影の列車の作品情報・感想・評価

影の列車1997年製作の映画)

TREN DE SOMBRAS

製作国:

上映時間:82分

4.4

「影の列車」に投稿された感想・評価

シルビアのいる街でのホセ・ルイス・ゲリン監督作。
30年代に謎の死を遂げた男が撮っていた無声の家族ムービー。映画スタッフが損傷箇所を再構築したその映像から映画は始まります。その映像は断片的でありながら、大家族の日常を写している。

場面は変わり、現代の牧歌的な人々の生活を映し出し、家族ムービーの舞台となった館へカメラの視点は流れてゆく。
そして、館は雷鳴と雨に包まれた幻想的な世界へ変わってゆく。
壁に映る木々の影と古びた家族写真。
何度も何度も偏執的に巻き戻され、一時停止しながら再生されるフィルムに垣間見える感情。ちょっとここ怖いから私は夜中に観たくない…。
細切れで紡がれたミステリーを見てるような気分でもありました。
セリフは全く無く、冒頭の説明だけなので、きっと字幕が無くてもいけます。
実験的な作風とか、難しげな事はわかりませんが、感覚的に観ていて好きなタイプの映画でした。

これは監督がシネマトグラフ100年目を迎えるにあたり、映画へのオマージュとして作った作品。光と影と音という映画の要素だけで表現した映画を撮りたかったと語ってます。
故人(古いハリウッドスターなども含め)が映画の中では生きているのを観るって確かに不思議な体験。
小津監督に影響を受けたという監督談話を見ると映画への印象がまた変わります。
ホセ・ルイス・ゲリン監督が映像作家として作家性を遺憾なく発揮した(と言われる)作品です。

前作『イニスフリー』ではジョン・フォード監督作品の『静かなる男』と現在をマッシュアップしました。本作では架空の映画と現在をマッシュアップしました。前回はアイルランドのイニスフリー(コング村)でしたが、今回の舞台はフランスのル・トュイです。過去の映像と現在の映像の比較で語るストーリー。セリフではなく、映像に語らせる。セリフがほぼない分、観る側の想像力がかき立てられます。そこはうまい!

本作における架空の映画は弁護士フルーリ家が残した家族映画。保存状態が非常に悪く、かなり劣化していたが、それをなんとかレストアした(という設定)。この「劣化した映像」が素晴らしい。今でもたまに見られる手法ですが、本作はその最高峰です。

現在のル・トュイとフルーリ邸の映像的特徴は自然のフィルターです。朝霧や窓についた雨の滴など。そこに過去の映像を重ねてくる。そこからストーリーが生まれてきます。夫婦の関係、そして夫とメイドの関係。ただ、現在のル・トュイの映像は少し古臭さを感じてしまいました。ああ、昔こういう「キレイな映像」が流行ったよなーって感じ。過去の「劣化した映像」より現在の「キレイな映像」の方が古臭いという皮肉。だって、環境ビデオ風なんだもん。昔のミュージックビデオ風と言ってもいい。そこがとても残念です。
紛れもない傑作です。
副題は『ル・トュイの亡霊』。
映像表現のひとつの極地。

架空の弁護士・フルーリの家族を映したシネマトグラフ。
その修正フィルムが冒頭から流れるのですが、モノクロームのフィルムからカラーの現代パートへの唐突かつスムーズな切り替わりに参りました。

現代のル・トュイの街の様子はまるで実際に散策しているかの様に映し出されますが、途中で視聴者は気付く筈です。
『あれ?どこかで見た事があるぞ』と。

現代パートに入ってからは、無伴奏、かつ会話も無く、聞こえるのは車の音、木々のざわめき、時計の秒針の音といった環境音のみ。

後半はフルーリ一家の亡霊達が、シネマトグラフに映った行動を再現しますが、その際にフルーリ一家とメイドの関係性も推察されます。
初めて映像のみで物語を語られる経験をしました。

叙述は冒頭のみ、劇伴もラヴェル、ドビュッシー、バルトーク、チャイコ、シェーンベルク等の各々ワンフレーズのみで、鑑賞者に視覚からの連想を促すタイプの劇映画ですが、鑑賞中から『未だ終わらないで欲しい』と思わせられました。
監督曰く、『実験的映画』だそうですが、私にはとても心地好く、また楽しい連想体験でした。
atsuman

atsumanの感想・評価

3.4
紀伊國屋さん、ケチケチしないでツタヤでレンタルしてください。
プレミアついたってそちらになんの利益もないでしょうに。

セリフがないので集中しないとストーリーが入ってこない。
写真や映像のストーリーを想像する、思いを馳せる映画。

おじ、長女、メイドの三角関係を知ってしまい、自殺してしまったのかな。
肉

肉の感想・評価

3.0

このレビューはネタバレを含みます

光と影だけでこんな表現ができるなんて!
フィルムに映った/映ってしまったものを編集して別の物語にしたり、光と影で表現をしたり、これは映画そのもの
こんな映画観たことない。初めてゴダールを観た時のような、「世界にはこんな映画があるのか!」と言う感覚。劇映画の皮をかぶったドキュメンタリーの皮をかぶった劇映画の皮をかぶった映像表現の実験。ゲリンの実験。セリフほぼなし。映像勝負!一生観ていたい。

