料を精製してきた。
自らの子供を愛し、育てており、粗暴な他のエイリアンと比べて態度も紳士的。
頭脳も明晰。不屈でいて高潔なエイリアン。

この映画では見習うべき人格者が皮肉なことにエイリアン。

作中で死者に哀悼の意を表するのはエイリアンであるクリストファーのみ。
「死を悼む」という実に人間的な行為を、人間はせずにエイリアンがするわけです。

最後にはクリストファーは、度重なるトラブルを何とか切り抜け、自らの目的を達成する。

本来なら主人公に相応しい。
でも主人公として描かれるのはいけすかない白人エリートのヴィカス。

白人支配社会の風刺ゆえに、馬鹿で皮肉で白人を主人公にするとは、物凄い皮肉。

【風刺と比喩の数々】

冒頭に、この作品は良質なB級エンターテイメントだと書きましたが、観る前に予想していたような、人種差別をテーマにした重い作品ではありません。

テンポがよいのもそれに寄与しているでしょうし、また本作における死の描き方が軽いというのも関係あると思います。

①エイリアンと人間の死の描写の違い。

一部例外はありますが、いわゆるショッキングな死に方をするのはエイリアンであることが多い。

もちろんショッキングなシーンではあるのですが、そうは言っても人間とはかけ離れた異形のエイリアン。
人間が同じ死に方をするのと比べるとショック度は弱く見えてしまいます。

人間もたくさん死ぬのですが、その人間の死に方は、未知のテクノロジーが使われたエイリアンの兵器で殺されることが多い。
まるでゲームのようにポンポン弾けてしまうのがほとんど。
リアルなものとは言い難いです。

ある意味、ゲーム感覚で人が死にます。
監督がゲーム製作に関わっていたことを逆手に取って皮肉っているとしか思えません。

異人種の死を動物感覚で見ていませんか?
同じ生命を持った者の死ですよ。
他人事ではありませんよ。と監督に語りかけられているようです。

ビリー・ホリディの名曲「奇妙な果実」のように、理不尽な死に様をショッキングに描くと言うのは差別問題を表現するうえで有効な手段。
そこのところをエイリアンで見せている。

この映画は、何回か観てみると差別的な表現、差別意識がにじみ出る演出がなされているのが分かる。

②エイリアンの名前

「クリストファー・ジョンソン」なんて、どう考えても英語の名前であり、彼本来の名前ではありません。
白人名をつけられた黒人奴隷の比喩。

彼には彼本来の名前があるはずなのですが、それはとうとう最後まで示されないままです。彼は名前を奪われたままの存在で終わります。

③エイリアンがタイヤを食う。
食うために食料であるタイヤを奪い合うなんていうシーンは、知ってる人には、ひどいブラックジョークです。

それが表すものは「ネックレスリンチ」。
白人社会に内通した黒人の裏切り者に対して、黒人が行った見せしめリンチのことで、油を満たした古タイヤを首に巻きそれに火をつける処刑方法。

二度と起こらないよう、エイリアンが食べるという…。

④黒人への恐れ
エイリアンは地球人より大きいし力も強い。
黒人の身体能力への恐れでしょうか。

科学力もあり、知能も優れているはずのエイリアンが、地球人に反抗するでもなく、缶詰のキャットフードで満足しているというのに最初違和感を感じたが、実は彼らが働きアリだったからという説明が入り、納得した。

教育がなければ、恐れることはない。
それは黒人解放運動を実現させるためには優れた指導者が必要だった状況と同じ。

⑤生命をモノ扱いする差別。

ヴィカスが映画の序盤で、エイリアンの卵を嬉々として破壊し、それを「中絶」と称するシーンが有ります。

映画の後半、ヴィカスはクリストファー親子の愛情に触れ、クリストファーにも息子のことを考えろと言う。

差別される側に回り、改心したかに思えるが、ヴィカスが自らダメにしてしまったエイリアンの卵のことを振り返ることはありません。

いわば、自らが犯した罪については、最後まで言及せずに、謝りもしないまま。
序盤のヴィカスにとってエイリアンはモノだったのが明らかになります。

⑥文明への差別。
クリストファーとその他の脇役エイリアンたちの姿を見て、比べてみてください。

好ましい人物として描かれているクリストファー達は服を着ています。
その他の暴力的なエイリアンたちは、ボディペインティングらしきものが見られることはあるものの、基本的に衣服を着ていません。
野蛮なエイリアンは衣服を着ていない。
つまり裸族。
未開の土地は裸族、文明を持つ者は服を着るということを象徴していると思います。

⑦文化の隔絶
一見、クリストファーの計画がヴィカスの活躍によって達成されます。

クリストファーの計画というのは、母船で星に戻り、いつか仲間たちを迎えに来るというもの。
母船が動き出すまでが映画では描かれる。

エイリアンと人間と両者が歩み寄り、共存するのではなく、またエイリアンが武力で人類を支配するのでもなく、別々に暮らすことを志向したものです。

計画は即座に完了するものではなく、何年もの時間がかかることが示唆されます。

そして本当に計画を完遂することが出来るかどうかは分かりません。

実質的にはまだ何も問題は解決していないんです。
最後にジャーナリストが、計画がこの先どうなるかについて3つの可能性を口にします。

このまま何も起きないか。
エイリアンが人類にとって驚異となるか。
エイリアンが星に帰れる帰る希望となるか。

これはクリストファーの帰還が人類とエイリアンの対立を招く元となることを強烈に示唆しています。

そして、この映画はあるひとりのエイリアン(全身に感染したヴィカス)が、ささやかな希望(人間に戻り、妻と再び暮らすこと)を胸に日々を生き抜いているシーンで幕を閉じます。


