親密さの作品情報・感想・評価

親密さ2012年製作の映画)

上映日:2013年05月25日

製作国:

上映時間:255分

4.3

あらすじ

「親密さ」に投稿された感想・評価

舞台がまったくダメだからこういう映画もダメなのかなー。長回しの夜明けのシーンもアイディア自体はいいかもしれないけど撮ろうと思えば別に撮れるといえば撮れるのでは。トランスジェンダーの語りと物語の使い方はかなり特殊でそこはでも非当事者だからこそという。とにかく長すぎて永遠にこの時間が続いていくのかと思った。その意味ではラストの電車の風景図こそ夜明けとみるべきだろう
いやぁ、すごくすごく良かった。
心を通じ合わせる事、相手を知る事に体力を使うのが嫌で言葉をぶつけず、それを無視とするか、なんとするか。交差し、すれ違い、過ぎて行く関係のなかで知りたい。手段としての言葉。それは手紙だったり詩だったり、一対一の会話だったりする。言葉足らずだけどまたいつか必要な言葉を用いて書きたい。。
yasuka

yasukaの感想・評価

3.8
あなたは私ですか。
いいえ違います。
的なこの監督特有の他の映画でもよくやってるやつ、
出演者が素人みたいだからドキュメンタリーみせられてる感じ。なんかこれがね、けっこう心にずしんときた。

夜ふたり肩を並べて歩いて帰っているうちに空が明るくなっていくシーンとラストシーンが好きだな。ふたりがそれぞれ乗ってる電車が近づいて、並走して、離れていく。
よくしゃべりよくぶつかり夢を追いかける長い長い2人のおはなし。

こんなに長い映画なのに2回みちゃったよ
4時間という尺は長すぎもせず短すぎもせず、かと言って丁度よくもない。ぶっちゃけ見てる最中映画の「尺」が消失し、その時間は純粋にその場面のリアルタイムとして存在する。当然登場人物たちはもれなく全員「生」を与えられたものとして存在する。演劇は並列に並ぶ2人が切り返しによって映像として向き合わざる終えなくなる。その両方に配置されているカメラを躊躇なく見せるところも痺れる。電車のラストは思わず「凄い」と声を出してしまう。ソーシャルディスタンス禍のラブストーリーは本当は濱口竜介に撮って欲しい。
今更サンクスシアター一本目。

あなたは私ではない。だから絶対理解し合うことはできない。そんな他者と言葉を交わしながら生きる人間たち。言葉に気持ち全部を乗せることはできない。そもそも気持ち全てを言葉を通じて把握することは難しいし不可能かもしれない。言葉からこぼれ落ちる微妙なニュアンスは表情、身振りなどを通じて相手に伝えようとする。もしくは詩、演劇、文学、映画など表現形態を変えてそれが行われることもある。そんなあらゆる想像力を駆使して相手と分かり合おうとすれば、各駅停車と急行の速度が重なる瞬間があるように、一瞬だけ他者と心が通じ合える。ような気がする。
もっと他人に想像力を働かせて生きようと思った。
低予算丸出しの画面や音だけど、映画の魔法にかかった瞬間がいくつもあった。ラスト、少し泣いた。一生見返したいからDVD出して。
「言葉の作家」としての(かつての)濱口竜介の到達点。
言葉を言葉で語ろうとすることで結果うまく語れてない、みたいな弱みはあるものの、ひたすら愚直であろうとする態度に愛を感じてやっぱりぐっとくる。初めて見たときはその弱みもきっと刺さったんだろう。観るのはこれが4回目くらい。

映画と演劇、自分と他者、夜と朝の“親密さ(関係性)”。夜から朝へと受け渡される言葉と時間を見つめることで、私とあなたは違うからこそ「想像力」を運ばせて「親密」になれるのだ、ということを知る。
違う方向へと向かう想像力同士が一瞬併走する幸福は『リズと青い鳥』の「wind,glass,bluebird」そのものだし、そこにこそ、この二部(三部)構成の意味もあるように思う。