必死こいて探したおかげで、新品を定価で買うことが出来た。
あかね

あかねの感想・評価

5.0
怪奇幻想映画。
スペインの有名な映像作家。

1930年。パリのとある弁護士。
死の数ヶ月前に自宅周辺で撮った
家族映画。完成間近に彼は謎の死を遂げた。それから70年最悪な状況で放置
されたいたものを修復した今作。

また原因不明の謎の死ってところが
残されたフィルムに更に
不気味さを与える。


この監督の作品また入手困難って
とこが辛い。。

最高に美しい!!
セリフも少なく冒頭は投げだしたい
気持ちにもなるが
その先に待ってる美しさ。

あろうことに亡くなってこの
大傑作が完成したと思う。

家族映画の登場人物が
亡霊として蘇る。
まるで生きているフィルム。
再現された人々。
佇むメイドなど魅せ方によっては
とんでもないホラー作品だった。

誰もいない屋敷なども
気配は感じる。
あのなんとも言えない空気感。
音楽がまた盛り上げてくれ
屋敷に魂を与えてくれます。

何気ない写真も全て私には恐怖
そのものでした。
最高に美しい作品。

セリフも少なく、物語が特別
あるってわけでもないのに
こんな大傑作あるのだろうか?
sonozy

sonozyの感想・評価

4.0
スペインのホセ・ルイス・ゲリン監督作、もう1本。

1930年、フランス北西部のル・テュイ湖のほとり。弁護士ジェラールが死の数か月前に自邸周辺で撮った家族映画が経年劣化はあるが遺されていた。。という導入。

1928年から1930年にかけて撮られたという、そのジェラールの家族映画の断片(白黒)。
夫婦、4人の子供たち、祖父母、メイド、叔父、犬。邸宅や広大な庭。裕福な生活が見て取れる。

一転、カラーとなり、場面は現在のル・テュイ。邸宅は管理人らしき人はいるものの、住む人はおらず放置されたまま。
室内は、破れた壁紙、風に揺れるレースのカーテン、並ぶ家族写真、肖像画、まだ動いている振り子時計、錆びたフィルム缶、窓から見える川、夜のヘッドライトの光...

随所で冒頭の家族映画の一部やフィルムロールが早送り、リピート..挿入されながら、その家族映画の中の人物が現時点に蘇ったような幻想へ・・

すべては架空の物語ですが、ドキュメンタリー&ミステリー的なテイスト。
台詞はほとんどなく、時空、白黒/カラー、光と影、劣化したフィルム..などが混じり合いながら、美しく想像力を刺激される映像。
弦楽を中心とした音楽。
マジカルな魅力に浸れる作品でした。

タイトル『影の列車(Tren de sombras / Train of Shadows)』についてですが、列車が出てくるのは、家族映画の中で家族が列車に手を振るシーンと、現在のパートで使われくなって草に埋もれた線路の映像なので、≒消えた列車≒(列車と同様に消えた)“家族の亡霊”..的なニュアンスなんでしょうか。。

●Fantasporto: Grand Prize of European Fantasy Film in Gold
●Sant Jordi Awards: Best Film
●Sitges-Catalonian International Film Festival: Grand Prize of European Fantasy Film in Silverほか
miyagi

miyagiの感想・評価

4.5
現代パートのフォトジェニックさ。
羊が神秘的な生き物に思える。
人の命の有限さを目の当たりにする。
過去から現在、時間そのものを描いてるように感じた。光と影と音。
かと思いきや、過去のフィルムをこねこねしだすシーケンスは全体的にホラーがかってる。
意図して写したものと、意図せず写ったもの。
フレーム内に共存する意識と無意識。
また、合成することでそのフレーム内に新たなストーリーを作るという、普段何気なくやってることの意味を、過去のフィルムを用いることで改めて実感させてくるあたりは確実に唸らされる。
とにかくインスタ映えに命かけてる人たち、全員これ見てみ。君らのやってることアホらしなるぞ。
簡単に写真も動画も撮れるし、残せるようになった今だからこそ、その恣意的な切り取り一つ一つが持つ意味を理解しないといけないのだと思う。
ところで、あの子供のネクタイがフワフワするのってなんなん?
光と影の芸術
古びたフィルムの質感が
リアルで本物かと思いました!
館内でのゆっくり動く映像と
穏やかに張り積めた空気が美しい
完全にアートですね😀
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