マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”の作品情報・感想・評価・動画配信

「マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”」に投稿された感想・評価

むちゃくちゃ良かった〜〜本人が言うとやっぱり説得力がある
こういう作品て第三者から語られることが多いきがするから新鮮!

服というものに対して、快適性や上質さのみならず政治的な背景や主義主張を服を媒介にして訴えるところやそれを文字などの読む情報としてではなく視覚的に捉える情報として取り入れる変換の秀逸さが際立った

理解されずに困ったと思いきや理解されすぎて困ったと語る彼はずっとメディアや大衆からの評価のギャップに苦しんでいたのだと思う、それでも彼の周りには良い理解者や受け取り手が多いように見受けられた
クリエイターが如何に考えてものを創っても周りに理解されなかったら救われないものな

色のついた氷を使ったアクセサリーや顔を布で隠すことによって服のみに注視させるところ、ブランドタグではなくステッチで表現したりするところが素敵 己の素顔を隠すという点も服に対しての想いと一貫性があった 調べるとクソほど写真が出てくるが

半世紀を席巻しようとしているブランドから目が離せない〜
Kaizooniku

Kaizoonikuの感想・評価

4.2
ドメブラパタンナーに就職してから
失くしてしまってたものが見つかりました
誰かの1を2にするのでなく、
自分の0を1にするのが好きです
学生の頃の気持ちを思い出せた気がします
しかし、マルタンも同じお金というものが何をするにも付きまといます
ニートになって服を作って飯が食えたらどんなに都合がいいか
hiroko

hirokoの感想・評価

4.3
割れた皿のベスト〜?!?!
斬新なファッション好きなので内容も面白く、ループ再生してしまった。
ショーを現地で見て多くの人と盛り上がりたい。
ネ上

ネ上の感想・評価

-

このレビューはネタバレを含みます

劇場で見れてよかったな(2021年9月視聴)
ショーの熱狂をちょっと感じられた気がした

おばあちゃんにもらったハギレでスクラップブック作ってるのとバービーの靴の先切るの印象的だった
ディーゼルに買収されてマーケティング屋が入ってから、それまで「知ってみたい女」というコンセプトの広がりがあった言葉が「セクシー」とか「シック」という言葉に変わってしまった、と語るアシスタント。ネットの在り方で「どんどん悲しくなってしまった」と語るマルタン・マルジェラ。んんー、それでもあなたの作ったものはそこかしこに面白い。幼少期に描いた絵や着せ替えバービーまで見れてしまう。こんなに語って(自分を出して)しまっていいの?とさえ。
メゾンマルジェラじゃなくて
メゾンマルタンマルジェラが好きだな。

クリエイティブで0を1にするのって大変だけど楽しい事だ。
Aoi

Aoiの感想・評価

3.9
自分の誕生日に観た。潔くて筋の通ったマルジェラがかっこいい。
 「写真で一言」のお代になりそうな妙ちきりんな服でお馴染みのパリコレで披露する服を作っていたベルギー人トップファッションデザイナー、マルタン・マルジェラ。これまで顔出しインタビューNGで公の場に一切現れなかったマルジェラが存分に自分語りをするドキュメンタリー。

 『ランウェイで笑って』見たことがある程度の全身ユニクロな中年男性にはNot for meかなとも思ったが、目当ての映画の上映時間まで他にやることもないので、何か語れたら格好いいだろうと見てみることにした。
 前半は少し寝てしまいました。

 時々Twitterでバズって「服飾技術の高さを示す為でビジネス的にイミがあるんだぜ(キリッ」とネット民がドヤ顔で語り、それを見て「ほーん、そーなんや」と鼻をほじりながら感心していたが、実際はアーティストとしての表現の側面の方が強いということが知れたのは良かったかも。

