アナへの2通の手紙の作品情報・感想・評価

アナへの2通の手紙2010年製作の映画)

Dos cartas a Ana

製作国:

上映時間:28分

3.7

「アナへの2通の手紙」に投稿された感想・評価

大プリニウス『博物誌』を手がかりにして、映画(=映像)と絵画の起源を探る。

それこそ古代から人々がインスピレーションを受けてきたであろう、木々の枝のざわめきや水の反射、水面のゆらぎ、そして影など自然が産み出した音や「映像」が執拗に繰り返され、画面を埋め尽くす。

後半では、男女のダンサーが登場。女性のアクションに続いて、男性が同じアクションを繰り返す。男性はほとんど「影」という形でしか姿を現さない。女性は、そのゆらめく影を炭でふちどり、彼の姿を壁に刻みつける。ここでは、生身の人間の肉体と「映像」との密接な関係が提示される。

現代において、自然と肉体と映像はそれぞれはっきりと区別されて考えられているように思うが、古代においてはこれらはすべてつながっているものだった。ゲリンが説くのは、「映像もまた古代へと回帰すべきだ」ということなのだろう。
キャンバスとスクリーンの秘密の共通点。

文字と映像の交差。
光と影が美しくて、暗闇がちらつくたびに表情が違って見えた。

映像なのに静止画のよう。
ひとつひとつがとてもドラマチックで、絵画や写真を繋ぎ合わせたようだった。

理解できたかというとそうではないのかもしれないけれど、感覚的に好きな作品。

それでも、どのくらい好きなのか星の中で考えられないから評価なしにしておこう。
eddiecoyle

eddiecoyleの感想・評価

3.4
インスタレーションを二通の手紙にまとめて提示してみましたとしか言いようがないのよね。
A

Aの感想・評価

4.2
37)併映『サン=ルイ大聖堂の奴隷船サフィール号』
Hero

Heroの感想・評価

-
【原点回帰 白と黒と光と影】
まず、「滅びゆく芸術の尊厳については、以上だ。今日ある美術館は過去へ回帰することを歓迎している。」という引用から今作は始まる。

何が言いたいんだ?
自分なりに噛み砕いてみた。

過去への回帰を歓迎=未来への失望
もう新しいものは創り尽くした、ということか。今、劇場で流れている作品を創っているひとは過去の誰かの作品に影響を受けた。その過去の人もまた、誰かの作品を観て影響を受けたであろう。人が“新しい”と感じるものは今までに触れたことのないものに触れたときであって、それはただの経験不足なのではないだろうか。もう、“オリジナル”などというものは存在しないのではないか。ファッションの流行は巡るとよく言うが、映画も同じなんではないだろうか。なんていう結論に辿り着いた笑。

そして、「この矛盾に感謝しよう。なぜなら私も原点に戻りたいからだ。起源や沈黙や白黒という不可欠なものに。」という引用が続く。この言葉の通り白・黒・光・影を駆使したサイレントの映像が流れる。そこまでは理解できたのだが、いかんせん中身が全くわからない。理解できない。ただ、背景だけは読み取れたような気がする。気がする笑。

《ミューズとゲリン ホセ・ルイス・ゲリン監督特集上映》

2017-S1
『サン=ルイ大聖堂の奴隷船サフィール号』と同時上映。絵画に関する二作品。ちょうどカイエデュシネマ創始者アンドレ・バザンの絵画映画についての論考を読んでいたので、絵画を映画にすることについて考えながら興味深く観た。

二つの手紙という形式で語られるイメージの探求。不思議な形の枝や葉を映したモノトーンの映像が印象的。女の踊りに合わせて動く男の影。愛するものの影をなぞる線が絵画の起源となったと語る声。最後に円環構造が明らかになるところも含め、文学的意匠を持った作品であると感じた。『博物誌』読もう。
Kur

Kurの感想・評価

4.5
こういう形式は好きだ、正統な絵画がなぜ西洋のコンテクストに基づくのかはまるで共感できないが。
アキオ

アキオの感想・評価

4.4
影と愛の話。
いつの頃だか、詳しくないから思い出せないんだけど、ある時期確かに、愛する人の影を、黒のチョークで、ロウソクの灯りの作る影をなぞって、残したい、なんとかその輪郭を有るものとして、顕然とさせたいその意思が、化石のように残されているんだよ、という愛の手紙。
線の軌跡は、何かでしかない、この何かという部分は思い出せない。
もう一枚の手紙も思い出せない。
言葉とパフォーマンス、撮影と女優の目線が、一つの完璧を見せている作品。

もう一枚とも共通して思い出せるのは、絵の上の植物の影の揺れ。
セッティングして、いくら上手に映そうとすれば簡単にどうにでも映せる絵にアスファルトの上、蜃気楼の揺れをあげることで、一枚の絵が、たくさんの捉えように対して、何一つ否定しない開かれた映像となる、慌ただしい快適さがあった。
skip

skipの感想・評価

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イメージとしてのテキスト。光の投影によるイメージとしての映画。やはり探求という作業にはロマンがあるのであろうか。実験なのに迸ってる。
菩薩

菩薩の感想・評価

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なかなか高尚な「映画とは何か」論故、普段お乳ばっかを追い求めている私の様な不埒な人間にはろくすっぽ理解できぬ内容ではあったが、絵画の誕生がイメージの想起によるものなのであれば、映画の誕生はその定着にあるのではないかと、その間を中立つ物としての光りと影の在り方・映し方は、非常に美しく見えた。終わった後、終始寝通していた隣の席の老年夫婦が「こんなの映画じゃない。」と言っていたのがなんとも逆説的だった。
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