マルメロの陽光の作品情報・感想・評価

「マルメロの陽光」に投稿された感想・評価

スペインの画家(アントニオ・ロペス・ガルシア)が庭のマルメロの木を描こうとするが、うまくいかない。何度も何度も書き直すうち、季節は移ろってゆく……。
仏教絵画に、死体が朽ちゆくさまを9段階にわけて描く九相図というのがあるけど、それのマルメロver.みたいだった。

真実を描き取ることにおいて完璧な瞬間は像を結ばず、植物もまた生きて老いるものであるという事実がただ残る。そしてそれは画家本人と重なって……。

こんなドキュメンタリーある? 劇映画というにもちょっと変わってるが
淀川長治が「ドキュメンタリーで、しかも詩がある」って表現しているところに納得。最後の「夢」のモノローグが大好き
思ってたよりも断然いい映画だった。
中庭

中庭の感想・評価

4.6
即興的に会話を交わしているようにしか見えない人物の挙動が、フィックスのカメラで一つひとつカットを割って劇映画的な順当な示され方をすることもしばしば起こり、見ていて混乱をきたしかねない幻惑的な話法が繰り返される。
画家の視線とカメラが同化するような演出は避けられている。マルメロの木と向かい合うときのかなり素早い首の横振りの動きをじっと眺めているだけで何分も過ぎる。観客には見えない中心点が、実物のどこかに存在しているという状況も素晴らしい。
もう大変な映画だ。

マルメロを上手に描けない画家の話。

なんというか、良い意味で最高の環境映画のような雰囲気を持っている。
寝てしまっても心地良い映画、という新しいジャンルを確立したと思う。
くみ

くみの感想・評価

4.5

このレビューはネタバレを含みます

映画作家も画家も、ひいては詩人も「どのように世界を切り取るか」という問いかけが巡るけれど

監督であるエリセとこの作品で取り上げられている画家アントニオ・ロペスは世界に対する向き合い方が似ているような気がした。

たわんだ枝と、黄金のマルメロの実に降り注ぐ陽光。ロペスはそれをキャンバスにとらえるために、マルメロの木とそれを取り巻く空間に寄り添う

そうしているうちに時は瞬く間に去り、豊穣な秋は寂寥の冬へ。彼が描き始めた頃のマルメロの木はもうそこにない。実がしぼみ木が枯れてしまえば、ロペスはついに完成させることができなかった。

それは寡作なエリセを思い起こさせる。エリセはロペスが絵画と向き合う様を、時間が溢れ出してしまいそうなくらいの豊かなイメージの連鎖でスクリーンに映し込む。

そのせいか、ドキュメンタリー性が削ぎ落とされて、劇映画的な虚構性がそこに居残る。ドキュメンタリー作品だけど、いわゆる映画的瞬間があったんです

一人の映像作家と一人の画家のポエティックな結び付き。彼らの作品は世界を美しく見せる鏡のよう。空気は澄み、時はゆっくりと流れ、事物は事物そのものを越えて有機的な広がりを見せる。

ーーー

・強靭なミメーシス
・絵画の奥行きの錯覚
・枠
作品を想像力で補完せず、どこまでもリアリティを大切にしていた姿が印象的
これは画家の「失敗」を描くとともに、彼が捉えきれない現実の光に、映画はいかに迫ることができるか、つまり映画の映画。そして、同じく「失敗」を繰り返してきた、エリセの自画像でもある。

マルメロの周りに集う人々は多国籍で、立場もバラバラ。彼らが一本の木を、果実を通してつながっていく。あの腐っていく果実の隣で新しい実が成るとき、映画は世界の真実を確実に捉えた。
A子

A子の感想・評価

3.3
映画観ながら寝ることなんてないのに、ちょっと寝てた。
穏やかで綺麗すぎる映画も問題だな。
文字どおり陽光(ひかり)を求める映画~ビクトル・エリセ「マルメロの陽光」

この作品が公開された1992年。少し思い出してだけでも
日本映画では
「月はどっちに出ている」(崔洋一)「お引越し」(相米慎二)「ソナチネ」(北野武)「ヌードの夜」(石井隆)「ゲンセンカン主人」(石井輝男)等など

外国映画では
「許されざる者」(イーストウッド)「レザボア・ドックス」(タランティーノ)「友だちのうちはどこ?」(キアロスタミ)「戯夢人生」(候賢考)他にも「野生の夜に」や「ザ・シークレットサービス」から「オーソンウェルズのオセロ」まで公開された本当に豊かな一年の中でビクトル・エリセという寡作映画作家の待望の新作が公開されたのです。

文字通り映画の存在そのものが陽光(ひかり)のような逸品でした。ドキュメンタリーであることは聞いてましたからドラマ性が希薄だと思ってたらそれも杞憂。一日にうちでたった二時間くらいしかチャンスのない射し込む陽光を捉える綿密なふるまいは美術所業についてまったく素人の私にも充分サスペンシフルでした。

映画の中でアントニオが絵を完成させることは出来ませんでしたが奥様が描かれた横たわる喪服姿の彼は今にも起きだしてきそうでしたね。

この映画でアントニオが絵を完成できなかったように我々がビクトル・エリセの最新作を望むのも淡い夢なんでしょうか?
sunflower

sunflowerの感想・評価

5.0
唯一無二。
そして、人間賛歌。

そんな言葉がふっと浮かびました。

個人的には「ニーチェの馬」に出会った時くらいの衝撃で、片時も目が離せず、あんなに静かにゆったりと時間が流れていくにもかかわらず、物凄いものに出会えたことを確信してドキドキワクワクしてしまうような、そんな140分間でした。

アントニオ・ロペス・ガルシアを見ていると、自然とある日本人画家が浮かんできました。
彼らに共通するのは、絵だけに限らずあらゆる物や人に対して、常に愚直で真摯な姿、そして生き方。

おそらく本人達は、愚直だとか真摯だとかそんなつもりは毛頭なくて、そうあることが当然過ぎて、その点について省みることすらないのでしょうけども、その姿がその生き様が、とても愛おしくて切なくて、まぶしくて、そして神々しくすらあって。

なんだかよく分からない涙がこぼれていました。


こんな風に生きられたら

こんな風に、生きて行けたなら
メモ帳

メモ帳の感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

端正な構図の数々にうっとり。どのシーンにも映画的時間が流れていることが凄い。これは決して当然のことではなく、長回しで撮影したからといって、こうは時間は流れるものではない。いかにエリセがどこまでも映画の人であるということか。意表を突く終盤の飛躍には、もう、、!
>|