フクシマ、モナムールの作品情報・感想・評価

フクシマ、モナムール2016年製作の映画)

Fukushima, mon amour

製作国:

上映時間:104分

3.5

「フクシマ、モナムール」に投稿された感想・評価

20171004視聴。被災地福島を扱った作品は色々あるが、洋画は珍しい。しかも独語でモノクロときた。結婚の失敗で傷心のマリを演じるロザリー・トマスと、福島最後の芸者サトコを演じる桃井かおりの母娘のようなコンビがよい。桃井かおりも、ディーンとのLA暮らしで、すっかりブロークンイングリッシュが板についていて、聞きやすかった。ちょっとスピリチュアルが入っていて、仮設や原発にもチクりとね。
momocha

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2.8
3.11映画祭(3331アーツ千代田)で観た。
東日本大震災から6年経った今でも行方不明が多数いる現状から「幽霊」を認識する人々の想いを感じることが出来た。
しかし映画だけを見てもそれを感じることは難しいかもしれない。映画祭の今年のテーマである「みえないものをみる力」という部分と直結しすぎているからか。
わたしは映画を見た直後に、被災者の方や大切な人を亡くした方の「幽霊」を見る現象について書かれた記事を読み、震災の恐怖→怪奇現象というような安直なものではなく、行方不明になってしまったまま長い時が経つ「あいまいな死」への、死にきれない想いや死んだことにしきれない想いから表れているものだということを知った。
そのことを踏まえると、映画の中でのghostたちもそんなに怖くは映されていなかったように思う。目を背けたいようなものではなく、どこか寂しげで近い距離感を持っていた。
Y

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3.7
Le festival international du film d'amour Mons
hine

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3.8
事実が、想像できる範囲を遙かに超えているとき、映画(フィクション)を通してようやく少しは理解/想像できるような感情があるんだなと思った。
Wonkavator

Wonkavatorの感想・評価

3.1
被災地を舞台にし、現地に暮らす人々をエキストラに起用しているのであれば
もう少し政治的にもメッセージ性のある内容での筋書きにすれば良かったのではないか?と、せっかくの機会を活かしきれていない欲求不満感が残ってしまう。

あまり過敏に神経質に危険を煽る必要もないけれど、とはいえ、日本政府が蓋をしておきたい部分に全然、触れていないよね...。
もう少し突っ込む勇気が欲しかった...。

あの様な話、福島が舞台でなくても成立してしまう。
話題性を集めるために、既にある筋書きに被災地という要素を付け加えただけの様な安直なものの様にも見えてしまう。

監督は、「3.11以降ドキュメンタリーではなく、フィクションでの被災地を舞台にした撮影は私の作品が初めてだと思う。」と言っていたが、それは間違いで、既に3.11以降の福島にて園子温が「希望の国」「ひそひそ星」と、2本の実にどうしようもない作品を撮っている。
奇しくも「ひそひそ星」同様に本作「フクシマ・モナムール」もモノクロ映画と、なっている。が、「ひそひそ...」に比べれば良くできている。


被災地を舞台にしたフィクションで、高評価を得るのは非常に難しい気がする。
本当にそこを舞台にする意味や意義が明確であり、売名や偽善でないのは勿論のことだが、フィクションを上回る壮絶な現実があった場所で、それを超える感動や、悲しみを表現出来る作品など皆無ではないか!?
あゆか

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3.2
ドイツ映画祭2016 HORIZONTE にて
監督・桃井かおり・他出演者が登壇

ドイツ語とドイツ語圏の芸術を専攻しているため興味本位でそんなに期待せず鑑賞。
フクシマが舞台ということで相当重苦しい話なんじゃないかと思ったが、桃井かおりさんと主人公のシュールなやり取りには笑わせてもらったし、まさか幽霊出てくるとは思わず、少しゾッとした。
粗い部分はあるにしても、傷ついた主人公とフクシマで強く生きる人たち(ほんとにそこで生活してる方々)とのギャップやそこで得たエネルギーを感じられて、キャストや監督と同じ空間で映画を観るというのは良い経験になった。
ドイツ映画祭2016「HORIZONTE」にて。

本作の舞台である、東日本大震災〜原子力発電所事故の発生した福島。たかが映画なんぞであの未曾有の惨事をどう表象するのか。必ずついて回る根元的な問い。被災者と非・被災者は、実際に映画の中で東日本大震災〜福島原発事故にもろに遭遇してしまった当事者サトミ(久々に桃井かおり本領発揮ではないか!)と、全く関係のないドイツから半ば軽い気持ちで遊びのように「仮設住宅に住む人々を元気づけようと」やってきたマリーとして表象される。

