ニッポン国 古屋敷村の作品情報・感想・評価

ニッポン国 古屋敷村1982年製作の映画)

製作国:

上映時間:210分

4.1

「ニッポン国 古屋敷村」に投稿された感想・評価

雪

雪の感想・評価

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何年も前にシネマヴェーラで見た『小川プロ訪問記』を思い出す。『古屋敷村』ではそんなこと語られないけれど(さださんという女性が「お前のところの田んぼ」というシーンがあるのみ)小川プロは何年もこの古屋敷村で生活をしている、みたいな内容だったと思う。当時はよく分からずああ大島渚と小川紳介だなあみたいな気持ちで見た。
この『ニッポン国 古屋敷村』、ずっと見たくてやっと見る機会を得た。花火のエピソードで泣いてしまった。思い出の花火を語る女性の手の美しさ!凶作や戦争の痛ましい話より心に響く。
かなり記憶が曖昧だけど前述の『小川プロ訪問記』では小川紳介らグループが稲作をやっているみたいな話をしていたはず。『古屋敷村』冒頭のアナログなのかデジタルなのかよく分からない図解?のやつ、とても良かった。あそこだけ理科と社会の勉強をしている気分になった。
A

Aの感想・評価

4.3
これ観終えた数日後に体調崩して全ての事象へのモチベーションを失い停滞していたので記憶と違うかもしれないけど、それでも間違いなく210分ぶんの見応えはあった。地学/科学的な分析・アプローチから入っていくことで古屋敷村の雰囲気や匂いが想像しやすく、不思議な没入感があった。ラッパのおじさんもだけどおわり街道のワリさんも道路と若者の話をするおじいさんもよかった。
撮影に協力してくれた人へだけでなく長尺に付き合った観客への謝辞もあって、憎めないこの感じ。
酢

酢の感想・評価

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場所映画。制作側の思惑と村人の存在感が拮抗しているのが面白い。際限のない脱線と直線的でない時間の流れが結果浮かび上がる「古屋敷村」。
映画男

映画男の感想・評価

4.0
素晴らしい。いい映画やった。
「七人の侍」とほぼ同じくらいの長尺やけど、この映画観るだけでも日本の農村の風土がよくわかるもんな。まあ分かった気になったのかもしれんけどドキュメンタリー含めて映画はすべて虚構であるなら気持ちよく騙されたいと思う。

たぶん小川紳介は、フィルムを切れんかったんやろな。ぜんぶのショットが愛おしすぎて。スチル写真の点描や、実景撮影にも気迫を感じたし、何よりインタビュー受ける人みんなが個性的で、ほっこりする。

序盤の一時間くらいはひたすら田植えの研究が続く。ヤマセの原因を突き詰めたり、土を掘り起こして、土壌まで徹底調査するマニアックさに痺れたな。変態ですよ。でもまあそういう綿密なこだわりの積み重ねに、ドキュメンタリーの真髄みたいもん感じた。
ムチコ

ムチコの感想・評価

4.2
たしかに小川紳介はよく喋ってたしちょっと障る声質だったけど、なんかもうとにかくいろいろ言いたいことがある! という感じでわたしは嫌な気はしなかった。CGがない時代の精巧なジオラマ。

そうは言っても花屋家はそれなりの大きなお家なのだった。本家があり分家があり蚕を飼い農地解放で失くすほどの田畑を持っていた。
戦後数十年経ってまだ軍服着てラッパ吹いてるおじさん(この人が本当にチャーミングだったけど親戚にいたら面倒極まりない)のすぐあとに、36歳で戦争にとられて「2度と行きたくない、2度と戦争はするべきでない」というおじさんを続けて映す。
古屋敷村というなにやらいわくありげな村名からして、柳田国男風の情緒豊かな神話が綴られるのかという予感は開始早々に裏切られる。シロミナミと呼ばれるこの地方特有の冷気と、それ故の厳しい農業事情について一時間をかけて徹底的な科学的検証が行われる。次いで、炭焼き職人の仕事が紹介されるが、これも逐一科学的解説が入る。