この映画を通して、エイリアンには母星に戻れるかも知れない、仲間が星から戻り、人類を武力制圧できるかもしれないと希望が生まれるのです。

それならば人類は…?
この映画を通して、何も成長していません。異文化を差別し、排斥し、知らんぷりで元の生活に戻る。
考えているのは自分の身のことだけ。

それはエイリアンDNAに感染する前のヴィカスであり、私たち庶民の姿です。

「第9地区」は強烈な比喩と風刺が混ぜ込まれている、意地の悪い作品であり、考えさせられることの多い作品です。

そして娯楽作品でもあります。
男女の愛情あり、親子の愛情あり、冷酷な悪役あり、ショッキングなシーンもあり、アクションシーンもたっぷり、良質なB級エンターテイメントでもあるのです。


追記
製作当時、30際手前!の新人監督の独創性あふれるデビュー作品。
凄い才能だと思いました。
続けてSFを製作している発想力。

また監督はCGの使い方も上手です。
ゲーム界出身なので限界を知っている。
難しい表現である、重量感あるものや柔らかいものには、決してCGを使わないのが成功している。

エイリアン5の監督を一時引き受けたが、結果的に降板したというニュースを先日見ました。
良かった!と思いました。
この監督の独創性は続編映画に使ってはいけない。
早く、オリジナル作品が見たいです。
面白かった。観るひとによって印象、感想、評価が変わるだろうな。僕はエンタテインメントとして観られたけど。SFアクションに、ブラックジョーク、人によっては黒の章に。
J0K3R

J0K3Rの感想・評価

4.1
差別がテーマの作品
現代を風刺しているような作品でした。
軽い気持ちで観始めたが普通のSFとは一味も二味も違う。
エビ(宇宙人)達はとても人間味がありより一層リアルさが増したように感じた。
差別以外にも歴史や社会問題を思わせる部分も多く様々な問題を客観視することによって多くのことを学ぶことができる映画だと思った。
少なからず私自身学んだことはあった。
2回目。思い出せました。

人って理性があるのになぜ差別は無くならないのかね。
子供の頃から議論されてるけど、何年経てば、世界は変わるんでしょう。先ずは自分から、だな。
うろ覚えだったのでもう一度ちゃんと見ました!


アパルトヘイトは、アフリカーンス語で「分離、隔離」を意味する言葉で、特に南アフリカ共和国における白人と非白人の諸関係を規定する人種隔離政策のことを指す。ウィキペディアより。

SFではなく差別問題を風刺した映画!
なんてよく言われていますが
しっかりSF映画だと思います。

得体の知れないエイリアンが出てきて、宇宙船や現代では作り出せないような武器が出てきたらそれはもうサイエンスフィクションでしょ!

劇中あえて主人公が白人ということに触れる部分も多く、エイリアンを『エビ』と揶揄している所も人種差別反対を訴えているんだなーと分かる。

2回目以降見るならそういったメッセージ性にフォーカスを当てて観たらより楽しめそうな気がします。

でも!
初見は難しい事は抜きにしてもっとシンプルに
戦闘シーンのハラハラ感や、エイリアンの人間味溢れる親子愛、主人公の心情の変化など(あいつ基本はクズ)を楽しんでもいいんじゃないかと思いました!

もし続編があるなら見てみたいですね。
Coco

Cocoの感想・評価

3.7
バッタみたいな宇宙人が出てきます。内容は切ないけど、テンポ良く進んで飽きずに見られます。
隔離された宇宙人、その生活様式が生々しく、ドキュメンタリー風の描写のリアリティがすごい。実際こうなったらこうなるだろうなーみたいな。

主人公が良くも悪くも人間臭くて良い。ラストのアクション、展開は序盤と打って変わって熱い。

「チャッピー」もそうなんだけど、この監督は生理的嫌悪感持たせるの上手い。徐々に人外になっていくの、すげー気持ち悪くてナイスだった。
mm

mmの感想・評価

3.8
Prime videoで鑑賞(吹き替え)

主人公が最後まで"人間"って感じでよかった。所謂ヒーロー像じゃなくて、結局自分を第一に考える、という主人公像に感情移入しやすかった。
ドキュメンタリー調のつくりもよかった。物語の最中は主人公にフォーカスして、最初と最後に周りの人間たちの言葉というつくりは物語に集中しやすく、時の流れもわかりやすかった。

エイリアンたちが、意思疎通ができるのとできないのと差がありすぎでは?と思うところもあったけど、彼らの社会については触れられていないし、映画の中の人たちと同じ知識量でエイリアンのことを考えられたからよかったのかも。
nari11

nari11の感想・評価

3.0
面白いけど普通
宇宙人側にもう少し何かあっても良かったと思う
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