普通の人々の作品情報・感想・評価

「普通の人々」に投稿された感想・評価

ヨシ

ヨシの感想・評価

3.6
けっこうずっしり重い感じの映画でした。

ごく普通の幸せそうに見える家族だけど、長男の死からはだんだんと壊れていく。

母親がなかなかにきついキャラクター。
普通であることにすごいこだわりがあるように感じた。

コンラッド役の俳優さんの演技はただただすごかったです。
yakko

yakkoの感想・評価

4.0
長男をボートの事故で失った家族。その責任を感じ自殺未遂を起こす次男コンラッド。
コンラッドは精神病院から退院し家に戻り両親と表面的には普通の生活を送るのだが、幸福だと思っていた家族の生活は少しずつ歯車が狂い始め…。

とても静かな作品だけど、それぞれの抑圧された感情が見え隠れする。

悲劇が起きた時、悲しみへの対処の仕方は人それぞれでどれが正解とかないと思う。
正直この両親のコンラッドに対する接し方は親としてどうよ?と思ってしまうが、大人だからって完璧にふるまえるわけではないし、子供を失う経験をしたら厳しいことを言うのも酷な気がする。

特に事故現場に一緒にいたコンラッドの苦悩は相当なもので、ティモーシー・ハットンの演技なんだけど、全く演技に見えない演技は若者の苦悩を等身大に表現していて素晴らしかった。

父も母もコンラッドも水面下でもがき苦しむ。見ていて辛い。

これって観るときの精神状態で評価が変わるかもしれない。
私はかなり落ちている時の鑑賞だったので、結構響きました。
最後の父と息子のシーンは目頭が熱くなりました。

1度は観ておきたい作品だったので鑑賞できて良かったです。
洋画やドラマを観ていていつも思うのだけど、日本もセラピーってもっと一般的になればいいのにな。
tjZero

tjZeroの感想・評価

3.9
一見平穏な、上に近い、中流の家庭。

長男をヨット事故で亡くしてから、崩れ出していく。

自殺未遂をし、セラピーに通う次男。
そんな息子に愛情を注げない母。
どちらにも本音をぶつけられない父。

1980年製作のアメリカ映画。

ほぼ同時期(’83)の邦画『家族ゲーム』と比べながら観ていた。

どちらも、平和なはずの家庭内が崩壊している様子を描いてる。

森田芳光監督作の方は、ブラックな笑いをまぶし、オフビートでラジカルな味わい。

こちらロバート・レッドフォード作は、技巧を排し、俳優たちの真摯な芝居をじっくりと見つめる正統的な作り。

『家族ゲーム』では、長いテーブルに横一直線に並んでの食事シーンが話題になったけど、こちらの食卓の場面も印象的。
机の三方を父、母、次男が囲み、観客側の一辺だけがポッカリ空いている。
いかに亡き長男の存在がこの家族にとって大きかったか、画のチカラだけでクッキリと表現されている。

両作が登場した’80年代といえば、バブルの手前で、ポップでカラフルで、何もかもがキラキラしていた印象があるけれど、家庭の中では洋の東西を問わず、いろんな軋みが生じ始めてたのかな~、って感じさせられた。
only 点数評価は難しい。

途中、何度も寝落ちを繰り返し、複数日に渡り鑑賞。
悔恨に揺れる日々の描写は、時に見ていて苦しさを覚えた。
satchan

satchanの感想・評価

5.0
ロバート・レッドフォード監督作品。アカデミー賞4部門受賞作品とあって、感動的で考えさせられる良い映画でした。私は、ドナルド・サザーランドのことをキーファー・サザーランドのお父さんとして知り、『ミニ・ミニ大作戦』で初めて見ました。この作品は、ドナルド・サザーランドが45歳頃の作品で、ちょうど息子のキーファー・サザーランドが『24』でブレイクしている頃の年齢と重なり、表情や仕草が似ているなぁーと思いました。

嵐の日にボートが転覆して、長男バックを失った家族。弟のコンラッドは、兄を失ったことが原因で自殺未遂をはかり、カウンセリングを受けています。コンラッドを演じているティモシー・ハットンはこの作品で20歳の時に助演男優賞を受賞していますが、精神的に落ち着きのない様子や両親・教師との関わり方、カウンセリングの先生との対話など、素晴らしい演技でした。

長男を失ったショックから、コンラッドに愛情を注げない母親、なんとか家族の絆を取り戻そうとする父親(ドナルド・サザーランド)。家族一人を失ったことで、歯車が狂い始め、すれ違いが生じ、家族が崩壊していく様子が、それぞれの友人との対話などから丁寧に描かれています。ロバート・レッドフォードが出演していたら良かったのにとも思いますが、そうすると、また違う感じに仕上がってしまったのかもしれないですね。
ろ