奇妙な流れにより、高濃度放射能ゆえに立入り禁止区域に指定された地区にあるサトミの家で同居することになった彼女とマリーがうちとけるにはさほどの時間は必要なかった。

しかしサトミは「生き残ってしまった苦悩」から自殺を図り、マリーは日本に来たそもそもの「本当の理由」を思い出して号泣する。最後にはまるで実の親子のごとく親密になったとしても、サトミが昔の芸者仲間が連れてきた若い見習いに「昔取った杵柄」でいつになく熱っぽく舞の形を教えている場面に遭遇し、マリーは何かを悟ってサトミの家を出ていこうとする。サトミは涙を見せつつも、明るく送り出す。つまり、それぞれのバックボーンはまるで違えど、いや、違うからこそ互いを尊重し、静かに見守り、理解しようとする。その上で、根源的な違いは厳然と存在し埋まるはずもない。そこに意識的である。

この映画でのこういう「描き方」には批評的な距離感があり、ユーモアも交え、深刻になり過ぎない清々しさがある。何より、フィクションとして良くできている。悲劇的なものをそのまま悲劇的に描くこともできただろうが、ドリス・デリエはそうはしなかった。そこに1つの見識をみる。「最初と最後の新宿ガード下の猫」「サトミとマリーが真似する猫の鳴き声」「サトミがいきなり東京の娘夫婦をマリーと訪ねていくシーンで明かされる猫にまつわる話」。この猫のフックと回収、そしてラストが結びついて何か切ないものが込み上げよう。

一般公開を望む。

※「猫」のエンドロール終了後のとある3枚の写真とそこに付されたメッセージは、ともするとそれまでのフィクションを回収してしまうリスクすれすれである。本編と逆のことをわざわざやっている。ドリス・デリエはそんなことは百も承知でこのシーンを入れたのだろうが、個人的には蛇足の感を免れない。その真意を訊いてみたいものだ。

※邦題はむろんデュラス〜レネの『ヒロシマ、モナムール』から取ったんだろうが、意外に悪くないと思うがどうでしょうか? エマニュエル・リヴァ演じる「女」=マリー。ドイツ語原題は「Grüße aus Fukushima」(福島からの挨拶)。
Roland

Rolandの感想・評価

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ドイツ映画祭にて


他人の過去へ立ち入ることの難しさ。というよりそんなことは本来不可能で、ハチミツの空き瓶や使用済みの歯ブラシを通してしか、彼らの人生の一瞬を知りえない。

彼らが亡くなったということが、なによりも彼らがそこで生きていたことを物語ってしまうという事実。死を含めて、彼らは「そこで」生きていたのだった...

「これがあなたの人生」という言葉は、誰かの死への決意(生への決意)も簡単に妨げることはできないことを意味する。そもそもそれは不在の死者にも言える言葉なのかどうか。

もっと慎重に描かれるべきだと思ったし、これ以上慎重になる必要はないとも感じる。なかなか難しいが、言葉や映像はまだまだ追いつくことがない。
Takahiro

Takahiroの感想・評価

3.1
鯉のぼりが飾ってあったり、お供えにみかんがあったり、福島に芸者がいたり、設定にイマイチ理解ができなかった。もう少し背景を描かなければ共感が出来ないのでは。

最終的に脱原発のメッセージをそのまま映像に取り組んでいて、この映画を通して伝えたいことがよくわからなくなってしまった。
ドイツ映画祭のオープニングとしてのクオリティとしてはいかがなものかと思った。

桃井かおりの演技で成り立った映画であった。
Yoshmon

Yoshmonの感想・評価

3.6
本日からスタートしたドイツ映画祭のオープニングで観た作品。

関係者の方々の挨拶が終わるやいなや、桃井かおりさんが降壇してそのまま階段を上ってきて僕の真後ろの席に着き一緒に鑑賞。映画に出演している御本人とこんなに近い距離で鑑賞するのは生まれて初めての経験。

傷心して拠り所を見つけるため、苦しい状況にいる人たちを慰問して自分の心を取り戻すために日本は福島へやってきたドイツ人女性。
帰宅困難区域に暮らす、芸者として生きてきた日本人女性。
その2人のお話。

一見全く異なる性格の2人だが、心に暗い影(過去)を抱えているのは同じ。

2人がお互いを補い支えていく様を、モノクロの映像で描写。
モノクロにすることで、カラフルな情景だと普通に見えてしまう日常に、よりメッセージを凝縮させた。そんな監督の説明を聴いて感心するばかり。

日本の作法を教えるシーンなど、不器用ながら心通わせている2人の様子がとても愛嬌を感じて暖まった。

そして日本の現状をドイツ人によって教わる自分がいることに気づいた。
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