滑走路のネタバレレビュー・内容・結末

「滑走路」に投稿されたネタバレ・内容・結末

原作の歌集がとても好きなだけに、期待しすぎてしまったかもしれない。
俳優さんの演技はとても良かった。
ただ、非正規雇用のストーリーが少し薄くなってしまっていた気がする。
途中までどちらが鷹野なのか分からなくする仕掛けはよかった。
厚労省職員と非正規から自死を選んでしまった2人は一見対照的だが、実は過去のいじめの傷から抜け出せずにいるという点では共通している。
20201230
2020年映画納め

3つの時代がシャッフルされていて
ある瞬間、事実にはっとさせられた。

とても重たいテーマを扱いながらも
決して説教臭くならず
悲しい結末であっても
自分(観る人)を肯定してくれる力があったように思う。

・・・・・・・

きみのため
用意されたる
滑走路
きみは翼を
手にすればいい
派手な映画ではないけど、最終的にはそれぞれの登場人物が滑走路から飛び立つ様に前進する姿が良かった

3人の話、繋がるんだろうな〜とまでは予想しつつも、最後綺麗に結び付いてきて、桑村さや香さん素敵な脚本家さんだなと思った
20210111

滑走路・2020
KADOKAWA

よかった
取り扱われているテーマが、多くて、2時間で人生をこれ以上に描ききっている映画があるのか、と感動した。
 萩原慎一郎の詩と感性がずば抜けているのは言うまでもない(はず、読んでいません)なのだけど、それを描き切る監督脚本がほんとうにすごい。言葉以外で何かを伝えるのは、それをほんとうに伝えようと思っている人にしか出来ないと思うから、監督脚本さんがこの作品をどう考えているのか、話を聞いてみたいとすごく思った。
 そして、やっぱりSano ibukiさんは良かった。hisの時と同じく、曲で泣いた。何でこんなにこの映画が伝えたい感情をうまく包み込んで、でも映画内容の単なるリピートにならない伝え方をできるのだろう。
 テーマが沢山盛り込まれている話なのにも関わらず、一つ一つに強弱の差がなく、かといって詰め込みすぎているわけではなくまとまりがある。それぞれの物語に救いはなくて、人が日々浴びているかなしみを敢えて心の底から抉り出して思い出させるかのようなもの。でも、その物語が、「自分以下を見つけて安心する」とかの綺麗でない感情とはまた違う意味で、救いになる。生きていく上でずっと大事にしていきたい映画だなと思った。

 このまま努力し続ければ自分の人生はいつか『正解』になる、と無意識に思ってしまって理想と遠い現状が苦しくなる。
だけど、いつだって人が抱える痛みはその人より一回り大きい。
私たちは誰かをわかりたい受け入れたいと思うけど、お互いに全てを理解することができずに、でも誰かにわかって欲しいと思うことをやめられない。
そうやって苦しみながら生きていく、道半ばでそこから脱落してしまう人もいるし、向き合うことを諦める人もきっといるけど、誰も不正解ではなくて、全部人生で。

 人生に起きる痛みは全て取り払わなきゃいけない、とは思わなくてもいいかもしれないな。そう思わせてくれた映画でした。痛みも抱えて愛おしい人生。
 暇な時に見よう、と思うライトな映画ではないけど、人生の節目や悩んだ時に必ず見返したい映画です。
 観てよかった。やっぱり映画が好きだなぁ

2021年3作目

#映画滑走路
前向きに終わる映画なのか否か、難しいです。人によって違うかも

飛行機は滑走路に乗ると、助走をつけて飛ぶだけですが、それまでには入念なメンテナンスが必要です。
人も同じで、準備時間は違えども、失敗であろうが、挫折であろうが、トラウトであろうが、それらを背負って乗り越えて生きていかなければなりません。多少の傷などは残るのです。
それだけに、翼を手にして飛び立てると思ってたシュンスケの死は心に残ります。
最後が最後であっただけに余計考えます。
考えても自殺した理由は本人にしか分かりません。もしかしたら、本人でさえもはっきりとは分かっていないのかも。

