ハッピーアワーの作品情報・感想・評価

「ハッピーアワー」に投稿された感想・評価

ハッピーアワー

もっと私を好きになりたい。

5時間17分鑑賞。今まで鑑賞した中で最も長尺の映画。やはり大傑作。
色んなものが溢れすぎてまとめるのが本当に大変だった。

この尺でも全然長く感じず、むしろもっと観ていたかった。
人の根底の中に眠っているものはもっとあるんじゃないか、関係を作る上での障壁はもっとあるんじゃないかと、色々と出てくれば出てくるほど次を欲してる自分がいる。

そしてそれは紛れもなく、今までの自分自身を司るあらゆるものと対峙し続ける時間でもあり、そこからよりよい未来に向けて歩み出す上で対峙しておきたいものでもあった。

日常において営まれるコミュニケーションや人と人との関係が作られる中にあるもやもやや違和感、複雑性が全てと言っても過言ではないくらいにリアルに突め込まれている。
それでもこれ以上を求めてしまうほどにまだ何かがありそうな可能性までも示してくる。

コミュニケーションにおける仲違いや噛み合わなさについて、相手が感じるその内なる思いや感情にまで完全に寄り添いながら、それらを振り返って納得し、コミュニケーションを取り続けられる人はそうそういないだろう。
だから人は知らない間に人を傷つけてしまうし、知らない間に心の距離が離れ、取り返しのつかない溝ができていってしまう。
それを相手から発せられないと気づいてもいない時点でやり直しは簡単には効かない。

本作の監督である濱口竜介監督作品『寝ても覚めても』のときにも同じことを感じたが、人は目に見えて状況が変わる(悪くなる)まで気づかない生き物であることを諭してくる。

誰かのためにする行動の根底にも自分自身の概念がある上での誰かのためになっている。
前提が違う中にある誰かのためにする行動は、必ずしもその誰かのためになっているかはわからない。

その見ているようで(見ている気になっていて)実は見ていない(見れていない)人の裏側やコミュニケーションの本質、関係を築く上でのポイントを、この映画では見事に全て映し出している。

このフィクショナルでありながら極限まで描かれている現実は、誰か特定の人をベースにドキュメンタリーとして描いてないからこそなせるものでもある。

誰か一人の特徴や性格がベースになってるのではなく、どこにでもいる様々な特徴や性格が混在されながら、その全ての人々の全てを映し出しているから、蓋を閉めていた表でない裏の日常に向き合う、いやもはや否が応でも向き合わされる。
そして彼女らを通して、自分の(蓋をしていたところも含めて)全てと対峙し続けられる。

ここまで踏み込むからこそ、人はそれぞれに違うこと、人の複雑さに対して一喜一憂せずにそれらを受け入れながら、自分と他人の関わり方について考えた上で、自分を大切に前に進むことができるのではないだろうか。
それこそキャッチコピーにあるように、「もっと私を好きになれる」はずだ。

男性と女性が関係を作る/維持する中でぶち当たること、じわじわと心の距離が離れていく理由、それが告げられることは何を意味しているのか。
全部が見事に詰め込まれている。
男性は言われないとわからないから何でも言って欲しいけど、女性は悟って欲しいし聞いて欲しい。

それに女性同士の関係の中にも同じように関係を築き上げ、維持し続けるのがそう簡単ではないことも描かれている。
何もかもが同じ人なんていないし、誰もが誰かの前にまずは自分が前提になっている、もしくはなってなかったとしたらそこに納得感は100%持てずに不満は溜まり続けるから。
そうなると何をどうしたって繋がりには、限界というものがある。
そこは前向きに開き直るというか、色んな関係の中に色んな自分を持つことで、バランスを保ちながら生き続けていくしかない。

さらに知り過ぎてるから感じられないこと、何も知らないからこそ感じ取られることや想いに率直であり続けられること、その対比から表現される空気を読める/読めない、他の人を代替する意見に自分の感情が入る/入らないの境界線までも描かれていて、知ることが増えるからこそ何もない状態から感じ取ることの大切さも諭されている。

その上で第一部における怪しげなワークショップが、後半に意味をなしていく。
言葉で交わし合うコミュニケーションと触れ合うことで交わし合うコミュニケーション。
ただ触れ合うことでわかり合えること、救われることがあるのに、意外とそのコミュニケーションの重要性に気づいていない。

この映画は30代女性たちのありのままを投影することによって、無意識に野放しにされている(目をそらし続けている)よい関係を築く上で大切なことを紐解き、説得力のある演出とともに映し出している。

一つ一つの行動や言動に対して、確かに自らで「選択」していることを、もっと意識しなければと思わされる。

もっと私を好きになりたい。
人間関係は繋がってると思いきや、実は繋がっていないことだらけ。
でもそれも私を好きになれたら、そんなに気にしなくてもよいことなのかもしれない。
結局最後は自分を信じるしかないのだ。
その上でどれだけわかり合えるかなのだ。

