君が世界のはじまりのネタバレレビュー・内容・結末

「君が世界のはじまり」に投稿されたネタバレ・内容・結末

ひとりきりのシアターで特別感とちょっとした恐怖感を感じながら観れた〜!

何事もみんな隣り合わせで、人との出会いっていちいちめちゃくちゃ重要だ、、。
松本穂香ちゃんの演技好き〜!空気感が縁って感じでぴったりだった。5人の演奏シーンは心から楽しそうでかわいかった。
終始大地くんっっー!!!って思いながら観た。業平役の俳優さんが歌い出したとき、声良!?!って思って、後から調べたらボーカルの方だった演技も良かったすごい、、。観終わった瞬間、なんか強くなれた気がした。それからブルーハーツの「人にやさしく」をずっと聴いてる(NITRODAYのカバーも!)

何回思い出しても縁(松本穂香ちゃん)のエンドロールでのアカペラからの「がんばれ」が良すぎていまだにどきどき…。ひとりきりのシアターだった故に業平の「がんばれ」も縁の「がんばれ」も自分だけに届けられたような気持ちになれてどきどき…。
「えん」の部分と思われるパートはわりと好きだったけど「ブルーハーツ…」の部分と思われるパートは全っっっっっ然好きじゃなかった

正直つまんねてなるところすごく沢山ある
悪い意味でかゆい系ださい系邦画っぽい演出が冒頭からガンガン畳みかけてきてウワーて思ったし、2つの話のマッシュアップだから2つクライマックスがあって1個めのクライマックスの後がやたら冗長に感じるし、ジュンの「お父ちゃんがお母ちゃんの居場所を奪った」みたいな言い分全く納得できない

はずなんだけど最後の最後甲斐翔真と松本穂香の「同じ女に惚れたもん同士の連帯」叩きつけられてそれがツボにブッ刺さったのでちょっと好きと言わざるを得ない感じになった悔しい
モエてしまったんだよな

でもスマホを使う世代の高校生にブルーハーツを歌わせた大人が落ちる地獄はあると思う
「君が世界のはじまり」my name is yours.と最後に表示されてから、エンドロールが始まるのですが、そこで松本穂香さん演じる主人公、
えん=ゆかり、の心情がストンと腑に落ちた。

縁(ゆかり/えん)を、
「えん」って呼ぶのは琴子(中田青渚さん)だけでいい、琴子「だけ」がいいのだね。

多分だけど、えんは琴子が好き。

だから「 君が世界のはじまり my name is yours」なのだねタイトルが。

深い。ふくだももこ監督もさすがだし、2つの短編小説を1つの脚本にした向井康介さん凄いよ。

ふくだももこ監督らしさがギュと詰まってて素敵でした…

松本穂香さんが繊細な表情の演技で主演。
業平役の小室ぺいくん、かなり凄い才能か!?

金子大地 くんも光ってました。
中田青渚 さんを初めて認識。

片山友希 さんは「俺スカ」の、
のぶおの娘の糸ちゃん役の人だね…

エンドロールは全編、伴奏なしで松本穂香さんがアカペラで歌う、
ブルーハーツの「人にやさしく」
かなり希少な物を聴いたのかも…
映画の中の君が何よりも輝いているおはなし。


それぞれの家庭事情が投影された、青春の一幕がまぁ面白かった。
一人一人の個性が爆発する中で、ちょっと臭くて甘酸っぱくしかし心地好いときもあれば、どうにもならないほど烈しく躍動したいときもある。
やっぱり青春っていい。

さらに、その町の全てが詰まっていた商業施設で、全てが解決に導かれていくのも面白かった。
その中で東京野郎がその台詞をもって解決のヒントを与える天使の役割を担っていたことは、すごく残念だったけど。(彼だってみんなと同じく、十分に未熟であったろうに。)

まぁしかし、伝えたかったその一言にはかなり痺れた。やっぱりブルーハーツは最高だ。そしてブルーハーツを使った『君が世界のはじまり』も、最高だ。
テアトル、りか

恋と愛の話だった。

縁が琴子のこと好きってとこに繋がる、純の友達カプの伏線が好きすぎる。

始まりはパトカーと高校生が父親殺害のニュースで不穏だけど、最後は登場人物みんなホワイトで綺麗に纏まってるなあと思った。

ベルモだったのがめちゃ地元感あふれてて、関西弁とのアンバランスさに戸惑う。(映画に入り込めなかった感)

