阿賀に生きるの作品情報・感想・評価

「阿賀に生きる」に投稿された感想・評価

船大工の仕事場を中から撮るショットのこで何かが起きる感。人が座っているショットばかりだが、どれも収まるところに収まっている
生きることそのものを高純度で映し出す。生命の川が死の川となりまた生の川へと蘇る不変性。阿賀に生きる、であり阿賀に生かされている、であり。
水俣病の原因の場を一方悪としないのはそこで暮らす人々だからこそ。遠足に行くような和やかさで裁判所に向かうおばちゃんたち。
劇的なカット割の妙が被写体を存分に引き立てる。集会の記念撮影でフィルムがなくなった所など神。幻想的なかぎ流しのショットから眠る長谷川さんへの繋ぎのドリーム。船作りのアングルも良い。
まるで手足のように船を操る姿が途方もなく美しかった。加藤さんがお餅運んでから流しで手を洗うムダのない動線に感心のため息。
ゆっくりと動くおじいちゃんおばあちゃんを丁寧に捉える目線は、彼らの生きてきた長い時間を同時に切り取っていた。
q

qの感想・評価

-
明日死んでもいい、この人ら来てくれるという撮影者と被写体の関係性に圧倒された 生きることそのものの記録
自分にとって割と身近になった川。
僕は外からの人で川の歴史も街の歴史も知らなかった。
身近な場所が1992年の映画で肉付けされる不思議。

かぎ針漁をした時の顔、船ができた時の顔。
時が濃縮された、なんて良い顔なんだろう。
素晴らしい
ドキュメンタリーにおいてインタビューというものは全く必要ないのかもしれないとすら思った
図式化することなど到底できない豊かさそのものが映っている
カメラ位置凄い
マ

マの感想・評価

-
かつて水銀が流れた川 そこに定住するひとびと 渡り鳥の群れ ばあちゃんの春歌のまろやかなこと
現代アートハウス入門にて鑑賞。
およそ20年ぶりに観る。主題に沿ったインタビューよりそこからはみ出したハプニングやチグハグさの魅力。今のドキュメンタリーに多大な影響与えてるのわかる。その一人が『空に聞く』の小森はるか監督。はじめて喋っているのを見た。あんなシャープな作品作るのに御本人ほわほわした印象😆
諏訪

諏訪の感想・評価

5.0
この近辺って瓢湖とかヤスダヨーグルトの会社とかがあって、社会科見学で行った気もするけどどこに行ったんだか程度の認識だった。地元の歴史を改めて学びたいです。

新潟水俣病という重大な問題が起きてさえ、昭和電工には世話になったのだから……という考え方があったというのもなるほどなあと思わされる。社員は家族とか、会社に骨を埋めるとか、そういう考え方が昭和にはあったのだろうし。田舎であれば尚更そういう考えにはなるのかもしれないと思った。

加藤さん(奥さん)がペヤング食べている光景、亡くなった曾祖母がオロナミンCを常に自分のベッドの下に持っていたのを思い出した(概ね子どもたちにくれてやるためだったけど)。長谷川さんが田んぼ作業をしている姿がやはり亡き祖父の姿に重なる。農家の男性は大体ああいう格好してたよね。見たことないけど見たことある風景だった。全てが。
lag

lagの感想・評価

4.6
活動する写真。指先は繊細に足元は力強く。人間が歩く背中を追う。水田耕作と川船造り。それほど寄らずに停まって全体を収める。あまり近づくと鍬が危ないし。現実と語りの絶妙な塩梅。時は流れてゆく。

昭和電工と新潟水俣病。合流点と白鳥の群れ。山がちで雨雪の多い土地。青い夜と前から撮る走る車。フィルムがなくなる。恥ずかしいからこちらに目線を合わせず世間話。川で魚釣り上げる。ビールと餅。つぶ入りあんぱんとペヤングソースやきそば。食卓の横で雑魚寝。
方言がきつくて、7~8割方、何を言っているか分からない。
国内版より外国版の方が、字幕で訳される分、海外に内容がダイレクトに伝わるんじゃなかろうか。

水俣病の原因の昭和電工を訴えきれずに、長年にわたる恩を感じているという住民の関係性は、福島の町村と東電のと関係に似ていると思った。

ペヤングがチラッと映るところから始まる口げんかシーンは、面白いが、フレーム外から不意に聞こえる笑い声が、異常に不快感があり、印象に残る。
その不快感から導き出された答え。

ドキュメンタリー映画とは、住民への観察と干渉の反復

ということだった。
ずっと光が当たっていない…とナレーションの直後に、開かずの物置を開けさせたショットを挿し込む編集は笑った。
話の強度はあるが、話の深度はいまいち物足りない。
佐藤真の監督デビュー作だったので、手さぐり的な取材なのかもしれないが、フレデリック・ワイズマン監督と比べて、そう思う。
でも、インターネットがない時代に1400名もの映画製作支援の輪が広がったのはすごい。
>|