ギリギリまで研ぎ澄まされているが露悪的ではない、というレビューに共感。ここでいう露悪さとは、作り手の無意識下の下心のようなものとも言い換えられる。例えばシラートのような…。それが清々しく無いにも関わ…
>>続きを読むヴィデオによって撮られた果てしないロングショットとそれに被さって流れる外界の音や演者の声。画面を眺める主体からいつの間やら音を聞く主体へと変容し、また画面へと引き戻される。律儀に切り返されて会話す…
>>続きを読む見終わった後言葉を失う映画は色々あるが、これほど言葉が見つからない経験も珍しい。絶望的な話や救いのない話も世の中にはありふれているが、大体は過剰な演出ややりすぎの設定で陳腐になりがちなところを、ここ…
>>続きを読む思っていた映画と全く違った。シネフィリーな運動を捉えるのかと思いきや、一気にテキストへ重心が傾く。言うのも憚られる無惨な光景に、驚くしかなかった。映画をめちゃくちゃ観てきた人が撮ったようにも、観てき…
>>続きを読む映画を見ること=暗闇で光を見つめる行為だとして、今作の認知が歪むような長回しで真っ暗な画面に微かな光が浮かんでいるその光は映画の臨界点だと思う。
シネマリスの帰りにケヴィン・ドラムのSheer He…
自分なりの解釈✍🏻
・女がトーチカの中から遠くにいる男を見つめる。
男が近くにくる。女がトーチカから出てくる。ふたりは会って話す。
↓
その中で男が「あなただと思わなかった」と言う(知ってるような…
斜面を登る藤田陽子を捉えてその後丘上のさらに先の丘に距離感を失わされ、
菅田俊をトーチカのフレームの枠を二眼レフ越しに捉える一連も一体どこに向かってどこにたどり着いているかという方向感覚や距離間を絶…