ナサリンの作品情報・感想・評価

「ナサリン」に投稿された感想・評価

K2

K2の感想・評価

3.9
いいように扱われたり無理解によって無下にされる神父の信仰心。

神に対して誠実な男に対して残酷に降りかかる面倒の数々。

一見単調でクソ退屈かと思いきや根底にはシンプルでしっかりとしたスルメ要素があり信仰と人生を併せて考えるほどに味わい深い。

感化されて付いてくるようになる女の信仰が一言でいともたやすく打ち砕かれるシーンがとても印象的。
キリスト教の教えを敬虔に実践している人が異端と呼ばれる皮肉。

タマル売りのおじさんの声がよい。
マ

マの感想・評価

3.6
リアリズムのブニュエル。『ビリディアナ』の主人公を男に変えたようなストーリーで、ひたすら神父の男が酷い目にあう。ロードムービーっぽくもある。
ひどく重苦しい雰囲気でブニュエルっぽいユーモアはほとんど感じられないが、神父についていく女の脆い信仰心を打ち砕かれる様はかなり痛々しい。教養を持たない者にとって、神様を信仰する事はその人の存在意義に関わる事なんだと思い知らされるし(そのためには自分の性的欲求も否定せざるを得ない)、その残酷さを生々しく描いている。神父のラストの表情もこのシーンにはこれしかないでしょ!って感じの素晴らしい演技で、『忘れられた人々』ほどでは無いけど満足度は高かった。
pika

pikaの感想・評価

5.0
すんげぇ映画。
考えれば考えるほど深いしキリスト教とは信仰とは、とシーンひとつひとつがどれを取ってもむちゃくちゃ考えさせられる金太郎飴的な側面もありつつ全体的なバランスやキャラクター、展開の流れなど完璧な面白さ。

キリスト教カトリックのナサリオ神父は施すものが尽きるまで服も靴も今日の食べ物すら求める者に与え、イエスキリストの教えを徹底する敬虔さで他人を愛し助け敬い・・・まさに聖人だろというべき信仰心であるのに異端と言われたり教会の恥だと言われたり逮捕されたりと一般的なキリスト教徒から罪人と扱われてしまう皮肉。
そんな神父を敬い付いていく女2人の対比も深くて面白いし、神父が貫いた信仰の末迎えるラストがもう何とも言えない!

キリスト教イエズス会の神学校に通わされ、後年無宗教であることを神に感謝したブニュエルだからこそ描けるキリスト教や信仰の信心と皮肉が強烈で、一見真逆な価値観を観客の見る目によってどうとでも受け取れるという、具材がそれぞれ引き立つ濃厚凝縮スープのようなブニュエルの真骨頂がハンパなく凄い!!

見る度に新しい発見がありそうな傑作!!





タルコフスキーのオールタイムベスト上位三作品を見てみると
1.田舎司祭の日記(ブレッソン)
2.冬の光(ベルイマン)
3.ナサリン(ブニュエル)
全てキリスト教神父がキリスト教徒達を助けようとし触れ合う中で、自身の信仰心に疑念が生じて苦悩する物語だ。
タルコフスキーは死ぬまで敬虔なキリスト教徒だったと言うことや信仰とは哲学のひとつであることから、生きるとは何かを突き詰め人々の魂を救済するものとして芸術に至り、信仰と哲学と芸術を咀嚼し高め人々の心に訴えかける作品を作り続けたのではないか。
この三作品の主人公達のように虐げられ万人に認めてもらえない中で、金銭面や生活、社会的な地位というような自分自身を守ることをせず犠牲にしても諦めず、理解者は僅かな人々にでも今ではなく未来でも構わぬとこの世界に価値あるものを遺そうと目指したのではないか。
タルコフスキー日記や知人のインタビューなどに触れると尊大な自信家という印象もあったりする反面、万人に迎合する作品を作ろうと思えば容易に可能だったであろう映画製作の手腕を、安易な方向に用いず自身の芸術性や哲学に則り貫き通した生き様や覚悟が血が滲むように現れていて、だからこそ比類なき価値のある作品を生み出したのではないか。
至高の芸術や哲学を生み出す者は多くの人に受け入れてもらえにくい面がある、その苦悩や生きづらさをこの三作品の主人公に投影し励まされていたのではないか。

などとずらずら勝手な解釈を書いてしまい申し訳ありません。私よりも熱心なファンの方はたっくさんいらっしゃるし怒られそう。
この映画について関係ないことまで書いてるしごめんなさい。

このレビューはネタバレを含みます

信仰することへの皮肉とか、施しをする者が施しを受ける側に落ちて行く不条理とか。聖職者が自分の行いに懐疑的になり、若く美しく信仰深い娘が世俗的になるなか、娼婦だけが信仰心を強くするというのがブニュエルらしい。
キリスト教的背景を知らなくても観れるが、すこし退屈。
『ナサリンはわたしにとてもよく似ている … 』(ルイス・ブニュエル)
自己韜晦の映画作家、ルイス・ブニュエルの「きわめて個人的な作品」であり、「ナサリン」を理解することが、ルイス・ブニュエル読解の鍵を見つけることになります。原作者であるスペインのベニート・ペレス・ガルドスは、「影響を受けたただ一人の作家」であると、ブニュエル自身が述べています。後年1970年に「トリスターナ(邦題:哀しみの…)」が映画化されましたが、いずれも翻訳が見つからないため、ガルドスの小説を「ナサリン」解釈の参考にすることはできませんでした。
神父ドン・ナサリオとは何者なのでしょうか?
1.マドリッド生まれのカトリック司祭(ブニュエルも14歳までイエズス会の中学校で厳格な宗教的教育を受けています)。
2.メキシコに赴き宣教を行なう―「北から送られて来た妙な宣教師の一人」(ブニュエルは1946年にメキシコへ渡り、1949帰化、1983年死ぬまでこの地に留まる)
3.信仰の懐疑に悩める受難者なのか?『(教会荒らしとの対話)神父の生き方は何の役に立つのか、あなたは善の側で、俺は悪の側で、どちらも何の役にも立たない。』
4.改悛した狂人、愚かな道化、または聖職者になったドン・キ・ホーテなのか?
5.聖職に忠実な聖者なのか?破戒者なのか? 異端者なのか?
6.信仰を喪失したカトリシズムの批判者なのか?

それでは、ルイス・ブニュエルとは何者なのでしょうか?
1.シュールレアリストなのか?自然主義者なのか?
2.無政府主義者なのか?共産主義者なのか?反教権主義者なのか?
3.性的倒錯者(足フェチ)なのか?
4.無神論者なのか?『わたしが無神論者であるのは、神のおかげである。』
そして、最大の「鍵」はラストシーンにあります。様々な解釈がなされているようですが、ブニュエルの故郷カランダの太鼓の連打に、私たちが心の深淵で何を感じるのか、そして受容されたその響きの意味を捉えることが、私たちそれぞれの証しとなります。
『(ナサリン)は、こんな悲劇的な経験のあとで一体どうなるのか? それはわからない… 』ルイス・ブニュエル