雨の日は会えない、晴れた日は君を想うのネタバレレビュー・内容・結末

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う2015年製作の映画)

Demolition

上映日:2017年02月18日

製作国:

上映時間:101分

3.8

あらすじ

妻が死んで気がついた。彼女のことは、よく知らない。僕はあまりにも君に無関心だった―。 自らの感情とうまく向き合えない哀しみと虚しさを抱え、身の回りのあらゆるもの―妻のドレッサー、パソコン、冷蔵庫、そして自らの自宅までを壊し始めたディヴィス。 すべてをぶち壊してゼロにする―。 “破壊”を経て辿り着いた、人生で本当に大切なものとは―?喪失と哀しみ、そして再生への旅路を描いた物語。

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」に投稿されたネタバレ・内容・結末

邦題のセンスが凄く良い
このタイトルに惹きつけられて観ました。

何かを解体する事で快感を得る人物は、大体サイコなのに、この主人公は寧ろ人間的で良い人間像にすら描かれてる。

邦題以外特に好きなところがなかった。
でも愛情も再発見できて良かった。
ジェイク・ギレンホールが好きになって映画館でみたくて。色んなものを分解していく映画。自分への関心を欲する妻の、でもドロドロはしていない優しい想いがタイトルがタイトルに込められている。
眠気バッチリで後半まで見たのですがあまりピンと来なかったので見直しました(笑)ジェイク・ギレンホールの細かい心情の変化がすごいなぁーと思った今作!目をこすりながらじゃ分からなかった(笑)これはしっかり見ないといけないストーリーでした。自己破壊からの自己再生ドラマ。数ある自分探しの一つかぁーと思いながら見てました。一歩間違えたら、、、ギリギリのラインなのかな。でもこういう衝動もわかる自分もいたり。。。向き合い方を探すのが頭じゃ分からないと思うのですよ。

エンドロールでいつも脳内リプレイするんですけど、今回は脳内リプレイ長め(笑)終わってしばらくしてから、余韻が始まりましたー!実はコレかなりすごい映画なんじゃないかって。

自己再生。徐々に周りが見えてきて、本当に何を思っていたのか気づいてきて、それでも戻らないものもあるから、それはそれで切ないですね。

あ、銃撃たせたのはクレイジーだと思う(笑)最高なのかーーーーー!!
ジェイク・ギレンホールが好きなのと、デストロイアンドリビルド的コンセプトに惹かれて視聴した。
妻を喪っても泣くことができなかったデイヴィスは、それ以後、生活の中のあらゆるものが象徴的にみえるようになる。そしてそれが何を意味するものなのか理解するため、破壊(分解)しはじめる。
妻と暮らした家や思い出といえるものを悉く破壊する行為は、そのまま妻への想いを再認識(再構築)するためのものなのだろう。
はじめ邦題を目にしたときは、いかにも喪失感を想起させるようで好きになれなかったが、鑑賞後は原題よりも好き。メインビジュアルも作品にあっていると思う。                                                                                   


目の前の近しい人は、ただ目の前にいる近しい人というだけだ。
実はずーーーーっと遠くにいる人として存在する。

妻は多分そのことを実感している。
(女の方が気づくのが早いのだ。)
でも、夫は失ってからしか気づけない。
実は何にもわかっていなかったということに。


心の中でなら、好きな人とはずっと仲良くしていられる。
心の中でなら、愛している人と、
確かに深い愛で繋がっているのだと信じていられる。

しかし、実際顔を合わせたら、
わかりあえていないことを思い知らされる。
対話にならない。
近しい人は、遠くにいるのだということを思い知らされる。
距離は遠のくばかりだ。

それをくり返すうち、
相手に期待しなくなり、相手に期待されたいとも思わなくなる。

でも、ふとひとりになった時、
心の中でやっぱり思うのだ。
ずっと仲良くしていられると。

そう、私(たち)は、懲りないのだ。



ぶっ壊す映画は大好きだ。
という自分を、今日初めて認識した。


あの、妻のメモ書き(邦題)の解釈は、きっと色々あるのだろう。
直感で書いてるので、きっとまた私の考えは思い込みに過ぎないのだろう。
でも、誤った解釈でもかまわない。
私の考えは、こうだ。
“ 目の前にいなければ、愛している。
確かに、こんなにも、愛している。”

