ゴダール展と同タイミングにてアンスティチュセ・フランセ(日仏学院)で開催されたフランス映画入門ゴダール編の「ヒア&ゼア」の回へ参加。チケットは完売、満席。(日仏学院さんにはゴダール展の後援に入っても…
>>続きを読む8月のJLG③
“ここ”と“よそ”が、フランスとパレスチナであり、居間でテレビをみる家庭と瓦礫と化した紛争地であり、映像と音であり、〈私〉と他者であるといったことは、数多に説明がされている。
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ゴダールの映画の醍醐味のひとつに音声と映像の乖離があると思うけど、それそのものの倫理的危うさに自分で気づくめちゃくちゃ真面目な語りだった。最終盤とかそんなに言葉にしてもらっちゃっていいんですかってく…
>>続きを読む解説を聞かないと
わからない映画の
筆頭だったかもしれない。
ゴダールにとってのパレスチナ問題は
one of themから始まっている。
現地に6回ほど足を運んでの
その後の紆余曲折がありながらの…
倫理的危機に漸近するヒトラー/ゴルダ・メイアのモンタージュについて、ドゥルーズは二つのイメージの間に《間隙》を導入するような別のイメージを選択しなければならない(間の方法)と指摘する。それに対して、…
>>続きを読む前半少し、寝たり起きたりがあった。
画面や空間に二つのものが並ぶと結合を意識しがちだけど、二つを材料として考えて、二つの間を考える?させる演出手段として、モンタージュを使った?という話しがとても為に…
い(イ)ろ(ロ)は(ハ)に(二)ほ(ホ)というふうに交互に並べ、その進行に同時性をもたせれば、その対照的な配置から醸し出されてくる内容はそれが独立してる場合のAまたはBだけとして持っている内容とは全…
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