Eggs 選ばれたい私たちの作品情報・感想・評価・動画配信

「Eggs 選ばれたい私たち」に投稿された感想・評価

エッグドナーの話じゃなくなってるのは残念として、「選ばれる側」としての被害者性が持つ欺瞞をどこまで意識しているのか気になった。

確かに謎の30歳ラインとか、女性であることの肉体的、社会的生きづらさはわかるけど、
「選ばれない私」に対して、じゃあ俺と結婚しようってなったら断るんでしょ。てか通報するんでしょ。

選ばれたい(ただしイケメンに限る)という、実は選択する側、選択できる側にいる状況はそんなに悪くないよ。

それが同性愛のあたりの描写なんだろうか。選ばれたいけど、誰でもいいわけじゃないみたいな。(向こうとしても同性なら誰でもいいわけじゃない)
であれば、私のようなブサイクキモヲタおっさんに言い寄られて拒絶する話にすれば良かったのに。
毎月のこともそれは選択して「捨ててる」わけで。

今の恵まれた日本では、日々、何を食べるか、どんな仕事をするのか、どんな映画を観るか、などなどいろんな選択をして、誰しも選択肢を捨てながら生きていると思うので、なんだかんだで幸せなんだと思うけど。


あと、親に報告するしない(なぜか母親限定)は、親関係なくねっていう、よくわからない呪いにかかってる気もするし、
「斬新な映像」、「タブーに挑戦」も逆に既存の映像表現に囚われてる気もするし、
生卵を使った表現も、あれだけやられたらセリフで言われてるのと同じぐらいの圧だし、

テーマとして殻を破ろうって話なのに、とっても窮屈な映画の印象だった。
づっか

づっかの感想・評価

3.0
なんか微妙…
エッグドナーってのがあるのを知った
エッグドナーの話で自分は産みたくないけど子孫は残したい純子とレズビアンの葵がドナー会場で偶然再会して同居しながら向き合っていく

2022年44作品目
あおい

あおいの感想・評価

3.8
観て良かったと思うし好きかもしれない。純子と共通点が多くて自分と重ねて気付いたら涙を流していた。
気付かされた部分もある。
だけどもやもやが残っている。

私は「産みたくない」し「残したくもない」。
でも産みたい気持ちも否定しないし、作中の2人の産みたくないけど残したいって気持ちも否定したくない。だけど2人がそう思うまでの背景や理由を知りたかったしこれだったら、わざわざエッグドナーも扱う必要はあったのだろうか…

ただ、エッグドナーとか以外にも気づきがあった。自分の足枷を解いてくれた特別な作品。
私はこの作品好きだよ。心の拠り所として大切に閉まっておきたい。
長くなりそうだから終わり。
ゃ

ゃの感想・評価

3.0

このレビューはネタバレを含みます

この映画の「産みたくないけど、残したい」というテーマが気になって観に行きました
独身主義の女とその従姉妹(ビアン)がエッグドナーの説明会で偶然出会うところから始まるお話です

感想としては「薄いな」ですね
なんで「産みたくない」なのか、なんで「それでも残したい」なのか、たどり着くゴールは同じでもセクシャリティだったり価値観、環境の違いから生まれる、そこに至るまでの思考プロセスの差が描写されることを期待していたら、結局両者とも「生理ってしんどいしお金かかるし、これって子供産まないと無駄だよね!自分の子供残して女性としての役割を全うしないと」だったのががっかりというか……せっかくの2人の設定が全く活きてないぞと思ったし、「産みたくない」の理由にもなってないなと。
異性との交際、性行為、妊娠出産、という所謂「一般の子作り」の過程を飛ばしてただ自分の遺伝子を取り出し人間を生み出すことができるエッグドナーというものに執着した理由がそれぞれの立場から描かれていたらもっと感情移入できたかと。エッグドナーという題材はとても良かったが、「選ばれたい」に重みが欲しかった。
多様性とかいう便利な言葉があふれ、見えない枠組みがふえただけのようにも感じる。
なんでもカテゴライズしてしまう社会。

エッグドナーの登録会で出会い、同居することになる主人公の2人が、それぞれの軸足から見る自からを取り巻く社会を描く。社会の常識という見えない枠組みからの差別、偏見、遠慮。

エッグドナーに、そして社会に選ばれたいと願いながら、それに縛られていく2人が、誰のものでもない自分自身の人生を歩き出すことができるのか。

常識とか現実とか将来とかを前にして、自分はどうなんだ、どうしたい、どうありたいとスクリーンから問いかけられるような映画だった。
どらみ

どらみの感想・評価

3.8
ジェンダー、結婚、子供…
女性故に年齢で縛られるリミット
マイノリティー側が差別に過敏になり過ぎて起きる人間関係の軋み
29歳だった川崎監督が自分や周りを見て感じていたこと
選ばれる生き方を辞めて
自分の心に忠実に自分で選択する生き方を
優しく後押ししてくれる
女性たちよ、しなやかにしたたかに生きていきましょう
映画の完成度としてどうこうと言う気にはあまりなれない。
あるいは、テーマとしての着地の是非を問えるほど知識や理解が追いついていない部分もある。というぐらい、「見たことない」「聞いたことない」「知らない」話題・テーマが多かった。それらをしっかり受け止める。自分にできるのはそこからだと思う。
ぼさー

