雨の日は会えない、晴れた日は君を想うのネタバレレビュー・内容・結末

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」に投稿されたネタバレ・内容・結末

妻を亡くした男の話。

男のなかにある妻の記憶の描写が完璧すぎる。
メリーゴーランドで手を心臓のところにもってきた事とか、足の裏を揉んで近づいてきた所とか、嬉しそうに新しいマットをみせる姿とか、空港でおかしな歓迎をしてくれた事とか、凄く嬉しかった訳でもないなんでもなかったような事ばかりが、浮かんでは消えていく。そんな記憶はしばしば顔がぼやけてたり、背景も思い出せなかったりする。ただ、生活をすればするほど、その断片はどこにでも散りばめられているのに、匂いくらいあやふやで、すぐに消えてしまうような姿をしている。

"妻を愛していたのかは、分からない。結婚したのは、楽だったから。"

"愛してはいました。ただ、おろそかにしていた。"
身辺整理と言う名の破壊。

彼が"楽"とそう感じたように彼女もそうであったに違いない。
誰かの死を経験すると好奇心が芽生える。奥さんの死に何も感じない自分がおかしいのだと考えたくないだけなのでは?周りに無関心なせいで自分のことはよくわかるでしょうよ。
最初の方、彼は彼女との思い出をバラして、そこに上塗りしようとしているように見えた。
それが上手く行かず、最終的には破壊し尽くそうとする。彼女と暮らした家、彼女の家族、ひょっとしたら仕事も。関心のむく先を減らして減らして自省した先に得た結果がラスト。

邦題が何を指すのかはよくわからない。誰かを思うことはずっと出来るって事なのかな?雨の日も晴れの日もこの文言だと会ってないし。

ラストの駆けっこの合図と新たなスタートの演出がクソ良かったです。

高橋広樹最高だわ。今度があるなら字幕で見ます。
エリート金融マンのデイヴィス(ジェイク・ギレンホール)は、妻のジュリア(ヘザー・リンド)の運転する車で通勤中に事故にあう。デイヴィスは無傷で助かるが、ジュリアは帰らぬ人に。しかし、ジュリアの死に対してなんの感情も湧かないデイヴィス。
病院の待合いスペース、小腹を満たそうとお菓子の自販機に小銭を入れるが、機械の不具合で商品は出てこなかった。受付の人に声をかけるも取り合ってもらえず、メーカーの連絡先をケータイで撮影し病院をあとにする。ジュリアの葬儀中、どうにも居場所が定まらないデイヴィスは、その場を抜け出し、自販機メーカーへ苦情の手紙を書くことに。商品が出てこなかった苦情に加え、どうせ返信は無いだろうと思い、ジュリアを失った事や何気ないプライベートな内容も書き記し手紙を送る。手紙を受け取りデイヴィスに興味をもったチャンピオン社顧客対応係のカレン(ナオミ・ワッツ)は、デイヴィスに直接連絡をし、やがて親しい仲になっていく。
というお話。

なんでこの映画を観ようと思ったか。
ジェイク・ギレンホールが出てるから。これに尽きる。
かつ予告編で部屋を破壊しまくるジェイク・ギレンホールの姿が映ってて、ナイトクローラーのような狂人キャラ物かと思ったから。
でも内容は全然違うのね。
平坦に流れる時間の中で、デイヴィスの感情を描写した、単館映画風の味わい深い内容でした。


「デイヴィスはジュリアを愛していたか?」ってとこから物語は始まる。
このデイヴィスって男は、不器用というかなんというか、
自分で自分の感情がわからないみたいな男で、物語の終盤までそんな自分と葛藤してたと思う。
ジュリアが亡くなったのに、涙も出ない自分てどっかおかしいのかな?
そんな自分は一旦壊してリセットしてしまおう。
って事でそこらじゅうのものを分解・破壊。ジュリアと生活した我が家も破壊。
マイマイガのくだりも最初は全然分かんなかったけど、よくよく考えると心の苦悩が表れてるシーンだと思う。
なんかこの辺がおかしいんで診てくださいと、なんとなく身体全体を指さして医師に相談するデイヴィス。
するとマイマイガの仕業で心臓が欠けてますよと医師からの告白。
もちろんこのシーンは妄想(病院は行ったけど、診断結果が妄想てことね)だろうけど、ジュリアが亡くなってもなんの感情も湧かない、
それは心臓(ハート)に疾患があったからなんだって結びつけようとしたのかなと。
つまり無関心である理由をどうにかして探してたんじゃないかね。
無関心な自分に対して苦悩してたんだろうなと。


