ひかりの歌の作品情報・感想・評価

ひかりの歌2017年製作の映画)

Listen to Light

上映日:2019年01月12日

製作国:

上映時間:153分

3.9

あらすじ

「ひかりの歌」に投稿された感想・評価

美辞麗句で飾り立てる気が起こらなくなる程感情を沸き立てられる途方もない傑作。日本語を大事にしたくなった。
原作は短歌コンテストの優秀作。短歌というのはエモの瞬間を切り取ったものなので、よほど注意して映像化しないと二重表現となり、ダサくなってしまうものだが、杉田監督は巧みにそれを回避している。
特に最初の章が顕著で、最初の30分くらいはどこに連れて行かれるのかわからなかった。だがこの構成が、魅力的な細部やフレームイン/アウト等等により忘れさせるものだと気づく。気づいた時にはエモに掠められている。
第一章の青春の1ページ感。
第二章の自罰的なランニングからの行き場をなくした感情。
第三章の寒さの中の暖かさ。
第四章の人生の味すら感じさせるところ。
すべての感情を肯定する光。

特定の人にのみ刺さる例えをすると、アフタヌーン四季賞入選作品をジャ・ジャンクーが映画化したような感じです。
dude

dudeの感想・評価

3.8
野球部員がカメラの前で背中を向けて立ち、臨時教員を覆い隠してしまう配置のサスペンス。教員は教室に入り、野球部員は教室の入り口で止まる。こちらがなんだか安心すると2人が切り返しで捉えられる。あとは『3-4x10月』ぶりに映画で見たと錯覚する素晴らしいガソリンスタンド。最初の2本が好みだったので全体ではやや尻すぼみの感はあった。
イワシ

イワシの感想・評価

4.0
あー、めっちゃいい。平気な顔して大胆な省略を打ち込んでくる。炒飯がすげー旨そう。もう一回観る。
反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった

自販機の光にふらふら歩み寄り ごめんなさいってつぶやいた

始発待つ光のなかでピーナツは未来の車みたいなかたち

100円の傘を通してこの街の看板すべてぼんやり光る

言葉少なく語られる物語、その間が心地良い。
暗闇の中でより際立てられる光。
ナエ

ナエの感想・評価

4.0
2019/07/30
自分の生活以外の、人の生活やちいさな感情の動きを見せてもらった。
静かな場面が多く、波もちいさく、穏やかだけど、心の中は泡立っていることを素のまま感じられた。観れてよかった。
smmt705

smmt705の感想・評価

-
短歌から生まれる物語。なんて広がりのある物語なんだろう!短歌から生まれる情景は、わたしにとってとても短いものだったけど、その言葉が生まれる前にちゃんと人が生きていることを感じられてじんわりと嬉しくなる。好きな人がいる人たちの物語。みんな優しい人たちだった。
深緑