業平が縁と最初会ったときに、琴子が縁の話ばっかりするってとこ、縁が琴子に好意抱いてるの分かった上で思い返すと、縁の嬉しい気持ちと琴子が業平のこと好きって分かってる気持ちの複雑さが刺さる。
そのあと業平とデート行った琴子が、面白くなかった(緊張してお腹痛いし、ヒールで足痛いし、業平は縁のはなしばっかりするし)て話するところも、縁としては複雑なんだろなと思う。

琴子はあくまで男の子が恋愛対象で、それをわかってる縁が琴子の1番近くキープしてるってところ、もう普通の片想いすぎて尊い。叶わないって分かってて、関係壊したくなくてそうしてるみたいな。

叶わないて意味で言うとりお(?)と純の仲もまさにそれで、岡田が琴子好きなのも業平が縁好きなのも、片思いの映画すぎる。
片思い描いた甘酸っぱい青春映画ってだけじゃなくて、家族の話絡めてリアリティ(ありきたりな言葉だけど十代の葛藤みたいな)増してるの好き。

ブルーハーツ聞こうと思った。
いやー、思いがけず、メチャクチャ良い映画だった!正直、まったく期待してなかったから、思いがけない掘り出し物だった。


自分の力ではどうにも出来ないことって、世の中にはある。正直、今の世の中なら、お金を出したりテクノロジーを駆使したりすれば解決することは多い。容姿は整形できる。性別も変えられるし、性別を変えずともマイノリティのまま受け入れられる余地は少しずつ出てきた。先天的な病気に関しても、遺伝子治療が可能性を広げているし、障害は様々なテクノロジーでクリア出来る場合もある。

それでも、家族とか出生とかは、自分の力ではどうにも変えられない。これは、「家族」や「出生」というものの概念の方が根本的に変わらない限り、変化はないだろう。たとえば将来的に、「子供を産む」という行為が工場で管理されるようになり、「産んだ人=子供にとって最も重要な人」という概念が崩れるかもしれない。しかし、そういう激変でもない限り、家族や出生は、これからも人々を悩ませ続けるだろう。

両親が離婚していないか、借金など抱えていないか、子供を愛せる人か、ギャンブルやお酒に依存してしまう人か、将来的にリストラされてしまう人か、浮気する人か。都会に根を下ろしているか、地方に根を下ろしているか。こういうことは、子供にはどうにもならない。選択権はそもそも存在しない。強制的に、生まれてきてしまったその環境を、全面的に享受する以外にない。

本当にそれは、残酷なことだなぁ、といつも思う。僕自身は、一般的に見て酷い環境に生まれ育ったわけではないから、僕自身の実感として存在する感覚ではないのだけど、様々な環境で生きてきた人の話を見聞きする度に、そう感じる。

僕は、結婚をするつもりもなければ、子供を育てたいとも思っていない。僕にはどちらも、絶望的に向いてないと思っている。という話をすると、たまにこういうことを言われる。

「でもさ、向いてるかどうかなんてさ、やってみないと分かんないじゃん。だから、そういう機会があったら、一回やってみたらいいんじゃない?」

こういうことを言われる時、僕は内心苛立っている。それは、「そんなこと、お前が勝手に決めるんじゃねぇよ」というような苛立ちではない。そうではなくて、「そういう発想の人がたくさんいるから、辛い子供が世の中に山程いるんじゃないか?」と思ってしまうからだ。

一応、そういう意見を僕に言う人への擁護も書いておくと、そういう人は、「子供と接すれば誰だってその可愛さを理解できるし、そのチャンスを経験もしないで放棄するのはもったいない」という、非常にポジティブな気持ちで言っている。そのことは、もちろん理解している。僕ももちろん、そう信じられるならそう信じたい気持ちはある。今僕は、結婚していないし、子供と接する機会があってもそれは自分の子供じゃないから興味が持てないだけなんだ、と。

でも、そう信じるのは無理だ。何故なら、世の中には、虐待やネグレクトをする親がたくさんいるし、そこまで酷くなくても、子供目線で「とても良い親とは思えない」というような大人がたくさんいることを知っているからだ。そういう存在がごくごく僅かなのであれば、僕だって信じられるだろう。自分の子供じゃないから可愛いと思えないだけなんだ、とか。でも、あらゆる自治体に児童相談所があって、そしてそこの業務の手が回らないくらいの状況にあるということは、世の中には虐待やネグレクトがはびこっているし、であれば、児童相談所が担当する案件ではないレベルの問題はさらにたくさん起こっている、ということになるだろう。

