ささいな言葉の重みを感じる作品だった。
まずじわじわと、こよみの母親が放った
「逃げる?」
が、ボディーブローのように効いてくる。
そして、行助が元彼に言った
「大丈夫です、ちゃんとやれてます」…
記憶。
視覚、聴覚、味覚、触覚。
記憶はとても美しく、時に残酷。
いい思い出も悪い思い出も鮮明に覚える。
覚えておきたい思い出も、そうでないものも、心の奥底に残るか消えるかはだれも予想できない…
親しくなりきる前の段階で関係性が固定されてしまったふたり。
記憶が毎朝リセットされてしまうから、これから毎日いっしょに過ごしたとしてもこれ以上深い関係にはなれない。
その現実に少しずつ疲弊していく様…
宮下奈都・文藝春秋