曽根崎心中の作品情報・感想・評価

「曽根崎心中」に投稿された感想・評価

marmelo

marmeloの感想・評価

3.8
作:近松門左衛門。実際に大阪であった事件の一ヶ月後に人形浄瑠璃作品として披露されたという逸話あり。梶芽衣子が本当に美しいのと徳兵衛役の男性がなんだか健気で…。ただ音楽だけが映画にあっていない…。と思いながら見ていたら、徳兵衛役が宇崎竜童だってことに最後まで気づかなかった!そして映画にあわない音楽を演奏していたのはダウン・タウン・ブギウギ・バンドだった(笑)そりゃーあわないわけだ。ただ宇崎だと気づかないで見ていたのがよかった。好演だったと思う。増村らしいかはまったくわからんんが、ATGらしい映画だった。
怨念が、が、が。とうとうシネマスコープで撮ることさえ許されないくらいの予算なのか。梶の目つきは忘れられんし、徳兵衛えんじる宇崎竜童がボコられ倒したあげくに池に投げ込まれてよたよたの状態で階段を昇るところは忘れがたい(妻は告白するとからっ風野郎を思い出す)。久兵衛役の井川比佐志も狂いに狂ってるし。卍の契約書が久兵衛の貸し、妻は告白するのザイルが数珠に。エレキがかっちょいい
「トクビェ〜、ミーズー飲ーミェー」

天満屋の長い夜

「刺青」みたいのを想像してたのでゲゲゲと思ったけど、スゴイねこんなの見たことない

まさにノンストップムービー

大映なき後、ATGでの増村保造作品とな

だんだん浄瑠璃人形に見えてくる梶芽衣子と宇崎竜童、それに橋本功の演技がどんどん自然に見えてきて、逆に井川比佐志とかの正統派演技が不自然に見えてくる不思議

天満屋での井川比佐志の暴れ方がハンパなくて

ああ、南無阿弥陀仏…
otom

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4.3
もはや古典の域を脱している良作だった。梶芽衣子の怪演は勿論の事、やっぱり仔犬の様な目をした宇崎竜童(棒)のインパクトが凄い。演技レベルはともかくとして、TATOO <刺青> ありよりは確実に悲愴感がある。百恵ちゃんの曲を作りまくってノリにノっている時代にこれである。凄いなぁ。
nknskoki

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4.0
「これは男も女もひとすじに恋と誇りに生きた時代の物語である」

人形浄瑠璃で有名な近松門左衛門の曽根崎心中
原作に忠実に映像化されているのでとても好感が持てる
こういう絶対的な下地があるものはやっぱり余計な脚色は要らない
最後の二本松に体を括り付けて心中するクライマックスシーンなんかは特にそう

「お侍様が意地で腹切ったらよう死んだと褒められる。おなごにも意地がある。おなごの意地言うたらなんや?愛しい男とめおとになって一生添い遂げることじゃ」

肉体面ではもちろん女より男の方が圧倒的に強いんだけど、土壇場の精神面になるとやっぱり女の方が断然肝が座っているんだよな

うーん、女は本当に偉大
おそらく演出なのでしょう。
棒読みの台詞の言い回しで
一部始終事細かく解説してくださるので
もう映像観なくても理解できるかも。
すみません、何かそこにばかり気をとられてしまい
風情や余韻など浸る事ができなかった…
notitle

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3.6
増村保造×ATGによる曾根崎心中。内容は、ほぼそのまま。冒頭から、もうあなた以外何も見えない感が凄い。今も昔も、立ち開かる金としがらみ。何も変わってない。何一つ欠けてはいけない、振り切った人々。些か歪な、音楽。梶芽衣子が色々すごい。
人形浄瑠璃を映画で表現するというのは、大映がなくなったあと、ATGで行った増村保造の実験だったのか。

あえて、三味線などではない時代劇に似つかわしくないBGM、ポップアートとして通用する美術、何より宇崎竜童のキャスティングで、古典の演目を否定しつつ、いかにも芝居という台詞回しで人間を人形浄瑠璃に近づける。
もちろん、宇崎の素人臭さは鼻につくし、梶芽衣子の良さと比べると雲泥だが、こうなってくると、素人だからこその「棒」を、監督は期待したのかと思わせる。

増村監督の独特の美意識が発揮された作品。
やっとみれた。日本映画専門チャンネル様様。
男がたたん、わしも男じゃ、男男うるさい……情がすげえ……

最後のクレジットで3番目に左幸子って出てきたからえっ?!どこに?!って思ったらあのお母さん役?!?!全然わからんかった………やっぱりでも増村映えするなとおもった
n0701

n0701の感想・評価

3.4

このレビューはネタバレを含みます

トクベエの演技が酷すぎる。

それはともかく、有名な近松門左衛門の「曽根崎心中」であるが、その内容は知っているが、映画、物語で見たことはなかった。

当時、心中が社会現象になっていたことを表現した世話物の浄瑠璃であるが、この物語が契機となり、更なる流行となり、以後、心中物語が禁止されるほどとなるわけだが、それもそのはず、彼らには「自分の意思」等ないからである。

そもそも物語の根幹には、一生這い上がれない貧乏人と支配する特権階級というヒエラルキーがある。金のために子どもを女郎、奉公として売り飛ばし、そのなけなしの金で暮らす。

末恐ろしい世界であるが、社会保障もなく、公平、平等なんてない旧世代的な世界ではそれが当たり前だったのである。

しかしてトクベエは奉公に出された後、奉公先の叔父の営む醤油屋で勤勉に真面目に勤めていたが、遊女の女郎と色恋に目覚め、奉公先のご恩を忘れ、叔父の娘との結納を無効にして勘当される。

そもそも、真面目で勤勉な男が遊女にハマることなどあるのだろうか。そして、世間体はそれで許されるのだろうか。よく分からない。

物語は単純だ。
奉公先の主人の恩を忘れ、家を追い出されることになったトクベエであるが、トクベエの継母に渡された結納金の銀二貫を返させるために継母に会いに行くと、継母はトクベエとの絶縁を引き換えに金を返す。

その金を持って主人に返しに行く途中、友人である九平次が銀二貫を貸してくれとトクベエにせがむ。

必ず返すと貸した金だったが、九平次はトクベエに金を返さないばかりか、騙りだ、詐欺師だと騒ぎ立て、証文も捏造だと大騒ぎに騒ぎ立て、トクベエを半殺しにする。

お初はお初で金持ちの妾としてその人生を捧げるか否かという選択肢を迫られる。この選択肢にNOはなく、YESか死かという二択であった。

お初の店に来た九平次は、トクベエが如何にして騙り、詐欺を働いたか騒ぎ立てる。

しかし、散々騒ぎ立てたその夜のうちに九平次が印を硯に隠し持っていたことが判明し、その場にいた醤油屋の主人に袋叩きに合う。

だがすでにトクベエとお初は心中のため山中に身を寄せていた。





なんで大阪なのに関西弁やないねん。