世の中がそんな状態で、どうやったら信じられるだろう。自分に子供が出来たら、きっと愛せるはずだ、などと。

僕は正直、子供を育ててはいけない人というのはいると思う。そして、僕自身はそちら側に分類されると思っている。その自覚が正しいかどうかはともかくとして、問題は、「子育てをしてはいけないタイプの人なのに、子供を持つまでそのことに気づかない」という状況ではないか。そしてその根底には、先程のような、「自分の子供だったら可愛いって思えるって」とか「向いてるかなんて分かんないんだからやってみたらいいよ」というような楽観的な考え方なんだと思う。

人生の大半のことは、失敗したっていいし、放棄したっていいと思う。失敗を恐れていたらチャレンジは出来ないし、自分ひとりが何かを放棄したって、それなりに世の中は回っていくものだ。でも、子育てに関しては、失敗はともかく、放棄はしてはいけないと思う。新しい命をこの世に誕生させるということの重みは、どれだけ重く捉えても重すぎない。絶対に放棄してはいけないし、可能な限り子供に不快ではない環境を与え続けなければダメだと思う。

【自分だけ自由になりたいなんて、そんなんで人に優しくできるのかな?】

子供の頃にこんな風に感じてしまう、その経験そのものを否定するつもりはない。そういう痛みが、大人になった時に大きな何かに変わるかもしれない。だとしても、こんなこと、子供に思わせない人生の方が、絶対にいい。

内容に入ろうと思います。
高校生の縁(ゆかり)は、校内随一の優等生だが、いつもつるんでいるのは、テストでクラス最低点を取り、スカートの長さを指導する教師に暴言を吐き、授業をさぼってタバコを吸う問題児・琴子だ。琴子は感情をストレートに出し、騒いだり叫んだり笑ったりと大忙しで、縁とは真逆の性格なのだけど、二人はいつも一緒にいる。琴子は縁のことをいつも「エン」と呼んでいる。
同じ高校に通う純は、学校に友達はいるけど、なんとなくいつも時間を持て余している感じで、家に帰りたくなくて寄っている地元のショッピングモール「Bell Mall」に入り浸り、イライラが頂点に達しそうになると、ブルーハーツの「人にやさしく」を聴く。ある日彼女は、ショッピングモール屋上の駐車場の車の中で、同級生の男子がキスしているのを見かける。聞けば、父親の再婚相手である母親だという。二人はお互いのことをよく知らなかったけど、時々セックスをするようになり、また、ショッピングモールの地下で働く母親が裏口から入るのを見たことがあるとかで、閉館後のショッピングモールに忍び込んだりする。
立入禁止の場所でタバコを吸っていた琴子と、一緒にいた縁は、その建物で一人の男子生徒に遭遇する。泣いていた。そして、彼が立ち去ったあと、琴子は決意をする。その時付き合っていた8人目の彼氏と別れ、後に業平くんだと名前が判明したその彼を追いかけることになる…。
というような話です。

自分で書いておきながら、この内容紹介だと、なんとなく「キラキラした学園モノ」って感じになっちゃうなぁ、と思う。でも、実はこの点がこの作品の肝かな、とも思っている。映画全体は、正直、ハッピーオーラに包まれているわけではなく、全体的には暗めのトーンで進んでいく。冒頭こそ、「マンガ原作を映画化した作品」みたいな楽しげなテンションで進んでいくけど、途中から、画面全体に微妙にモヤがかかったみたいな、絶妙などんより感がにじみ出てくる。

ただ、この作品の場合、「キラキラ感の残滓」みたいなものもちゃんとあって、それで全体的にバランスが取れているような感じが凄くする。どういう部分から「キラキラの残滓」を感じるのかというのはうまく説明できないのだけど、絶妙などんより感の中に、僅かにキラキラの残滓を感じることで、僕のような37歳のオッサンでも良いって思えるような映画に仕上がっていると感じる。