本作が5時間17分もの尺を要する理由がわかる。
omada

omadaの感想・評価

4.3
長いとか長くないとか
どうでも良くなる
ハッピーアワーが良いって思える人間になれてて良かったー。
あきた

あきたの感想・評価

3.8
人を見透かしたような、変な5時間だった
その先も含めて。途中まで正中線気にかけてた自分に笑う。感無量。隣の車両からやってきて降りて戻る。奇跡。
Furuhata

Furuhataの感想・評価

4.6
神戸在住で、これを劇場で観れておらずやっと鑑賞できた。毎年元町映画館で年末最後にハッピーアワー上映会、監督と演者の舞台挨拶もあり、費やした半日は名実共にハッピーアワーになった。ワークショップならではの、素人っぽい演技のクオリティと脚本が、ドキュメンタリティとフィクションの絶妙なバランスを演出していた。長尺も苦にならない、素晴らしい作品。濱口竜介監督恐るべし、東京藝術大学映像学科まわりの監督、スタッフが近年の日本映画のクオリティを上げているように思う。
changpom78

changpom78の感想・評価

3.5
好き!
だけど誰にも語りたくなく、自分の心に秘めておきたい映画!
今後人生の節目に見直す作品になる気がする。5時間かけて37歳の女性4人と周りの人々の変化を静かに、緩やかに描いた作品。

俳優とは、演じるとは何かを考えさせられる...
一

一の感想・評価

3.8
「寝ても覚めても」の濱口竜介監督作品
上映時間は驚異の317分 約5時間半

大好きな作品の監督ともあってどうしても観たかったのですが、レンタルも配信も対応していない為、ブルーレイを購入して鑑賞

どこにでもいる普通の30代女性の日常を、リアリティー溢れる生活風景と重ねながら淡々と描く

はっきり言って出演されてる方達の演技は揃いも揃って酷すぎるんですが、途中からはそんなものも気にならないほどの素晴らしい脚本に圧倒されました

あまりにも自然で生々しい日常的な日本の光景なのがまた良い

恐らく女性の方はこの映画を観て共感してしまうポイントがいくつもあるんでしょう…
怖い怖い😨笑

個人的に評判ほどはまれなかったですが、体感時間は3時間くらいに感じたし、凄い作品である事は間違いないです

2020 自宅鑑賞 No.008 Blu-ray
encore

encoreの感想・評価

4.4
随分前にBlu-rayを買ったのだけどまとまった時間が取れなくて、正月休みも終盤になって一人の時間がとれたのでようやく観た。

冒頭は役者たちの棒読み調の発声の仕方がきつかったのだが、どんどん彼女たちが役に入り込んでいくのがわかって、鑑賞体験自体が彼女たちが演じることに馴染んでいくプロセスの追体験になっているように思った。
撮影の前には徹底した本読みをするのが濱口竜介監督の手法らしいが、台本というフィルターを通すことで役者たちの生な身体を取り出そうとしているのだろうか。中立的なテクストを媒介してコミュニケーションをするという発想は人文系のゼミとも似ていると思う。

個人的にいちばんきつかったのはワークショップのシーン。新卒研修でああいう身体系のワークショップをやって場に乗れなくてリタイアしたことがあるのを思い出してしまって。今なら言葉ではなくまず身体で、それもセックスのような定型化された振る舞い(本来的にはそうでないとしても)の手前の触れ合いをただ楽しんでコミュニケートする効能はわかる。
言葉で身体を捉えようとする振る舞いの行き着く先が公平の個人的な幸福であったりもするのだろう。

総じて環境音が意識的に残されているように感じた。水の音や雑踏や人の足音や食卓の音が。意味をもたないうねりが目に見えないところから入り込んで彼女たちの生は千切れていく。
純が神戸を出ていくときのフェリーのゴーッという音が桜子の眠りに侵食して桜子は目を覚ます。この眠りを介して虚実が反転する構造は寝ても覚めてもにも受け継がれているように思われた。

鑑賞後いくつか監督のインタビューを読んだのだが、はじめはカサヴェテスのハズバンズの裏面の意味でBRIDESが題名だったらしい。カサヴェテスの場合は役者を個として立ち上げることが徹底されるわけだが、濱口竜介は最終的に「時間」という集合的(?)なものを題名に選んだわけで、この差異は大きいのだろうと思う。カサヴェテスも最後は「流れ」を題名に据えたのではあるけれど…。

このタイミングで見られて本当によかった。ユリイカももう一度読み直そう。

全編通して宇多田ヒカルの俺の彼女みたいな内容だったなと。
「体よりずっと奥に招きたい触りたい」
今泉監督の退屈な〜とかこんな感じじゃなかったっけ。
ワークショップのシーンと朗読のシーンが辛い。
兎にも角にも三浦さんのハッピーアワー論がいますぐ読みたい。
めちゃくちゃ不思議な映画だった。
「あんたたちがいいならいい」のに、とりあえず人は「そんなの変だからだめだよ」って言いたがる。
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