オラファー・エリアソン 視覚と知覚の作品情報・感想・評価

オラファー・エリアソン 視覚と知覚2009年製作の映画)

Olafur Eliasson: Space Is Process

上映日:2017年08月05日

製作国:

上映時間:77分

3.6

あらすじ

「オラファー・エリアソン 視覚と知覚」に投稿された感想・評価

aa

aaの感想・評価

5.0
オラファーエリアソンの作品を実際に見たことはないのだが、このドキュメンタリー映画は、彼の作品を追体験できる映像だった。

オラファーエリアソンの作品は鑑賞者を傍観者にさせない。作品から生まれる光や揺らぎに足を止めてしまう、鑑賞者が作品と対話する空間を作り出していた。

実際に作品に触れてみたくなる!
Nanami

Nanamiの感想・評価

4.0
哲学家だったし思想家だった。
何より環境だけじゃなくて全ての人に優しい、1人のお父さんであり夫でありアーティストだった。

観る者次第で作品は変わるし、それと同時に見る者の主観だけで空間や世界は成り立ってるっていうある種今の私たちには当たり前に思えるけど、でも忘れられがちなことをあえてテーマにしてるのに感動した。”inclusive” 全てを包括しうることとは。

本当にこの目でニューヨークの滝を見て体感したかった、、、。
現代美術館の特別展『オラファー・エリアソン ときに川は橋となる』を観てからの鑑賞のため、オラファー・エリアソンの感性をより深く知ることができ、とても面白かった。

NYに滝を作る、という発想自体が理解できないし、製作過程も、こんな鉄骨造りの『本物の滝』はないだろうと思ってしまったが、最後に完成した滝は、NYという、人工の空間のエピソードの一つとしてぴったりとマッチし、そしてそれらを『まとめる』役割をしっかりと担っていた。
NYの街という空間の包摂力には驚くべき可能性があることが、人と自然との対話という点でも見出せる。

世界にあるものは、全て見る者の主観により、決まる。
私とあなたが見るものは、その参加の仕方により違う、というのは、アートだけではなく、あらゆる物の見え方の法則のようにも思える。
オラファー・エリアソンは言う。ただ存在を認める鑑賞者に対して、現実にあるものは、主観により変化することに気づかせる力が、アートにはあるのだと。
根元を問い直し、見えている世界を疑う。
異なるものを排除するのではなく、包摂する力を培うため、これからもアート作品との対話をつづけていきたいと思わせる作品。
mai

maiの感想・評価

3.6
時間と空間
責任ありきの批評
色と光の境界線
他人との調和
主観次第の現実

見えないものを見るには、
固定概念を疑わなければいけない。
それに気付けるかどうからしい
keecolico

keecolicoの感想・評価

3.5
昼間、現代美術館で、オラフォー展観たあとすぐに観たので、おぉ10年前はこんな感じだったのか、と。

彼の、人間として地球でどうあるべきかを、展示物のナチュラルな美しさがどう造られたかを通して皆に問いかけるその姿勢に改めて感じ入りました。

クリエイティブなスタッフとともにする食事のレシピ本も出てるそうで、持ってる友によると、量は、6人分と60人分のが書いてあるんだって。😆
あお

あおの感想・評価

3.8
彼の作る作品自体は素晴らしいと思ったけど、映画にあまり入り込めなかったのはなぜだろう。
集中力が持たなかった。

展示観に行かないとな…
横浜トリエンナーレにも出品している「green light」が
まるで「百億の昼と千億の夜」に出てくる、オリハルコン製幾何学コイルみたい!
と気になったからと

実際、作品を観に行くより先に
作者が何を考えているのかの方が
気になって気になって。



映画の中でも
観ているこちらを相手に

色を見て
残像を見て
補色を知覚する

なんて実験(彼に言わせると対話ですね)をしてる


「現実は あなたの主観次第」


・・・ココロのことを学んでいると
それ、当たり前じゃない?なんてサラッと流してしまいそうだけど

それをアートで見せてくれるのが
とても分かりやすかった


予告編にもある通り

 ・・・哲学だね。

と感じた

「現実は あなたの主観次第」

それを、目に見える形で
感じさせてくれてる


アートの敷居が低くなる
知覚と認識の庭が 広くなるような

潜在意識を知覚するのにも似てる
だから気になったのね〜


「反応するのが仕事」と言う彼の作品は
観る人を巻き込み 作品の中に取り込んでしまうかのよう


彼の言葉
『アートは 世界を変える一手段であり
 人は 世界を変えることができる』


この作品と対話して
あなたの観ている世界を
変えてみて!

そんなメッセージにも受け取れる


現代芸術は
こと小難しく感じられることの方が多いけど
いいモン観た!程度で終わるのも多いけど

観ているこちらも
とりあえず反応してみる
そんなところから


自分自身の物の見方が 小さく変化していくのを
楽しむもの、なのかもしれません

まずは反応してみる。からね♪
実質としては2008年に行われたNewYorkCityWaterfallsとMoMAでの展示に関する映像キャプション。繰り返し対話を強調するアーティストの自作自演というか自己紹介。縦横に揺れる手持ちカメラと不恰好なカット割でちょっと酔った
職場の人が企画したカフェ閉店後の映画会で。

すごく分かりたい話なのに、字幕じゃ理解できず。なんなら英語と字幕がごっちゃごちゃになってキャパオーバーで眠くなる始末。

責任っていう言葉が重くて重くてしょうがない最近だったわけだけど、映画の責任の話も分かりたくても難しくて。
映画後に職場の人と話したら、責任、つまりresponsbilityの捉え方が日本語と英語で違うって話になった。responsしていく力を持つという意味であるし、レスポンスする事で他者と対話をしていく。それに対して日本語の責任にはプレッシャーとか固定のイメージがくっついてるなーと思ったり。

現実は見る人次第。
芸術に受動的ではなく能動的である責任。

ちょっともう一回見たい。
芸術家オラファー・エリアソンのドキュメンタリー映画。

全く彼のことを知らなかったのだけれど、彼の作品にも興味を持てる内容。
明らかにデュシャン以降の芸術家だなぁ、などと思いました。現代芸術でデュシャンの影響を受けていない人などいないだろうけど。
映画内で彼が語るアートへの参加を実際に体験させるパートもあって、芸術家を主題にしたドキュメンタリー映画としてとても良いのではないかと思います。

"inclusivity"
いい言葉。
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