深緑の感想・評価

3.5
公募した短歌から着想を得て物語化した4話からなるオムニバス。

心の機微の捉え方が殆どヌーヴェルヴァーグ(あくまで自分のイメージのですよ?)。

贅沢な間の使い方や顔面のリアリティラインの追及にも余念が無かった。


☑️『ひかりの歌』及び『都会の女』▶️▶️
これは、短歌集ピックアップから発想された内容を、興行を考えない立場の人たちが創った作品ということで、当方の利用電車がダイヤの乱れで始めへん観れなかったことも加え、今時の映画と明らかな異質の現在からの残され感を感じ続けた。独自のムラ意識的なものをゆったり感じさせる作品で、良くも悪くも現代という時間や空間のせわしなさを切り離したようなトーンになっててかなり、特異かつ快適な空気を奥に感じ続ける。ムラといっても閉鎖的な日本特有の単位でもなく、それもあるが他者·部外者·異世代者に対し、多分に図々しく、線も引かずに馴れ馴れしい。それも極めて自然体に行われるので(立場越えたケレンのない恋の告白、別れのおおっぴら惜しみ、性も平気なナマ歌らの感銘、罪や悔いも問わぬ姿勢)、その範囲が独自のムラ感覚となり·変な拘束感、ある一線が生まれて、それはそれより外の世界·つまり現実の趨勢に対して引かれている、なので、一斉に押し寄せると、泣き出したり、現実のスタート感にハッと立ち戻ったりして、本能的に関係を断ち切ったりする。しかし、恣意·悪意はなくしこりは残らない。世界は変わらずどこかに永続していくように思える。この世界に個人的には、性を商品化どころか、普通の一般映画より、はるかにつましく生活の懐ろを等身大に描いてた、嘗てのピンク映画や、ロマンポルノの、社会的話題の華々しくない方の、底流的作品群のテイストを思い起こす。おまけに、素人起用も多く、台詞の間の妙な間、何か論理的に良く分からないが納得もしてゆく会話内容、どこかしら、小津的な品格·バランスがあるではないか。そう、ここのムラとはいまや、嘗ての日本映画の気づかない位の当たり前描写だけに残り、しかし滲み渡ったものは、どこかに今も現実に存続している、抱き続けてる半ば希望·夢想の、形としては日本映画フィクションの底流のムラなのだ。
ピーカン以外は、どこかくすんだ色調、軽いパンや縦フォロー以外は、長めフィクスの多い画面、しかし、浅い切返し、寄り、望遠、間を置かずカット追い重ね、等別に端正にこだわってもいない。赤の色や、ステージ、うどん屋らで、4話の人物らは扇の要にも現れ重なるが、高校臨時女教師、GSバイト·ランナー女校生、亡父軌跡訪ね旅にライブ歌手、失踪夫戻りを迎え本屋の妻、は広い共通姿勢がある。
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しかし、この原点回帰的力は、嘗ては大手の普通の企画でよりストレートになされていた。その力強さは、ヘタに作家の作品でない分、あっけらかんに圧倒的に貫ぬいてくる。2、3年前にヴェーラで『都会の女』が予定表にあった時、ポピュラーじゃないけどドエライ傑作と鑑賞を勧めたが、「落ちるね、平凡」と言われ、今回のスケジュールを見て「まだ観てないから観なくちゃ」と観た記憶まで消えていた、知人との事がある。それくらい、小麦を高い相場狙いで売りに都会に出て半ば失敗も·食堂のウエイトレスを嫁として連れ帰り、支配的·封建的な牧場主の父の反対に屈しかける青年、というあまりにありきたり·単純な内容、語りも平凡そのもの·格調なし、バジェットや作り込みも、この映画史上有数の偉大な天才の前後作に比べ、セットの杯数やロケーションのスケール·贅沢さ·周到さにおいてかなり劣る、この作は、私見においては、より映画的幻想性のイリュージョンに頼らず、シンプルさとストレートさがそのまま造形の尖鋭~普遍と一体化、新婚夫婦の純愛と葛藤を描き、女性像の、積極的で全体と未来を見抜くキャラ·現実的で瞬発的な行動力とリアクションの速度と迫力·毅然として弱々しさのないあっけらかん·期待される性性の拒否、の内容の直截性、においてもこの種の前衛にして古典『アタラント号』を上回りかねない、この種の範囲のものの最高の傑作であると思う。必ずしも充分な条件が揃っていない事も含め、私には理想の最高の映画である。
「田舎の人は純朴と清潔と思ってのに。大口だけ」「彼奴は親父に逆らえん。収穫後、俺とここを出よう」/「弁明はなしか」「私を信じるか信じないかだけ」/「お前の代わりに親父に大口を叩いてやったぜ。俺たちはすぐにここをやめる。俺と来い。」/「私はひとりで去る。貴方は私を信じてくれなかった。私が1人で去ることであの人たちが戻るかも」/「射ったことより僕ら2人への仕打ちの方が。2人だけで生きてく所へ向かう」「許してくれ。見捨てないでくれ。謝る。わしがケイトを探しに」「いや、僕が」「···収穫が終わるまでわしらも残る」 都会も田舎のセットも必要よりも一回り大きく、それでいてスケールを誇り感じさせるような事はなく、大窓越しの独自外景ミニチュアも、逆に店内原寸以上に延び高い抽象呑込みセット·(退くと)店外の雑踏を導く大鉄階段も、スクリーンプロセスめも、創り込んでのリアルもファンタジーも感じさせない、人間の生理と希望にマッチした空間そのもので、異次元ではない。現在の色々機材軽量遠隔操作化·CG化が進んだものと比べても、人間と囲む無機物との一体化が高次元·別次元で成されてある。人の動きに併せての上下左右を選ぶティルト·パンのフィット·過不足ない速度と距離は、的確で自在さを保っている。店内カウンター沿い斜めめスムースや、馬や馬車上のリアルな、フォローは軽さと適切な重力を持ち、広いセットでの単調を破るカーブの軌跡も普通·かつダイナミズムを内包する。後方からの馬車のせり上がり覆い感の力も。カッティングも収束せずに、パンで追う以外に、横ズレ、僅かの角度サイズ変重ね追いのピタッとフィット·柔軟リアル、の他90°変·縦目のリバースの埋め、近い複数者の各狭め空間内の対応、が全く飾りなくも表現のトップそのもの続き。ヒロインの男の圧力に対する乗りだしや抜けきりとその意志の迫力が一気連なりに捉えられ、全てはドラマの作った感は全くない。場の縦の延びを露わにしたり、人物の内に迫る縦の移動も見事。スクリーンプロセスでは動き流れる家屋が映像処理と主観感覚の中間で薄まり歪み横に流れ拡がりめの不思議も感じ得るトーンとなってる。人の道路駆けつけと小麦相場の黒板書き換え頻繁の·横移動逆繋ぎめや、馬群が引き人群が固まり乗った刈入れ機械の全体と細部の形·フォロー速度力、も凄い。
umeko