 アマプラで100円で見られるのを後で知る。
 まぁ映画館じゃないと多分見てらんないから良し。
RK

RKの感想・評価

4.0
マルタンマルジェラ

パリコレなどの芸術的なファッションショーを写真や映像で観た時に、「ぷっ、なにこれ」と思ったことがある人は少なからずいるのではないだろうか。

ストッキングを頭にかぶったり、ほとんど全裸の状態にジャケットだけ羽織ったり、提灯みたいなスカートを揺らしながら歩いたり。

「なんじゃあれは!あれはオシャレなのか?俺には着れないわ笑笑」
みたいなツッコミを入れてしまっていないだろうか。ていうか、他ならぬ僕がそうだった。

しかしこれが絵画だった場合、「笑ってしまう人」の比率は、同じだろうか。
奇抜な絵を目にした時、それがいったい何が凄いのかはよく分からないのだとしても、
「ふぅん、まぁなんかよく分からんけど、凄いんじゃない?俺には理解できないけど」
的な感想になりそうなものである。
もちろんファッションショーを見てもこうした感想を持つ人はいるだろうが、双方の間には、若干の差があるように思うのは僕だけだろうか。まぁ、若干の差があると仮定した場合、この違いはなんなのかを、考えてみた。

それはつまり、
「ファッションというものがあまりにも、世間の日常と密接している世界であるゆえ、芸術とそれを切り離して考えるのに、一呼吸必要だから」なのだと思う。(あまりにも当然のことを言ってますかね?僕は)

絵画なんぞは、日常で触れる接点を持たぬ人にとっては、ひょんなところで目に入ったとしても、まるで違う次元での出来事として消化されそうだ。つまり彼ら(むろん僕含む)は、絵画を見た際に、「そちらにはそちらの価値基準がある」ということを、潜在的に考えていそうである。この、「そちら」というところがポイントである。

服はそうはいかなさそうである。ファッションは明らかに「こちら」の世界での出来事だからだ。

人は、服を着ずには外に出ることはできない。毎日、否が応でも、何かしらの衣服を身に纏って外出する必要がある。引きこもりの方は別にして、人は基本的にほぼ毎日外出する生き物であり(リモートワークで外に出ないんですけど、という意地悪な指摘はやめてください笑)、つまりは365日、服のことをちらりとでも考えない日は、無いのである。これはよく考えてみると、なんだか凄いことのように感じる。まぁそれだけファッションが、絵画や現代美術やその他美術館でしか拝めないような諸々の芸術作品らにくらべて、「こちら」の側っぽい、ということだ。そんな身近な世界線なのだから、簡単に芸術と切り分けて考えられないのは当たり前、ということだ。

そしてその「こちら」の世界にはまた、「オシャレ」という概念が存在する。
365日、人は鏡の前に立つ。そしてその際に思う。「おしゃれに見られるかなぁ」あるいは「これ、ダサく見られないかな」

UNIQLOやGUのようなファストファッションと呼ばれる記号的な衣服が流行っているのは、早い話が、それが「無難」だからである。オシャレを目指そうとして失敗するより、ダサく見られたくないという消極的立場から、UNIQLOやGUのような、記号的なファッションを身に纏うのだ。

ここまで考えてみると、なんだか全ての元凶は「オシャレ」という概念であるような気もしてきた。オシャレ、ダサい、という、物差しが存在してしまっているため、人は、射程圏内から外れた芸術的表現を目にした時に違和感を抱き、「なにこの変な服!」と笑ってしまうのである。

「こちら」に存在している(と思い込んでいる)オシャレという物差し。本来そこには、流行り廃りしかないはずなのに、その瞬間には、圧倒的な価値基準として立ちはだかっているように思える。

ここまで考えてみて、ようやく分かった。ファッションショーを見た時と、奇抜な絵画を見た時の反応の差は、

■日常での接触頻度
■オシャレという幻想の物差しの存在

この二つによるものなのかなと。
Saku

Sakuの感想・評価

3.9
カッコいい人だなー
媚びない
潔い

子供の頃のノートが素敵

最後の言葉が今後に期待させる
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