原作の作者萩原慎一郎氏も32歳の若さで自ら命を絶っており、シュンスケ=作者であると思います。
『あなたの子供だから堕したの!』
ここ最近聞いた言葉で、一番パンチのあるセリフだった。
翠と夫は、お互いを尊重しあい、家事も分担で、自立した夫婦という感じ。ただ、翠が夫に相談すると、大体が「どちらでも良いよ、翠の好きなようにすれば良い」と答える。この答え方は、優しさではないなく関心がないのだなと思った。それを薄々感じているが敢えて言わない控えめな感じの水川あさみが良かった。彼女はこういう綺麗な役をやっている方が好き。
途中まで、じんわりとした良い作品だな…と好きな感じだったのだが、中盤から色々腑に落ちない点がちらほら。なんか辻褄が合わない気がする。この前向きなラストがあったのに、その子が数年後にこうなる?本人が苛めを隠していても、委員長で成績が良い子が落とせば教師から呼び出しもあるだろうし、母親も流石に気が付く(気が付いていた描写もあったが。)と思うのだけど。改善されなかっただけなのかな。官僚になった鷹野も、子供の頃の引きこもり体験というトラウマを持ちつつも、頑張って社会復帰したが、精神科に通院しなければならないのに、その原因になった同級生について忘れるもんなの?嫌な記憶として封印してた割には簡単に思い出したってことなのかな?また、カウンセリングのシーンは何かの比喩だったのか、夢だったのか…謎^^;
一番はイラっとしたのが、失業者を支援するNPO代表!省庁に抗議だか陳情にいくのに、資料に記載している失業被害者の事を聞かれて、「◯◯なんじゃないですか〜?」という、ふわっとした適当な認識でよく持って行ったな(°Д°)吃驚したよ。こういう部分も問題提議しているの?
良い作品だったけど、なんか惜しかった。
人に勧められてハードル高めでした。
そのハードルは超えてこなかった印象です。

好きだったのは長回しの1カットで夫婦の亀裂を描いたシーンと、終盤のシュンスケの走り。
他にも拘っているショットが多かった。
シュンスケが鷹野の部屋を訪れたシーンもよかった。二人の関係はそこで一度決壊していたことから、二人のその後の人生を容易に想像できる。
シュンスケの母がビデオを観る姿もよい。ビデオを停めてみても、息子が戻ることはない。

全体的に話が重い。中学生パートでのシュンスケと翠の関係だけが唯一の救い。
いろいろが繋がって最後のシーンに繋がる。
こどもの手からは生命の尊さみたいなものを感じました。
翠の画からガラスが外れて枠から飛び出していたのもよかった。

ただ、家族を作って命がけで守ると誓った鷹野、最後に家族連れで出てくるもんだと思っていたけれど...
そもそも、あれだけ忙しかった彼がほいほい歩き回って面会する時間があるのかも疑問。

また、いじめの後遺症が自死に繋がるという部分をもう少しわかりやすく描いて欲しかった。いじめの内容的に、シュンスケは翠との関係を経て克服したように映っている。シュンスケがタフに見え過ぎる。翠の転校後エスカレートしたのなら、それを示唆する何かが欲しかった。
シュンスケがタフに見えるのがすべての原因か。

翠はなぜあの夫に惹かれて結婚したのか。よい思い出みたいなものを知りたかった。でなければ、なんでこんなやつと結婚したの?という翠へ感情移入する際の障壁が生まれてしまう。最初のやり取り(パートやめてよい、反対したことない)だけだと、弱い。

色々思うところはありましたが、前半に書いたように良ショットが多かったです。
特にラストショット、美しかった。
37歳になった今も、どうも人生に真剣になれない。
未だに、他人事みたいな感覚のまま生きている。

たぶん、昔からなかった。
「どうしてもこれがやりたい」とか、「どうしてもこれが食べたい」とか、「どうしてもここに行きたい」みたいなものが。
だから、「どうしても生きたい」みたいな感覚にもなれないままいる。

どこかのタイミングで、そういう自分を諦めた。というか、受け入れた。
これは、もう変わらないだろう、と。

学生時代は、いつも思っていた。
いつになったら、自分のスイッチが入るんだろうな、と。
スイッチさえ入れば、たぶん結構良いところまでいけると思うんだけどな、と。
分かってなかった。
スイッチは、自分で入れなきゃいけなかったんだ、ということに。
誰かが、あるいは何かが起これば、スイッチが入るもんだと思い込んでいた。