ろの感想・評価

4.7

「今 生きていることを感じ取れ」


今日、12月5日でうつ病と診断されてから丸2年が経ちました。
とはいえ、初めの1年は全く療養していなかった。

部活も学校もやめたくない、やめられない。しんどくても続けることが当たり前だと思っていた。
部活は雑務に追われる時間が多すぎて、校内の印刷業者や上部団体とのやり取りがいちいちストレスに。
授業では課題やテストを完璧にこなさなければ、と勝手にプレッシャーをかけ、自分の首を絞めていた。

春休みが明け、もう辛くてどうしようもなくて、全部やめようと決めた4月。ゆっくり自宅療養するまでに、随分と時間が掛かってしまった。


毎年12月になると清水寺で今年の漢字が発表される。
私の今年の漢字は「伸」。
この1年で出来ることがうんと増えた。
自分の気持ちを素直に打ち明けること。
ちゃんと泣くこと。
でもまだまだ「伸びしろ」がある。


この映画の主人公は、うつ病とPTSDに苦しむ高校生コンラッド。彼は母親との心の距離に悩み、父親とも上手く話せない。

コンラッドは愛する兄を目の前で失った。
毎晩悪夢にうなされ、ふとした瞬間に昔の幸せだった記憶が思い出されて辛くなる。

息子を心配する父は「新しい精神科の先生はどうだ?」と聴く。
コンラッドは「お金が高くつくからやめてもいいよ」と返す。

母親と口論になって、自分は悪くないと分かっているのに「さっきのは本心じゃないよ、ごめんなさい」。

心配かけたくないから。
傷つけたくないから。
どうせ分かってもらえないから。

コンラッドが口にするほとんどは、私自身の言葉。
わたしと母と父の姿が今作と重なって見えて、とても苦しかった。


「許すべきものは他にいる。自分を責めるのはよせ」
「やめたいよ、でも難しいんだ」


コンラッドの主治医を訪ねるお父さん。
息子に抱きしめられて震え泣くお母さん。
”家族”としての傷が癒えていないということ、そして互いに歩み寄り始めた一歩が見えるラストシーン。
真っ白な雪が積もった早朝、親子は強く抱き合った。




ときどき、猛烈に両親を責めたい気持ちが湧き上がる。
そんなときは太宰治の「桜桃」を読みながら泣く。

「子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ」
ゆき

ゆきの感想・評価

4.8
心理描写素晴らしい。こういう系好き。よい作品だった。
タイトルからは想像出来ない、内容の重い話。心の奥にゆっくり入り込み、染み込むかんじ。

どこにでもありそうな家庭の場面から始まる。
息子は思春期だけではない何かがあり…母親のストレート過ぎる物言い…父親の浮かない顔…。

人間だれもが、そう…うんと抱きしめてもらいたかったり、想いを共有してもらいたかったりするのだと思う。
そのためには、自分の想いを出さないと前に進めないのかも。
家族間の複雑な心の葛藤を描いた作品

主役(主演ではない)演じるティモシー・ハットンの不安定な演技は、のちの若手俳優たちに絶大な影響をもたらしたと思う

家族をテーマにした映画では、これが歴代ベストではないでしょうか?



アカデミー助演男優賞を受賞したティモシーに、受賞式典でオスカー像を渡したのは母親役の女優さん
劇中では不仲だった二人ですが、壇上の上でやっと、ティモシーは彼女からハグとキスをしてもらいます
1981年11月1日、テアトル池袋2で鑑賞。(2本立て)

ロバート・レッドフォードの初監督作品、しかも傑作と話題だったので、映画館に観に行った。
しかし、実に重い映画だった。
「ある家庭が壊れていく有り様」が淡々と描かれていた。
てぃだ

てぃだの感想・評価

3.2
 4度ほど流れるカノンが印象的なんだが、この曲って歌もあったのね?(この映画だけ?)知らなかったわ。息子より母ちゃんの方が見ごたえあったかな。セラピストを担ぎ出してくるのは流石にちょっとあざとい気が・・したけどこの年のオスカーは『レイジングブル』が獲るべきだったとかいうアンチこの映画な方々のようには思えなかったしまぁ取るべくしてとった作品なんじゃないかしら。ただ『アメリカン・ビューティ』やグザヴィエ・ドランの『マイ・マザー』を先に見てしまったためかどうも毒が薄く感じるのであるというのが正直なところ
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