氷の花火 山口小夜子のネタバレレビュー・内容・結末

氷の花火 山口小夜子2015年製作の映画)

上映日:2015年10月31日

製作国:

上映時間:97分

4.0

あらすじ

「氷の花火 山口小夜子」に投稿されたネタバレ・内容・結末

資生堂時代を知らない私にとって小夜子さん自体が新鮮。
アジアンビューティーだとかパリコレモデルなんて言葉じゃ形容できない人だった。まさに表現者。モデルという仕事に拘ってなかった。メジャーだろうがアンダーグラウンドだろうが自分の審美眼で路を決めて、そこからよそ見もせずに進んでた。
小夜子さんとセルジュルタンスの関係性も羨ましくてたまらない。美を追求していたら言葉も要らず、時間も忘れる。だからこそ「美を追求するのは苦しいこと」という小夜子さんの言葉が重くて滲みる。
小夜子さんが作った都立高校の制服も欲しくてたまらない。オークションに出てるなら競り落としたいくらい。細部までディティールに凝ったブレザーに、カラーがパターンになってるプリーツスカート。欲しい。辛い。その高校で小夜子さんが講演したときのスタイリングも本当に素敵だった。講演を聴いてる高校生も私と同じように小夜子さんのことを知らないんだと思うともどかしかった。
イッセイミヤケのコレクションでプリーツが入った衣装を着てたランウェイとパリコレのラストコレクションになってしまったKENZOのランウェイが流れたときは鳥肌が立って涙が出てた。小夜子さんと衣装があまりに美しくて。コレクションを静止画で見ることが多いからかもしれないけど、衣装とモデルの美しさがあそこまで共存できることに震えた。あの細いステージで表現できることの幅があんなにも広いことに震えた。
こんなにも素敵な人がいたことに気づいたのが亡くなった7年後なんてやるせない。勅使河原三郎のワークショップ行かなかったことも後悔したし、周りからの視線だとか突発的な躊躇で諦めたこと全部後悔した。やりたいことも一気に増えた。もっと正直になりたいと思った。
セルジュルタンスが言った、
物語に入るための儀式。
という、言葉

何をするにも、普段の生活、一瞬一瞬の自分が大切な気がして、(素敵に生きるための儀式)
何かを表現するということは、例えば絵なら、絵を描くだけではできないし、歌を歌うなら、歌うだけではだめなのだと思った。絵を描く自分、歌を歌う自分、がいなくては。
好きだから描く。歌いたいから歌う。そうではなくもっと目に見えない大きな存在、運命とか神様とか空とか海とか土とかに身を投げているような、神聖さが表現者にはあるのかなあ

山口小夜子さんの微笑みが可愛い!唇が三日月になる

小夜子さんを現代に呼び戻す企画はものすごく滑稽だった
綺麗だけど、

もうこの世界には山口小夜子はいない

切れ長のアイラインを引いて、黒髪のおかっぱで、赤い紅を差し透き通った肌を持っていたとして、その子はその子

山口小夜子さんは死んだんじゃなく、新たな世界を歩いているように思えてしまう


あともいっこ、感想

彼女の素敵という思いに、世界がついてきてるようで、山口小夜子さんは人という枠を超えて生きていたんだなあと、けれどいつまでも1人の女性で1人の少女だったのだなあと、
見終わった後、吸い込む空気が全く違うようで、心が穏やかにキラキラした。
服を作ることをしている私にとって、都現美での展示もしかり、この映画もとても勉強になった。
そして、監督の松本さんのお話もあってより山口小夜子さんという人を知ることができた。
1人の女性が周りに与えた影響は、その時だけではなく、彼女が亡くなった後のわたしを含めた今現代の人たちにまで続いて。それは彼女が天才だったからだけではなく、苦しい努力によっても作られていたのだなぁと思った。
"美しいことは苦しいこと。"
容姿だけのことではなく、生き様であったり人となりを美しいものにしていくには苦しむということか。なるほど。
わたしの大学の某教授に言われたことと少し似ている。
今のわたしは楽を選んでいるのかもしれない。もっともがき苦しもう。
愛に満ちたドキュメンタリーだった。
清く美しく生きていきたいという小夜子さんの考え方そのものが彼女の魅力に直結していたのだなあと感じた。

見に行った時は年配のお客さんが多かったけど、私と同じくらいの世代の人こそ見た方が良いんじゃないか?と思った。
国境も世代も越えて素晴らしいと思える方だと思うし。

たくさんの人に愛された人のドキュメンタリーを見ることができるのはとても有意義で、貴重なことだから。

少しだけ製作のお手伝いもできて本当に良かった。
面白いこと、センスの良いもの、美しいことを追求するためには、それをインプットし続ける努力と、さらにアウトプットするための努力を続けなければいけないのだと山口小夜子さんのあり方を見て思う。

時代にも恵まれていたのかもしれないけれど、彼女の努力がたくさんの人に影響し、彼女自身がたくさんの人に愛されているからこそ出来上がった映画だということが伝わる。遺品から人生をひもとく、死者を悼む映画でありながら、とてもあたたかく優しい映画。すごく好きです。

小夜子さんとともに仕事をしてきた人たちや、小夜子さんに憧れていた、いまは第一線で活躍する人たちがみなキラキラした瞳になった「永遠の小夜子プロジェクト」が素敵。

70〜80年代のこと、小夜子さんのこと、もっと知りたくなりました