そんで映画の終盤、衝撃の事実が発覚。
なんとジュリアは浮気してました。
家を壊しまくってる最中、ジュリアのドレッサー?の引き出しの中から赤ちゃんのエコー写真みたいなのを見つけてしまう。
もちろんデイヴィスはジュリアの妊娠など知らず、義両親の元に確認しにいく。
そこで「別の男の子供を妊娠し、中絶した」という事実を、義母から告げられる。
そして翌日だかなんだか、ジュリアのお墓に行った帰りの車中、サンバイザーの裏にジュリアのメモを見つける。
「雨の日は会えない。晴れの日は思い出す。」
つまり「雨だったら(サンバイザーは閉じてるから)見ないでしょうけど、晴れたらこのメモを見て思い出してね。」
デイヴィスは、感情をさらけ出し涙を流します。
この時はじめてジュリアの事を見る事が出来たんでしょうな。
ちゃんと向き合ってなかった事に対しての後悔、
身も心も美しいジュリアに浮気をさせてしまった自分の情けなさ、
色々思いを巡らせたんだろうか。
なんて馬鹿な男だよデイヴィス。。。
こんな愛くるしいジュリア居ないぞホント。



この映画ね、1回観ただけではよく分からんでした!
セリフで状況を語るとこも少ないし、たまに叙情的な回想シーンがあったかと思ったら、別にそれについて何か思いを巡らせるとかでもないし。ほんとよく分かんなかった。
ジュリアのメモ見つけて泣いてる時も、正直最初よく分かんなかったもの。
だけどもう1回観てちゃんと理解したいと思える内容だったので、間をあけずにすぐに2度目の鑑賞。
そんでようやくデイヴィスに寄り添って観る事ができました。

上にも書いたけど、デイヴィスはまぁ簡単に言うと物事に無関心な男なわけだよ。
だから当然「愛」なんてもんわかるはずもなく。
最後「愛してた」ってデイヴィスのセリフあったけど、個人的にはこのセリフしっくり来てなくて。
いや本人が言ってんだから別にいーじゃんって話なんだけど、
でも「愛してた」だと、過去のジュリアも含まれるでしょ?でも過去はホントに愛してなかったと思う。だって無関心だったんだから。
でもその後起こる様々な体験をもってジュリアの存在を認識して、ここから初めて愛し始めたんだと思う。もう居ないけど。
まぁそもそも愛って明確に語れるもんじゃないからね。
思いやりとか優しさとか、そういうプラスの面もあれば、それに反して嫉妬だとか、疎ましさみたいな感情も引き寄せるじゃない?
そうやって絡み合った複雑な想いの複合体が『愛』なんだと思うんだよね。
だからこんな無関心男が愛だのなんだの分かるはずもなく。(別におれが愛を理解してるという事じゃないけども。)

人間の感情の機微を、本人すら理解できない説明できない部分を、ものすごく繊細に描いたすごく良い映画でした。
そんな繊細な役を演じたジェイク・ギレンホールはやっぱりいい俳優だと思った。
他の俳優陣もすごく良かった。
すごく良い映画でした。ホントに。美しい映画ですよこれ。
2回以上観る事をおすすめします。
本人は悲しみを感じないと言うけれど、フラッシュバックする妻の姿はどれも何てことない日常で、悲しみを受け入れないよう必死に逃げているみたいで痛々しかった。
好奇心に素直になって目の前のものを分解して、土台にある大きな悲しみには蓋をしてるみたい。だんだんと蓋が開いてきて、最後に車の中で泣くシーン、私も涙がぽろぽろ。
最初から最後までちゃんと愛を感じました。
邦題の使い方がすごく好きです。
妻との思い出を回顧することで、過去を再構成し新たな自己規定を生み出す主人公。しかしそこには何にも虚構はなかったのかもしれない。思い出の中の妻は、自分の腕の中でくつろぎ情熱的なキスをし海辺で笑っていた。
最近授業で聞きかじったニヒリズム論に勝手に当てはめて考えてしまった。主人公は失ってしまった妻に超越的価値を見出し、反動的ニヒリズムの状態からこの物語ははじまっているのかなとか。
雰囲気は凄くいいのに、死んだ妻が浮気してたのが許せなかったな。
主人公の行動は理解しにくいけど、心の修復には必要なことだったんでしょう。それほど心が壊れてしまったと考えると切なくなる。
終盤に妻への愛を認識したとき、それまでの行動とか過程は理解出来なかったんだけど不思議と納得ができたし、心が安らいだ。
わかりにくい映画だとは思うけど、自分は好きでした。
私はこんな映画がつくりたかったと思うし、多分作るのだと思う。
愛に気がつくの遅すぎたね・・・。何も感じないようにして、すべてぶっ壊して。でも、小さなメモで、かわいい文字でちゃんと思い出せた。自分のことだけを愛していたと思い込んでいた妻が、実は別の人の子を妊娠してた。それはでも、妻も完璧ではなかったって、裏切られたというだけではない、複雑な気持ち。ちょっと安心もした?感情の変化が繊細に描かれていて、それを演じているジェイク・ギレンホールもさすがだなぁと。エンディングの曲が好きです。
主演がジェイクギレンホールのせいでサイコパス映画かと思いっぱなしだった

海のメリーゴーランドっていいな
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