「ナイロビの蜂」に投稿された感想・評価

10年ぐらい前に見て、凄く感動した映画を再び鑑賞。。。

社会派サスペンスでもあり、壮大なラブロマンス。。。

製薬会社の人体実験という深い闇に巻きこまれた妻と、その真実を探る夫。。。

外交官で、ソフトな夫ジャスティン(レイフ ファインズ)はアフリカ支援を行う情熱的な妻テッサ(レイチェル ワイズ)の突然の訃報に驚く。
しかも、情事のもつれとか…

妻との出会いや、妻との思い出を胸に、真実を調べるジャスティン💧

テッサは、死産を経験した後、ますます、医療救援活動にのめりこむ。

妻のしていた事を調査し、彼女がアフリカで新薬の人体実験を行なっていた事に気がついた為殺害された事に気がつくジャスティン。

彼の最後の選択に、深い、深いテッサへの思いが…💧
2017年6月24日
『ナイロビの蜂』 2005年制作
監督、フェルナンド・メイレレス。

疑問があるのですが、主人公夫婦の子供はどうなった?
妻はお腹が大きく妊娠してて、医療施設の悪い病院に入院し、
そこから転院して、・・・・
幼児として一度は出演したような場面があるが、その後は・・・?
子供を置いて二人とも死ぬ?
私が見過ごしたのかしら。
なんせ、途中眠くて眠くて…寝てしまい、2日続きで
ようやく観終わりました。

レイチェル・ワイズさんがとても愛らしく可愛い。
お腹が大きい妊娠場面は本当に本人!? 
お風呂での裸体の場面ありましたよね。

ケニアのナイロビ。
イギリスから外交官ジャスティン(レイフ・ファインズ)が
妻テッサ(レイチェル・ワイズ)とともに赴任。
妻の死の報せが届く。
警察は情事のもつれによる殺人として処理。
夫のジャスティンは妻の死の真相を知ろうと調査をする。
真相を追うジャスティンは、背後に製薬会社の絡んだ陰謀が
あることを突き止める。

製薬会社の治験をアフリカで行っているという話だ。
美しいアフリカの映像と、夫婦の愛、妻の死、
その真相を暴いていくと…
結核の新薬を開発したものの、その薬が完璧な製品の薬で
ないことから、妻テッサと周囲のアフリカ支援を行っている
方々の新薬への反発反対がおこる。
しかし、製薬会社と販売会社、イギリスの国の失業者の
製造会社への就労なども絡み、薬の不完全さから起こる死亡を
隠そうとする。
新薬の開発をやり直すと莫大な損害だと。
そして対立と殺人がおこる。

これが実際にも有り得る話なのか。
先進国の人の病気治療を支える為の、後進国の人々の犠牲。
何の薬かきちんと話されずに、飲む薬。
副作用。死亡。
製薬会社が新薬の開発のためにアフリカで行う人体実験を告発する。それにより 命を狙われる。金と欲のためなら 人間は非道だ。他民族の迫害と大差が無いように思える。そんな重い空気の中に夫婦愛とアフリカの無邪気な子供達の笑顔が登場するので切なさが増す。これが事実で彼らの犠牲により生まれた薬を使用していると思うと恐ろしくなる。やはり 無知は罪悪だ。
エンディングを迎え、分かってるけど悔し涙がポロリですわ。チキショー。
やるせない。
製薬会社は武器商人と同じ・・・。

人を救える半面、存在の仕方によっては人の命を奪うことだってできる。
どちらも企業なら金儲けが優先される。

「いのちに優劣はない、高いも安いもない平等だ」と何不自由なく健康な身体で自由に、平和に生きる人間は容易く口にする。
遠く対岸の火事に、きれいな言葉を並べるのは比較的簡単なこと。
でも、これが現実だ。

それを知り、意識を改めることができただけでも、この映画の存在価値は高い。

この映画の訴えたいことは夫婦間の愛やラブストーリーではない。
拝金主義の企業や国の犠牲にならざる得ない弱い存在があるという事。
私たちの恵まれた生活から遠く離れた弱く貧しい国で、私たちと同じ命をすり減らして生きる人間がいるということ。
貧しさが故に、命を売らずには生きてはいけない悲惨な現実世界で生きているということ。彼らは人権がどうの主張するよりもまず、明日の生活なのだ。

そしてその恩恵を無関心のまま享受するのは、私たちだということ。
この映画を観て、本当にいのちに優劣がないとその場に立って言えるだろうか。
産まれた場所が、国が違うだけで…。
愛することは守ること
レイフファインズもレイチェルワイズもはまり役。ビルナイも悪いやつぶりを全開。

レイフファインズはいつものセクシーさは影を潜めて、ガーデニングが趣味で亡き妻の跡を必死ではあるが、自分の死に場所を探すかのように追いかける外交官役。原題はthe constant gardener で、「誠実な庭師」といったところだが、「常に庭の中で、枠の外に出られない男」という皮肉も混ざっているのかもしれない。優しいのだが弱い男で、妻は自分の人生の最大の贈り物だと思っている。妻に会いたい、レイフファインズは大げささやわざとらしさを感じさせず、愛と鬱を往復する。

妻役のレイチェルワイズは、政治的にアグレッシブで、マイノリティの側に進んで立つ女性。彼女は巨大な製薬会社が国家と某略し、新薬の治験を貧しいナイロビの人々に、慈善事業と偽って暴利を得ようとしているのを突き止めて、立ち向かおうとするファイターである。また、子供や弱い者を慈しむマリアのような女性。レイチェルワイズは本当にそういう人なのではないかと思ってしまう。役どころのせいかもしれないが、映画全編で圧倒的な存在感をコンスタントに放つ。突然消えてしまうにもかかわらず。アカデミー賞も当然。

どんどん進んでいく妻を追いながら、妻を追う道で妻の素晴らしさを知るにつけ、もしかしたら妻に再開できるのかもしれないというありえない期待をどうしても抱いてしまう。しかし妻を追うほどに妻の死の話もリアリティを帯び、アフリカの赤色の大地で、レイフファインズの抱えた鬱と同一化して、ここでいい、ここで死のうと感じさせられる。無意味なのだが、妻の跡を辿る旅、ここには巡礼のように自分の中に回収しきれない崇高さがある。しかし妻はもういない。そしてこれまでの自分の生き方でもない。

会いたい、だから死のう、この建設性の欠如した深い愛情がたまらない。悪いやつらへの制裁につながって、映画のストーリーは見事なバランスを保つが、the constant gardener としての無意味な愛を描ききっている。

アフリカでの暴力、アフリカの暴力、アフリカの美しさ、必見の映画。
製薬会社の途上国での治験
期限切れ薬品の寄付
政府と製薬会社の癒着

全部本当か分からんけど
本当やったらこわい
そしてそれらの企業を支えているのは
消費者である一人ひとりの私たち

参考:
小説「ナイロビの蜂」
貧しい国々は被験者の宝庫
http://www.diplo.jp/articles07/0705-3.html
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