umekoの感想・評価

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杉田監督と歌人の枡野浩一さんが選出した4つの短歌を元に作られた作品なのだけど、面白いとか、面白くないとかそういったものに全く属さず、発さないところに好感を持った。


短歌は誰に対しても等しくひらかれているものである一方で、とても私的なものであり、詠み手の世界へ踏み込むことが出来ない、決して侵されない領域が存在していると感じていて、そこが短歌の良いところだと私は思う。


アフタートークで、この映画は誰に届けたいですか?という質問に対して杉田監督が自分に届けたい、自分が一番響くものを作りたかったと言っていて、それがなんだかとても良かったし、あ。なんか短歌ありのままみたいだ、と思った。


監督自身も出演者も『映画』に何ひとつとして消費されていないし、記憶の断片ですら誇張せず、〝物語〟としても扱わない。


反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった/加賀田優子

自販機の光にふらふら歩み寄り ごめんなさいってつぶやいていた/宇津つよし

始発待つ光のなかでピーナツは未来の車みたいなかたち/後藤グミ

100円の傘を通してこの街の看板すべてぼんやり光る/沖川泰平



物語はない私たちへ
等しく、やさしい光のうた
keecolico

keecolicoの感想・評価

4.0
約半年ぶりだった!池袋・新文芸坐。コロナ、が聞こえ始めてからもうそんなに過ぎたの……。

本作は、短歌をもとにした物語4作が、ゆるやかにつながるオムニバス。

初めて観たとき、ゆっくりと丁寧に染みてくる時の流れが、自分の中には無い速度で、新鮮で打たれた。今とても、しっくりくる。劇場で定期的に観たい1作。

杉田監督が実際に足を運んでいた、馴染みの、または心惹かれた場所や人が、元になったり本当に登場人物になったりしている。

もうすぐ廃業、というガソリンスタンドは、本当に廃業前に撮影、オーナー夫妻も実際の経営者で、でもとても自然に役者さんたちと
馴染んでいて、聞いて驚きました。

トークで、なぜスタンダードサイズ?の質問が会場から。杉田監督が映画を撮り始めたころの機材がこのサイズで、撮影監督とあれこれ相談しても一周回って「スタンダードで」になるとのこと。親しみあるサイズでもあり、ここを撮りたい、というのが定めやすいのだそうです。

ああ、このサイズだからきっとハッとする、暗闇からいきなり現れる自販機、と思いました。シネスコだと写り込んじゃう距離だよね。ここ、大好きなシーンです。
どの物語も、ツボな瞬間がたくさんあるけど。
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