演劇パートで映される観客の顔、設置・解体されてゆくバミリによって内在化される視点。わたしとフィクションの境界が、長い上映(上演)時間の助けも借りて曖昧になり、フィクションを超えてリアルな――フィクションにしかない独特の現実感に酔う。
今演劇を観ている外で、隣のどこかの国で、戦争が起きているかもしれないこと。そして、そのこととこの演劇が“関係している”ということを、必然的にわたしは想像する。
「戦争」というモチーフの、ともすれば戯画的すぎる描かれ方にも敢えて空白の余地を作ったんだろう。わたしたちそれぞれにとっての戦争を代入するxとして。

戦争はやはり暴力としてあるが、それは大量殺戮が起こりうるという側面だけでなく、焦点となるのは「私たちがそこに関係する/しないという選択ことを強いられる」という暴力性だ。もっと言えば被害者然と振る舞うことの無自覚な暴力性。
この問題は濱口竜介の学芸大院の卒業制作だった『PASSION』からも繋がっている。
「暴力の対象となることは避けられないが、我々は暴力の主体となることを拒否することができる。自ら選び取る拒否という道こそ、暴力の連鎖を断ち切る唯一の方法である」と語る『PASSION』では、人を動物にさせることで言葉/身体/精神の“暴力”を描いたが、『親密さ』がそれと決定的に異なるのは、これが〈弱さ〉についての物語でもあるという点だろう。
劇中での衛の「私たちはただそれを選ばないことを選ぶ」という嘆きと叫びは、説教臭くもあるが何よりも切実な“弱さ”と強い意志から出発している。

ここからやがて『ハッピーアワー』に接続していくのだと思うとすさまじい。
そこの間を埋める系譜の話もしたいけど、それはまた『ハッピーアワー』をちゃんと見返してからやりたいな。
elliot

elliotの感想・評価

1.0
最後まで観れませんでした…
ゴメンなさい😢
映画って、監督ありきかと思ってたけど、俳優さんの力も必要なんだって感じました🤐
カラックスで云うところの行為(突き指触る)が演劇という虚構を剥がし、言葉(想像力を運ぶ電車)が映画的現実へと目を向けさせる。真に傾聴すべきもの。
Takahiro

Takahiroの感想・評価

4.0
普通にいい舞台だった。
ニコールキッドマンのドッグウィルという映画を思い出した。
朝田

朝田の感想・評価

-
サンクスシアター二本目。凄すぎた。やっぱ濱口竜介はレベル違うぞというのをまざまざと見せつけられた。未だ何を見せられたのか全然消化できた気がしないが、とにかく一生忘れ難い映画体験だったのは確か。「ハッピーアワー」を準備した作品とも言える。ある演劇のワークショップを描いた前半部と本番の様子を描いた後半部。255分と体力を消耗させられる長尺だが、この作品は短くては意味がない。登場人物たちと観客の我々が共に日々を過ごしたかのような濃密な時間を体感する事で、現実と虚構の境界線を曖昧にする。そして、その二つの間にある「親密さ」を解き明かしていく作品だからだ。本番とワークショップを対比させた構造もそうした一見別々に見えるもの同士の「親密さ」を暴くために導入される。正直言ってよくもまあこんなに冴えない顔つきの人ばかり集めたなと最初は人物たちを見ながら思ったが、段々と全員の一挙一動に目が離せなくなるのだから、濱口竜介の演出力はやはり並み大抵のレベルではない。ひたすら大量に交わされる言葉から、日常的な風景の裏側にある他者との決定的な断絶、そして言葉が持つ暴力性を暴いていく前半部は胃がキリキリと痛むような不吉さに満ちている。会話のちょっとしたズレや微妙な間、そして人物の仕草から生々しいイヤな空気を抽出するのが濱口竜介は本当に巧い。カサヴェテス的な表情のアップが用いられ、そこにそれぞれ人物の本音が見えてくる。後半部は演劇パートが延々と続く。前半部のストーリーと続けて見せられると、演劇であるのにも関わらず人物たちのドキュメンタリーのようにも見えてくる。どこまでが演技で、どこまでが生身なのか分からなくなってくるあの感覚こそが、この作品のキモとなる部分なのだと思う。全編通して印象的なカットは沢山あるが、特に夜明けでの橋の上での奇跡的な長回しや、ラストの二台の電車同士の切ない切り返しなどは一生忘れられないものになった。何度も味わいたくなるような生々しい時間、言葉がこの作品にはある。それを完璧に記録した濱口竜介という作家は改めて才能の塊であると認識させられるばかり。
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