この前半部で小川監督がやりたかったことは明白で、シロミナミの解明は、古い農村に纏わる神秘性を暴くこと。炭焼きの解説は伝統的職業文化を、合理的な作業工程の次元のみで語ること。つまり日本の農村にいまなお残る神話・幻想の解体であり、古くから伝えられる日本的な精神文化の解体だ。進歩的インテリジェンスの面目躍如と言ったところか。民俗学的アプローチには彼らはあまり興味がない。むしろ強い反骨精神を感じる。

後半では複数の村人から戦争についての記憶が語られる。元出征兵の老人から「あんな戦争なんてものは孫末代どころか永久にねえ方がいいと思うな」という発言を引き出した時点で監督の勝ち。美しい自然と歴史を持つ村に、急進的な政治思想が持ち込まれることで「日本の古屋敷村」は綺麗に洗浄されて「ニッポン国のとある村」となった。

オーディオコメンタリーかと思うほどの過剰なナレーション、字幕やテロップの濫用、これらの手法も日本情緒に抗うための手段だろう。美しい自然を眼の前にしながらカメラはそんなものを追いかけない。彼らは本音のところでは日本的な情緒を好ましく思っていないからだ。この映画が一部の人々に拍手喝采をもって迎えられたのはまさにそこの部分なのだと思う。

この手のドキュメンタリーで飯を食う場面、村民同士が会話する場面がひとつもないことに驚いた。個々人のインタビュー映像だけがある。この監督は村民の生活にも興味がないのだ。日本の原風景に歩み寄っているように見せて、本音のところはこんな山村にも戦争の悲劇が存在したのだ、というあらかじめ用意された結論を証明することが目的なのだから仕方がない。こういう活動家紛いの人たちの中立を装うテクニックは本当に見事。中立的ドキュメントの皮を被ったテーマ主義の映画は嫌と言うほどあるが、その中でも傑出したイデオロギー作品だと思う。
正方形の画面に切り取られる、自然の中に放り込まれたミニチュアのような集落とそこに生きる人々の振る舞いが、記録映画の限界を超えた寓話性を湛えている。カメラの存在で全く内面が揺らがない被写体の在り方(在らせ方)は見事だし、インタビュアーに寄り添うことのないフルスロットルの方言がそれを証明している。炭焼きや田植えという営為を「解説」という手段を通して徹底的にクローズアップして、生を浮かび上がらせる「演出」は映画的ではないが新鮮。
Hiromasa

Hiromasaの感想・評価

5.0
ここの感想を見たら小川紳介がしゃべりすぎでうざいという意見が多くて笑ってしまった。しかしそこがよいのではないだろうか。監督が特権的な神秘性を持つことなく、常に距離を置いて見ることができる、「民主的な」ドキュメンタリー。稲作、炭焼、養蚕も伝統に支えられたすばらしい仕事として描かれているが、それは他のあらゆる仕事がすばらしいようにすばらしいのだ。