ぼさーの感想・評価

3.0
たいていジャケ買い的にメインビジュアルの良し悪しで観る映画を決めているので、気にしてなかったが女性来場者が多く女性に向けたメッセージ性のある作品だったようだ。

生理や出産など女性特有の身体機能を通して20〜30代女性の目で家族観や人生観、性を見つめる内容。

古い家族観を否定した生き方を志向しながら古い家族観に縛られ、典型的な言動をする女性二人の話であり、現代において共感できない思考や言動が多かった。それゆえ観賞後はもやもやが残った。

上映後に川崎僚監督、主演の川合空さん、出演の森累珠さんと荒木めぐみさんの4人の女性によるオンライントークショーがあった。川合空さんが、タイトルに「選ばれたい私たち」とあるものの、選ばれるという考え方をやめて自分の価値基準で自ら人生を選んでほしいというようなことを言っていて、監督も頷いていた。

つまり「選ばれたい私たち」という思考への警鐘であり、自分の手で自身の問題を解決して自立する思考を持とうというコンセプトだったようだ。トークショーでそのことが理解できて、もやもやが晴れた。
KAN坊

KAN坊の感想・評価

1.0
渋谷アップリンクで『Eggs〜選ばれたい私たち〜』を鑑賞してきました。

正直言って薄っぺらい!!!
60分じゃなきゃ見てられない映画。。
エッグドナーというセンシティブなテーマを扱った作品でアップリンクの予告編を見てこれは面白そうだなって思って鑑賞。

話題性はたしかにあったけどなんにせよストーリーが貧弱。
この映画はエッグドナーの何を伝えたかったのかまるで分からなかったしともすればエッグドナーに対する偏見や差別を助長してしまうのでは?と感じた。

まずレズビアンのアオイ。
随所で感じるアオイのレズビアンで社会から認められない。差別の目で見られることに対しての不満や愚痴。
それに対しては日本の現状を考えると世界的に見てLGBTの理解が遅れている日本ならではだと感じるけどそれを裏付けるためのいわゆる差別的な視点を持った登場人物がいないというところがこの映画でアオイがレズビアンの役であるということの意味合いやキャラクターとしての薄さを感じてしまう。
ただ『私は社会から認められないんだー』
『この社会に不満を持っているんだー』というすごい自分勝手的なキャラクターとして描かれているのが非常にもったいない。
つまりアオイは別にレズビアンじゃなくてもいいし純子と同じ独身主義の女性として描いたほうがまだ物語的に面白さは増す。
レズビアンの描写があまりにも薄いからこれ当事者から文句が出るのでは??

現状の日本ではLGBTへの理解が進んでいない分アオイのキャラクターを見てると『LGBTの人ってただ文句言っているだけじゃん』って思われかねない。
非常に危険だと思います。

独身主義の純子に関しても
『結婚とか出産とか興味ない』『男なんてクソ喰らえ』みたいなセリフがあるけれど映画を見ていくうちに純子の感情の変化があってエッグドナーに選ばれたい。
そしてその子どもを見たいという気持ちが湧いてくる。
登場人物の心情の変化や成長を映画で描くのは良いことではあるけれどこの映画の根本であるエッグドナーというテーマへの描写が薄いからただ純子はフラフラした人間にしか見えなくなってしまう。

純子とアオイが二人で遊んでいるシーンのセリフ回しは薄っぺらいフェミニストの活動家まがいなセリフのようで呆れてしまう。

ただ、唯一良いなと思った点は女性の身体の描いた描写(生理の時のナプキンを貼るシーンやトイレで血が流れる描写)に関しては
男性へ女性の理解を促すということに関してはこんなシーンはあまりないし挑戦的だなって感じたしアオイと純子が生理に対して一言『ムダ』と言うセリフ女性の本音なのではないかなということを感じた。
これは『SEASONS OF WOMAN』等で徹底して女性を描いてきた川崎僚監督ならではなと感じた。

ただ!前述したようにエッグドナー、LGBT、結婚、出産に関しての表現が薄っぺらいのでエッグドナーというセンシティブな話題を扱った映画としては目も当てられなくなってる。

渋谷のアップリンク、新宿のテアトルで流すのではなく
小学校、中学校の保健体育の授業で体育館で流すには良い教材ではあるなと感じました。

以上です。
中村佑子『マザリング』を読む上でも見ておきたい一本。

ひとつ苦言を呈すと、副題や、主人公が友人へ向けた「○○は社会に選ばれてていいよね」というセリフ。
「選ばれたい」ではなく、「選ぶ」へ歩んでいくことはできないのだろうか
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