わかってもらえないの作品情報・感想・評価

「わかってもらえない」に投稿された感想・評価

soyona

soyonaの感想・評価

4.5
内容は切なくて悲しいけど、映像はとってもお洒落で可愛い。シャルロットゲンズブールと主人公の子役の可愛さが抜群。

このレビューはネタバレを含みます

アーシア・アルジェントのセンス爆発!
もう一発でファンになりました。

この、子供が 自分は愛されてない…と感じる気持ち。
『大人は判ってくれない』越えてるかも(可哀想さは)。

とにかく、親が憎たらしいんだけど、シャルロット、演じてて良心痛んだでしょう?
ってくらい、憎たらしいの。
勝手だよーーー!!!

主役の女の子がまじカワイイし、演技派だし、最大注目株だね。

音楽とビジュアルが超◎!

わかってもらえなくて上等!!

29 oct.2014 @TOHOシネマズ六本木ヒルズ 〈6/10〉
チィ

チィの感想・評価

3.5

このレビューはネタバレを含みます

この結末は結局自殺未遂をしても元の生活に戻るという負の連鎖を引き起こしていることを現したかったのか…そうすると彼女の選択は死しかあらず『チョコレートドーナツ』的な終わり方になるのかな…とも思ったけど、私はおばあちゃんに助けてもらいたい。そう思う。
東京国際映画祭で鑑賞。
華やかでかなりポップな映像。女性が撮る画の感性はやはり独特なものがあって、ただ、この作品ではその少し過剰なまでのポップさが主人公の生い立ちにはかかせないアイテムで、両親の、特に母親の感性による影響で少女は少しずつ自分の才能に目を向けはじめる。親のように秀でたものがほしくて、それは親に私はここにいるんだと気づいてほしくて、もしくは愛してほしくて表面下でもがく。きになるあの子にも同じように、しかし、成長につれて徐々に大胆に行動するようになり、アプローチをかけるが、若い芽を結局はつまれてしまう。才能だって、大切にしてくれる人だって、周りをちょっと見渡せばいるはずなのに、でも、結局彼女は自分の視野の中で疎外感が募るばかり。だれもわかってくれないってタイトルは両親やふりむいてくれない誰かに、そして、わかってないのはあなたよと語りかけているようなニュアンスがこめられている気がしました。
JunIwaoka

JunIwaokaの感想・評価

4.5
2014.10.31 @ 27th TIFF
(英題:Misunderstood)

向日葵にとって太陽のように、子供にとって親の愛情は必要不可欠な栄養素であって、十分に受けるとまっすぐな人に育つと聞いたことがある。だから子供が愛情を求めることは当たり前のはずなのに、自分本位な両親に振り回され、理解されずに否定されると、永遠に埋めることのできない孤独を心に抱えてしまう。そんなことを知るよしもない9歳のアリアは、明るい色彩を夢見て、ただ実直に、ただ健気に心の拠り所を求める。期待することはときに辛いことで、ホームパーティのシーンは見るに堪えない。それでも、どんなに辛いことがあっても、同情してもらいたい訳じゃないといい、無垢な瞳で見つめるアリアを、手が届くことはできないにしても抱きしめてあげたかったな。

フランソワ・トリュフォーの"大人は判ってくれない"は未見なのでどのくらいこの映画が意識しているかわからないけど、両親に振り回される悲劇を子供目線で描くところは"メイジーの知ったこと"に似ている。しかしアリアの直向きな姿に哀れむことはできずに、まるで自分のことを元気づけるように負けるなよって励ましていた。観終わったあとは心ぽっかり。帰り道、思い出して泣いてしまった。
yuria

yuriaの感想・評価

4.8
ありがとう アーシア・アルジェント 過激に光る小さなアリアよ

このレビューはネタバレを含みます

私はこれを親子もの、とは呼ばない。
出てくる父、母のことも両親とは呼ばない。

主人公アリアの相手は両親というくくられたものではなく、父と母。父単体、母単体だ。
その間で浮遊するアリアは間違いなく孤独で、寂しい存在で、そして自由だ。
何にも縛られることのないアリアは、観ている私達にとって羨ましいほど自由であるが、哀しくさせるほど寂しくもある。
また自由を上手く使うときもあれば、父や母のもとへ帰る度にその自由を自ら縛りつけることもある。
何気ない生き方。どうしようも抜け出せない。それがアリアの今の生き方。何をしてもわかってはもらえない。いつもアリアの愛のベクトルは誰とも交わらない。


劇場をでるとき観客の誰かが言ってた感想のなかにカトリックという単語があった。
私の薄い知識のなかからそれを当てはめてみると、アリアの親友イストは厳密なカトリックだ。しかしアリアとはほとんど同性愛に近い関係になっている。
2人でした人形を使ってのセックス遊び。イストもアリアも年齢的な幼さのせいで実技はしないが、セックス遊びも同性愛に近くなる関係も、縛られたなかでの自由を発見したひとつひとつであると思う。

もうひとつ、観客の感想のなかに「カトリックは厳しくて、セックスもしない。けれどそんなの守ってるひとはほとんどいないんだけど」
教えを純粋に受け入れ、そのなかで自由を発見したイスト。その彼女も将来は教えを守らない人になるのだろうか。そんな風に、生きるなかで私達は純粋に信じて受け入れてた何かをどこか置き去りにして生きていくのか。
劇中のアリアも将来はどうなるかはわからない。あんなにひとつひとつに純粋で輝いていたアリア。しかしどこか欠けている。聖母の名前からMを欠かせた名前のアリア。どこか欠けて生きている。それは皆がそうなのかもしれない。父も母も姉もイストも皆々、何か欠けながらも必死に求めて生きて、疲れちゃってる。それだけなのだ。

本作を観て、ただひとつ。
純粋な彼女の姿に、彼女の人生にも、私自身と周りの人達に対しても、「優しくなれた」感覚を得た。