「村の人々はこの道を、ワリさんへの親しみを込めて「おワリ山道」と呼ぶ」というテロップが出たが、この映画の作り手は「親しみ」を「敬意」にしようか一瞬迷って結局「親しみ」にしたんじゃないかと勝手に空想した。
申し訳ないけど小川紳介の声はほんと苦手だわ〜。そのくせにこんな誠実なドキュメンタリー作るとかウザすぎる。今日のアーカイブのお客さんは古屋敷村と平均年齢大体同じ説。
確か’79の公開予定ラインナップに、待望の『牧野物語 稲作編』は入ってて、’77に『~ 養蚕編』を年間ベストテン・リストの中程に入れてたので、私には満を持して、という感じだった。それまで、小川プロの作品は時代・タイミングを逃すことなく、せききるように、せっついて発表されてきた。『三里塚』シリーズ(というよりジャンル)の最高傑作『辺田部落』のさらに、ベース・深部を探ってゆく、『牧野物語』シリーズの真打ちの登場、期待するな、という方が無理だ。
しかし、完成・発表はこれ迄とは異例に大きく遅れて、’82となり、内容も稲作編は1/3強程度で、以降、過疎の流れを更に遡り、炭焼・養蚕が主流だった時代とその名残り、分家のうちの遮二無二生活力、戦争の時代による働き手の長期(時に永遠に)欠落と輪をかけた復帰力、の姿を国家意識など二の次のニッポン国の自律的あり方を呼び起こしてゆく。この分厚いのかとりとめないのか膨れ上がった構成の組み立ての冷静さは、三十数年ぶりに見直してわかることで、当時は、ミクロ撮影、地形模型、地図、気温記録表と最適受粉枠の確定、地層断面現し、等を有効に分かりやすく使っての、5年に一度の凶作を生む高山越えて降りくる冷気シロミナミの正体、それも杉林の遮断や土地の酸素・鉄分を失いかけてる老朽進捗度で場所差がある、を見事に証した「稲作」後、まっ正面からの古老の昔語りにスポッと切り替わり、入っていって戸惑った。
それにしても、自らも土地を借りて耕作・収穫しながらの、プロ?のお百姓・炭焼きらへの、入りかた、会話が、独自の味わいというか、無理がなく自然体かつそれでいてセミプロとしての並走感、絶妙の誘導・聞き逃さなさ・同輩以上の畏敬、が感じられ、例によって甲高い声の強引さが感じられるも、作者というよりちょっとせりだしの強いにいちゃん?の個性からはみ出ない。じつにいいポジショニング。ただ、無理に戦争や国家に持ってこうとしてる、以前の名残りのところが作品を弱めてる部分はある。
とにかく、誠実、受容、傲りなさ、羞恥心の無さ、の部落の人のありようが、作者を上回ってて、無意識・無邪気にテーマなど打ち切り、作り込んだ感じがなく、実に心地いい。たどたどしく、平明で、とどまることなく、人生と家族と部落が延び繋がり活きつづけてく。「人でなく、炭だけに従う」道を選んだ人の実に正確で心地いいスリリングな仕事ぶりの本物・匠とスペクタクル(金銭収入1ヶ月あたりに直すと、当時大学初任給に毛が生えたくらい)や、遥か遠い田畑の為に通い続けたという山中の長く険しい「おワリ街道」の細い窪みと濡れた葉の敷き詰め、個人的にもそういった世界を僅かながら知ってるが、昭和前半は効率・能率を越えた別の世界が疑うことなくあった(ラストの字幕続きが威勢がいい。河瀬の『杣人物語』でも感じたが、標高数百メートルに小さな部落として暮らす人たちは、半分は逞しく利口な獣のようで、半分は気高い、言葉を選ぶ精神の古武士のようだ。)。
次作、実質小川の終着作、これも30余年ぶりか、観たくなった。こっちは、更に一筋縄ではゆかぬが。ただ、私は西の人間なので、字幕がついても、村人らの喋ってる内容が大まかにしかわからない。味わいは感じられるも、正確なニュアンスなどお手上げだ。ま、そこに移住して何年も経ってるからだが、通訳なしにほぼ正しく聞き取ってる小川がスーパーマンに思えた。再々チャレンジすれば、私にも分かってくるかな。只、言葉や風土には溶け込んでも、小川の、ワイズマンより数歳若いのに五十代で早逝は、晩年の2作等NHK・BSでもよくやるくらいに名士扱いされるようになって、何か違うと僕らも思ってた、ジレンマがあった気もする(だが、私は小川の存命中、ワイズマンを知らなかった~『動物園』も間に合わなかった~が、間に合ったクレイマーも含め、小川がリードした山形ドキュ~祭は、世界に小川が生き続けてることを常に教えてくれた。)。もう一度、刃を研いで剥き出しにすることも必要だった気もする。
控えめも、CUも、ライティングも、(半主観めも統制ある)移動も、Lも、後でデクパージュ最適の構図も、田村のカメラは16ミリカラーとしては、最高の質感・温度。
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