愛は、心の中では確かに強く、ある。
でも、抱きしめようとするとつかめない。
そういうことじゃないかと、私にはそう感じられました。
妻はこのメモ書きを、きっとひとりでいる時に書いている。
すれ違ってばかりいるけど、でも…

だからこそ、だからこそ、目の前にいる時に、目の前の人たちを大切にできる私でありたいと思いました。そうできる私でありたい。失ってから気づくのでなく。


ジェイクの、「僕たちには、愛はあった。でも、おろそかにしてきたのだ。」に泣く。



この映画の大事な部分のほとんどは、手紙を通して語られる。
手紙でなければ電話で。
ジェイクが出す数々の手紙。
さいごに、あの子からのジェイクへの手紙。
ジェイクが車のなかで見つけるメモ書き。
直接、面と向かって大切な思いを語る場面は、最後の方で、ジェイクが義父に語る言葉くらいで。
面と向かって大事なコトって、そうそう語れないよな、とアタシは思うんだ。
(あと、ジェイクがあの子に直接語る、ファックの話は最高!)(あの子=クリスが、相談するところも!)


今まで知らずにいた、妻の、いわば負の部分を知って初めて、ジェイクが心を開いていくようなところ、それをかすかに感じさせる描写も素晴らしい。それを知ってようやく、妻への愛を確かなものとしてつかみ、自分を責めることをやめ、自分を赦そうとするのだと思う。



翌日、2度目の鑑賞。凄く、好き。
私は邦題の方が好きです。

後半に出てくる 奥さんが残したメモ
"If it’s rainy, You won’t see me,
If it’s sunny, You’ll Think of me. " で
あぁ、ズルイなぁ… と、、涙。

人生は素晴らしい訳ではない
人生は悲しくて美しいものだ by監督
最後の方、なぜデイヴィスが泣いたかずっと考えてたんだけど、壊れてしまったものや人間関係を全てを分解して直してみせたデイヴィスが、死んでしまった妻との関係は直せないことに気付いたからなのかな?

作品中に大量のメタファーが配置されていて、それを拾いながらデイヴィスの心境を想像することができる。デイヴィスのキャラクターも、誰に対しても平等で、可愛げがあってとても好き
解体して「組み立て直す」と思いきや壊して壊してぶち壊しまくるからびっくり。言葉の意味をちゃんと拾いながら観ると深いね。クリスとの交流よき。ちゃんと好きだったって気づくまでが長いよ〜
ジェイクギレンホールはいつも何かに固執してる感

「その時から目に映る全てがメタファーになった」

根こそぎ倒された木?大木を倒す嵐?自らの人生のメタファーを探る人が美しい
『後ろ歩きのショット』が象徴するようにアート映画の要素もある。得てしてアート映画はそのストーリーは単純なものだけど、これはストーリーも挑戦的で、社会的とも言える。総じて分かりにくい節はある。
邦題だが、例のセリフの主語と目的語を逆転させて、主人公を主体にしたもの。スタッフの独自解釈が濃く、原題の『ザ・破壊(the demolition)』とまるで逆なのは、かなり攻めてると思う。ただ、この映画は感動物語ではない。いわゆる泣ける話ではない。たぶん。邦題はその辺ミスった感。
普段ドラマとか見まくる人々は、妻が死んでも悲しめない主人公のことをサイコパスとか普通いないとか言うかも知れないけど、現実のところ、ドラマみたいにラブラブの夫婦なんてそういなくて、仕事を一番に、でも時々ささやかに微笑みあうような、主人公夫婦の関係はすごくリアルだし、むしろ世間では幸せなほうじゃないかと思う。自分達は本当に愛し合っていたのだろうか?っていう疑問がこの映画のテーマの一つだったし、ラストで描かれたのは『妻が主人公を愛していたこと』であると同時に『主人公が、妻を愛していたと気付くこと』でもある。だから邦題はそこの無意味なネタバレにもなってて本当よくない。何か邦題の悪口ばっかり言ってるけど。
映画の中では失った妻との物語のほかに、義父との物語、ナオミワッツ、その息子、それぞれの人物と独自の物語が築かれていく。それが一種のリアリティでもあるし、どの物語も見ごたえがある。見終わったあとに残るのは爽快感。ともかく、タイトルは『破壊』だと思って一度見てみて欲しい。
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