まじでおれは世界を知らなすぎるんじゃないか。
小さな小さなコミュニティで生きて、戦争も信仰も芸術も歴史も革命も人も知らないままで死んでいくのを怖いと思った。
チェーホフがサハリンでモスクワでない世界…
映画の中に現実を見るゴダール。作風としては、ゴダールが以前に監督した映画史に近いが、映画史と違うところは、映像や音楽、写真に詩を媒介として、戦争やホロコーストなどの暴力へ批判的な意志を見せていること…
>>続きを読む「言葉は決して言語たりえない」とはいえ、音やイメージの継ぎ接ぎによって恣意的な新しいイメージを再構築することは、もしかしたら暴力なのかもしれないとも感じた(誰に対しての?)。自分が頭の中で描いている…
>>続きを読む多分Filmarksに勧められて視聴。
私にはまだ難し過ぎ太郎だった。。映像と音声の関係は興味を持てたけれど映像の元ネタがわからないのが大問題である。あと字幕がなかったのもまずかったと思われる。タイ…
映画に生きたゴダールが過去の名作のフィルムを原型をとどめないレベルでマッシュアップし繋いでいく。特に音声が乱暴に繋がれるのが気になるのだが、全編に一貫する色彩感覚に溺れた。
特にドーハ編ではゴダール…
私の友人がお気に入りの映画に挙げていたので鑑賞。
正直、全編の90%近くは退屈で眠くなったが、最後の独白は結構感じるところがあった。また元気なときにできたら見返したい。
「勝手にしやがれ」や「はな…
60年代のゴダールはもういない
暴力性が強すぎる
繊細さがない
歳をとると、映画が自由に撮れないものか
例えば、こういう映画を監督がゴダールだからという理由で高く評価し、彼を擁護するようになった…
© Casa Azul Films - Ecran Noir Productions – 2018