その「キラキラの残滓」の一翼を担っていうのが、琴子だろう。琴子はマジでめちゃくちゃ好きなキャラだった。はっきり言って、近くにいて関わったら、ちょっと疲れそう。でも、ずっと遠目で見ていたいなぁ、というような吸引力がある。校内一のモテ男である岡田が琴子を見て、「あの人って、なんかちゃうよなぁ」とボソって言う場面があるんだけど、メッチャわかると思った。なんというか、何かのラインをひらりと飛び越えているような軽やかさがあって、凄く羨ましい。もちろん彼女にも、自分では振りほどけない重りみたいなものがあって、その軽やかさは、苛立ちとかどうにもならなさみたいなものを原動力にしているのかもしれないけど、それでも、目の前のくだらないつまらないやってらんない日常を、軽やかに舞っている感じは凄くいいなぁ、と思う。

この感想の冒頭で、家族とか出生の話をあれこれ書いたけど、映画の中でそれらはさほど明確には描かれない。それぞれみんな個別に色々あるんだけど、それらはなんとなく想像できるという程度にしか描かれないので、具体的にどういう状況なのかということがはっきり分かるわけではない。それらはこの映画の中心にあるわけではないのだけど、でもやっぱり、家族や出生が違っていたら、こういう高校生・高校生活にはなっていないんだろうな、という風に感じさせられる世界観で、物語においては無視できない要素になっている。

その中で、かなり屈折していると感じるのは縁だ。というのも、縁だけは、家族や出生の悩みが皆無だからだ。縁の家族についてはちょっと描かれるだけだが、広い家に住み、家族の仲が良く、縁自身も成績優秀だ。しかし、そのことは逆に、彼女にとっての重しになっている。具体的にそう描写される場面はないと思うけど、僕はそう感じた。

というのは、周りの人の苦労を知ってしまうからだ。家族や出生に問題を抱えている人のことを見てしまうからだ。そういう時、縁は、何も言えなくなってしまう。自分が、苦労している側ではないから、何を言っても言葉だけの、上辺だけのものになってしまうと彼女自身が感じてしまう。

映画の中で、教師が生徒に向かって、こんなことを言う場面がある。「お前たちが日々辛い環境にいることは先生知ってる。全部分かってる」。でも、泣きながらそう言う教師の言葉は、生徒にはまったく響いていないし、白けている。まあそうだろう。そして縁は、そういう立場に、つまり、自分が何も分かっていないのに分かっている側になりたくない、と感じているんじゃないかと思う。

37歳のオッサンがこんなことを言っても説得力はないけど、この映画ではそういう、「些細な言動でも致命的な何かが伝わってしまうことが分かっている世代」を、実に見事に描いている気がする。SNSの時代というのは、「自分の言動が誰にどんな風に受け止められ、どんな風に評価されているか見えてしまう時代」だ。そして、デジタルネイティブ世代は、子供の頃からそういう環境にいるからこそ、自分が何をどう言ったら相手にどう伝わってしまうかを理解しているし、だからこそ「言わない」という選択をする世代でもある。そういう感じが、凄く良かった。

純のキャラクターも、とても良かった。琴子ほど破天荒ではないし、琴子のように感情を爆発させるキャラクターでもなくて、琴子より純は、一般的な女子高生の感じに近いんだろうと思う。表向きには「どこにでもいるような女の子」風でありつつ、表に出せない鬱屈感みたいなものをいつも抱えていて、その放出先を求めている。そういう、何かの拍子に爆発してしまうんじゃないかというようなギリギリ感が凄く出ていて、純も凄く良かった。

劇中では、主要な登場人物たちは皆、テンションの低い、温度をあまり感じさせない喋り方をしていて、それも僕の好みにとても合ってた。基本的に、学校内でのシーンは少ない。学校で見せている「表向きの自分」を脱ぎ捨てたみたいな雰囲気が、その喋り方からにじみ出ている感じがした。また、彼らが集まるショッピングモール「Bell Mall」が近い内に閉店するということが決まっているという設定で、その「Bell Mall」内の場面が多かったことも、彼らの抱えているマイナスの部分が強調されているようで良かったなと思う。

とにかく、メチャクチャ好きな映画だったなぁ。正直、この感じのテンションの映像なら、6時間ぐらい続けてくれても見続けられる気がする。物語らしい物語が起こらなくても、主人公たちの日常が描かれていれば、全然見れちゃう気がするなぁ。というぐらい、ストーリーも良かったけど、それ以上に登場人物が凄く良かった。また、エンドロールは、主演の松本穂香が「人にやさしく」をアカペラで歌っていて、これもまたとてもよかった。ホント、全然期待してなかったんだけど、見て良かった~
点数をつけられない自分の中で不安定な形容し難い映画。