スイッチが入らないまま生きていくってのは、なかなかしんどいものがある。
万年ガス欠みたいなものだ。
たまーに、少量のガソリンを拾って、なんとか騙し騙し動かしているような感じ。
正直、よくここまで自分を動かし続けられているなと思うし、今でも、いつ止まってもおかしくないと思っている。

こういう人が多いのか少ないのか、僕にはよく分からない。
でも、自殺しちゃう人には、きっとこういう感覚の人が多いんじゃないかなと思っている。
恐らく、自殺に至る、直接的なきっかけというのはもちろんあるんだと思う。
けど、そのきっかけだけで自殺してしまうわけじゃない。
万年ガス欠だという状態の方にこそ、たぶん問題がある。

でも、ガス欠状態であることは、なかなか分からない。
何故なら、それでも車は動いているからだ。
道路上で車が止まってしまっているなら、異変には気付ける。
けど、動いている場合、その「騙し騙し」の部分には、なかなか気づけなかったりする。

別に、今僕自身は、自殺に引っ張られそうな感覚はない。
けど、自分が常時ガス欠状態だということは認識しているから、何か具体的で致命的な出来事がポーンと一つ起こったりすると、ちょっとマズイかもなぁ、とは思っている。
そういう自分を、もう長いこと自覚しているから、ヤバくなりそうになる前に、そこに足を踏み入れないようにしている。
予感だけで、逃げようと決めている。
僕の場合は、それぐらいでようやくちょうどいい感じだ。

僕のように、慢性的なガス欠状態を自己認識出来ている人は、大丈夫だと思う。
怖いのは、ガス欠状態を認識出来ていない人だ。
だから僕は、出会う人誰もがガス欠状態かもしれないと思って接するようにしている。

ガス欠状態の人は、自分の調子の悪さには気づいていると思う。
でも、たぶん真面目なんだろう、止まっちゃいけないと思っている。
そして、そう思っているからこそ、僕は、「止まった方がいい」とは言わないようにしている。
外から言われたら、余計止まっちゃいけないと思うだろう。
「止まらないとマズイように見えていること自体がマズイ」と思って、余計無理する可能性もある。
だから、「止まった方がいい」と口には出さないまま、止まってもいいような雰囲気を醸し出せるようにしているつもりだ。

うまくいっているかは、分からない。
分からないけど、僕はそんな風に振る舞うようにしている。

内容に入ろうと思います。
悲しみを漂わせる、3つの物語が、同時に描かれていく。
いじめられている幼馴染をかばったせいで、自分が標的になってしまった学級委員長。彼は、シングルマザーの母に心配を掛けたくないと、いじめられている事実をひた隠しにする。同級生で、陰ながら味方してくれる天野と、彼女が描いた絵をきっかけに話すようになっていく。
厚生労働省で働く鷹野は、毎日の激務のせいで不眠症になりながらも、働き方改革の事務作業に懸命になっている。そんな中、過労死に携わるNPOから、過労死で亡くなった者たちのプロフィール付きの資料を受け取る。鷹野はNPOの事務所に出向き、同い年だった男性のことを知りたいと申し出る。過労死を防ぐ法案のために、彼らの死を実感したいのだ、と。
切り絵作家として少しずつ知名度が上がりつつある翠は、高校で美術教師をしている夫と二人暮らし。夫は、「翠はどうしたいの?」と、常に意見を尊重してくれる。友人との会話から、年齢的にも子供のことを考えなければならないと思い、夫に相談するが、ここでも「翠はどうしたいの?」と聞かれ、感覚的なすれ違いを覚える。
3つの人生は、やがて交錯する。

シンプルな感想にはなかなか収斂しないのだけど、観て良かったなぁ、と思う。
現代的なテーマを扱いながら、ストレートに問題や解決策を提示するわけではなく、捉え方次第でいかようにも受け取ることが出来る映画で、観る人によって誰の視点を重視するかは変わるだろう。

一応主人公としては、学級委員長、鷹野、翠ということになるだろうが、この三人以外にも奥行きのある物語が用意されている。厚生労働省のパートでは、やはり鷹野が中心にはなるが、「厚生労働省という職場環境」というものがもう一つの捉え方の軸になるだろう。官僚がどのぐらい激務なのか、僕は実感としては知らないが、「過労死対策を講じるべき厚生労働省が最も過労死に近い職場である」という、笑えない冗談みたいな設定に共感してしまう人はいるのではないかと思う。学校のパートでは、天野の存在が非常に良かった。冒頭でダラダラと書いたような、「止まれと言わずに、止まっていいという雰囲気を醸し出す」というのに一番近いのが、天野だと思う。学級委員長の天野への扱いがちょっと可哀想だなと感じる部分もあって、全面的に天野の存在を肯定してしまうことも抵抗はあるけど(伝わるとは思うけど、これは天野を否定しているわけではない)、僕の学生時代にも、天野みたいな人がいたら良かったなぁと思う。翠のパートでは、やはり夫の存在が印象的だ。この夫に感情移入して見てしまう人も、結構いるんじゃないだろうか。

映画を観ながら考えていたことは、「ただ存在することの難しさ」だ。

なんでこんな難しいかね。

誰も傷つけようと思っていない、誰にも害をなそうと思っていない存在が、他者から痛めつけられたり、いつのまにか誰かを傷つけていたりする。どうしてそういうことになるかなぁ、といつも思う。そこに悪意が存在するなら、排除されてしかるべきだ。でも、ただそこにいるということが、これほど難しい理由は、僕にはまだ良くわからない。

映画の中である人物が、「こんな時代に生まれて、幸せに生きられるのかな」みたいなことを言う。それに対する返答がこうだ。

【どんな世の中だって、傷つかずに生きていくなんて無理だよ。傷付いて翼が折られても、誰かに否定されるような人生なんか、ないんじゃない?】

この発言をする人物も、色々と思い悩み、ようやくこの考えにたどり着いている。だから、彼女の言葉を否定したいわけじゃない。まあそうだよな、と思う。

それでも、と思う。僕の中にはまだ、諦めてしまいたくないという感覚がある。

誰もが傷つかずに生きていける世の中が、成立してもいいんじゃないか、と。
いじめ、非正規雇用、失業、生まれ持った才能、災害…本当に生き辛いこんな世界で生きることが幸せなのか?

でもこの地球で人間が二人以上いればそういう苦難は絶対に存在するわけで、どんな世の中だろうと絶望することもあるし幸福なこともある…的な?

「見えない目撃者」でおなじみの浅香航大が演じるいろいろとギリギリな主人公の鷹野が夢の中でうなされるシーンの、ズームアウトしていくと異様に何もなさそうな空間が広がる精神科医の部屋や誰もいないペデストリアンデッキで遠くのほうで人が飛び降りるというギョっとするような画が印象に残ったものの、

基本的には水川あさみ演じる翠周辺の上のようなメッセージ性というイメージだったんだけど、

この映画の大事なところは劇中の三人目の主人公のシュンスケが原作の「歌集 滑走路」の著者である萩原慎一郎さんを投影するようなキャラクターになっていて、むしろ萩原慎一郎さん自身をモデルにして映画化したというような感じで、

この映画を観て経緯を調べて原作の歌集を読み、なんだかこの映画がどうしても心に残ってしまう作品になった。
【これだけのテーマとキャストでなぜ?】

キャストはなかなかに玄人好みする感じ。
水橋研二さんや坂井真紀さん。
池内万作さんはお父さんに横顔が似てきたなぁ。
で!!染谷将太さんがどこに出ていたか誰か教えてほしい。
なぜなら私が六割寝てしまったから・・・。
あと、水川あさみさんが最近観る邦画全てと言っても過言ではないほどよく出てるのだが、なんで?

そんなわけで、おさらい。
あの、夫婦の家はなんであんなに揺れるんですか?
ビートルズとか水色ってなんですか?
いじめのシーン微妙すぎませんか?

自ら命を断った作者の歌集のオリジナルストーリーとの事でもっとヒリヒリするような描写が欲しかったなぁ。
好みの問題か。
テーマは良かった気がするんだけど。
あと翠の子供の頃から自ら運命を切り拓いていく感じも良かったんだけど、とにかく諸々残念だし、謎が多かったな。
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