退屈な田舎で生きる高校生たちの鬱屈と刹那と爆発。

ショッピングモールでの「人にやさしく」が今までの苦悩や鬱屈を一気に爆発させててすごく気持ち良かった。
その後の純と伊尾のキスも形容できない幸せを感じた。

高校生にも殺人犯にも観客にも全ての人へ
「ガンバレ」は送られる。
誰もが誰かの世界のはじまり。

女優陣の魅力が最大限に引き出されていたと思う。
副題も素晴らしい。「えん」は永遠に琴子だけのもの。
最っ高。
良さそう〜って思ってた何倍も良かったです。まず、THE BLUE HEARTSが好きだから、全てのもやもやとじめじめと葛藤と悩みとなんかどろどろしたもの全てを、10代の、おっさんの、おばさんの、邦画たる邦画の暗さの全てを、吹き飛ばす歌の、甲本さんの声の力に圧倒されました。
くじけそうになるから、がんばれ―。業平くんが歌の合間で言った「がんばれ」に、犯した罪の加害を「バカなんだよ」で終わらせない、「がんばれ」に、心が救われました。
「不法侵入ですか?」「ええよ、帰り」と言った大人に自分はなれるだろうか。
それにしても、琴子のまっすぐぶれない眩しさがすごい。この子はちがうって私も岡田くんと同じで思います。
ブッ刺さった。痛いし、苦いし、全部溢れてくるし、でもめちゃくちゃ綺麗なんだよな、

「僕のヒーローは縁さんだよ」
「業平くんは優しいね、でもそれって寂しいよ」
「やっぱり琴子は綺麗やなぁ」
「傷つけたいの」
「僕はやさしくしたい」

全部見覚えのある感情で思い出す景色があるな
人にやさしくはよく聴いていた。純がモールで聴いていたみたいに頭振って、その時はどこか行けた。お好み焼きは実家で週一で食べてた。
縁ちゃんの家族と縁ちゃんを見ている時の業平くんの気持ちがわかる気がした。
縁ちゃんの気持ちに気がつかなかったから業平くんとの会話で「、あ、あ、そういうことか」ってなった。たしかにそれはボロ負けやなぁ。縁ちゃん最後のシーン、愛しいって顔と声してたよ。
あの頃の自分や今の自分があの中にいたからこんなに刺さって抜けないんだけども、出来ることなら分からずにいたかったよって思ってしまうんだよなぁ
ヒーローはいて、そのヒーローにもヒーローがいたりして、君が世界のはじまりっていいタイトルだな。
君が、世界のはじまり。

私邦画の青春ものが好きなんすかねってなった。
喫煙シーンがあるのいいね〜〜ってなる。
人にやさしくはショッピングモールの純ちゃんのシーンだけで、みんなで演奏するのとか最後は別の曲でも良かったかもしれない。
まあめちゃくちゃ好き。今までで1番かも。
冒頭シーケンスで、はいはい「岡崎京子」ね。などと思っていたが、単なる『リバーズ・エッジ』のエピゴーネンではなく「殺さなかった高校生」の話であったことに感心した。物語内の大きな関心事の一つはもちろん恋愛問題なのだが、「君が世界」ではなく「君が世界のはじまり」であるという態度にも同意できる。(ありきたりな設定、結末であるという指摘も理解できるし、今後ますますありきたりになっていくだろうとも思う。)

男子高校生の主要登場人物が揃って「サッカー部系男子」(適切ではない表現ですが。顔の造形が、などという話ではなく髪型や服装についてです。) であり、「監督が男子高校生として承認しているのはこのようなタイプの人物だけなのではないか」などと勝手に不信感を広げてしまう(ポスター画像の1, 3, 4段目に写っている男性、全員別の登場人物なんですよ!)。女性の観客が男性監督/脚本家/演出家etcの作品に対して同様の不信感、嫌悪感を持つことも少なからずあるのだろう。私は、岡田君の後ろ、縁さんの隣の席のメガネをかけた男子のことも気になったし、喋っているところを見たかったです。

ブルーハーツ曲関連のくだりは「『気が狂いそう』と検索して初めてブルーハーツの曲を聴く」だけでいいのではないでしょうか。恥ずかしくなってしまうので。(なぜ、まるで演出家に指示されたかのようなタイミングで『キスしてほしい』を聴いている!)(エンドロールの最後のガンバレッはなんだ!)
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