仮面/ペルソナの作品情報・感想・評価・動画配信

「仮面/ペルソナ」に投稿された感想・評価

OASIS

OASISの感想・評価

3.9

このレビューはネタバレを含みます

違う自分を演じれば、過剰に求められることもなくなり必要以上に自分を切り売りすることもなくなるだろう。
楽な道を選んだはずなのに、気付けば自分の本心をさらけださなければならない辛さに耐えられなくなるような、関係性が次々と変わり立場も変わり続ける激しく揺れ動く展開の凄まじさと二人の女優の顔面力に圧倒される。
二人の内面の感情の変化をつぶさに捉えたライティングが見事であった。
AOI

AOIの感想・評価

3.3
【無彩色綺麗映像前衛哲学的芸術作品】

Filmarksのトレンド>『サクッと』のカテゴリに上がっていたので観てみた

開始直後の衝撃的な映像が•••スプラッタとか、今はちょっとやだなぁ〜と思いつつも見ていると
心理テストの被験者になったような気分に•••

まあ、看護師さん美人だし、異質なのもあり♡
2人劇だが、1人は失語症なので、ほぼ一人芝居
セットは必要最小限で•••え?😵😮🌜🌛

どこも『サクッと』じゃなくない?(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

二度と観たくはないが、芸術家の創作意欲を刺激する傑作に違いない
Ryo

Ryoの感想・評価

4.5
テーマ
人格の融合
どれが本当の仮面(=人格)なのか、二人はお互いの人格を侵食しあうことで新たな仮面を見つける。
そしてベルイマンの映画に対する思いと情熱。映画とは芸術とは何か。芸術は人を救えるのか

ユングの提唱した誰もが仮面を被り演じてるというテーマを取り扱っている。

人間は誰もが表と裏の顔を使い分け仮面を被ってる。そうして人間関係を円滑にコントロールするのだ。自分自身もそうだがそのバランスが崩れると、内面の自我(裏)と「仮面」(表)のどちらが本当の自分なのか判断がつかなくなり、二重人格ではないかと疑うようになる。

人と接する時と1人でいるときのギャップが激しすぎるとどっちが本当の自分かわからなくなる。病気になる人もいる。私個人は1人でいるときの自分が本当だと思ってるが人と接してるときその仮面を被った自分に本当の自分はこっちなんだと侵食されそうになる。この映画はそうゆう事だろう。

エリザベートは“仮面”であり、アルマがその“内面”として描かれてる。自身の罪と欲望を語る看護婦のアルマとは、女優としてのペルソナを被るエリザベートの抑圧された内面であり、内面と外面がぶつかり、理解し合い、やがてひとつに統合されるまでを描いた映画である。


失語症の女優と、幸せな家庭を夢見る看護婦二人はある別荘で二人だけで療養生活を始める。看護婦は自ら仮面を外していく。そして主人公二人の人格は侵食しあっていき、人格がぼやけていく。そして最後にアルマとエリザベートの顔が合体しエリザベートはアルマの血を飲む。アルマも今まで憧れていた女優のエリザベートの内面を知り、女優も一人の人間だしダメな部分もあるということがわかる。アルマ自身も、今まで目指していた理想像とは決別し、自分の生き方を見つける。


ーオープニングー
・まず最初は二つの強烈な光と熱がだんだん明るくなっていく。映写機に使う光だ。9,8,7,6(ギリシャ語でセックス)でペニスが映ります、次に古いアニメで胸に水をかける、次に実際は唇だが横に移し女性の陰部に見せる。これはセックスを意味してます。
・そしてその後タランチュラと羊の首と内臓、手を釘で打ったシーン、老人の死に顔。これは死を意味しており羊は生贄の象徴、蜘蛛はベルイマンの映画における神の象徴、手を釘で打つのはイエスキリスト。
・少年が読んでる本は「現代の英雄」この中にこの映画のアイデアとなったセリフがある。「俺には二つの人格があるんだ。一つは現実に生きてる人格。もう一つはそれを批評してる人格。」
これは二人の人格の融合であり、一人の二つの人格の話でもありますよと暗示してる。
・少年が触ろうとしてる顔はわざとアルマなのかエリザベートなのかわからないようにしてます。これは映画全体のテーマ人格の融合が関係してます。

ーアルマとエリザベートの象徴するものとはー
アルマ=一般人
エリザベート=芸術家+ベルイマン
芸術家というのは私生活を無茶苦茶にしいろんな人に迷惑をかける。しかしそれで出来上がった作品は人を救うんだ。エリザベートは他人に迷惑をかけ私生活も崩れかけてる。でもこの女優を見たアルマは普通に行きてこうと人生を変えられるのだ。芸術家たちの人生を犠牲(羊の首が切られるシーン)にして人々をめちゃくちゃな人生から救うのだと暗示している

ー少年の写真ー
これはユダヤ人街ゲットーを写した写真でユダヤ人がドイツ兵へ反抗した。しかしその後ユダヤ人降参したがその降参する時に少年を一番前に出した有名な写真である。おもて面はエリザベートの子供を思い出させるとして描かれてるが、焼身自殺をするベトナムの僧侶もそうだがベルイマンの思い、芸術は人を救えるのかというのを表している。

ー女優の夫が別荘に会いに来るシーンー
考察1、エリザベートは母性がないと言われ子供を作り母親の仮面を被り、職業でもいろんな仮面を被り、夫が病院に来た時はアルマの仮面を被りよき性格の持ち主アルマとして喋った。母性がないと言われたことについてもそれをアルマが知るはずがない。よってこのシーンとすぐ後のシーンでわかることは2人の人格が融合し仮面と素顔なのだろう。

ータイトルー
ペルソナ=人格、仮面
昔ギリシャ(世界中でも)では演劇の際必ず仮面をかぶっていた。よって演劇、女優について語った映画である。
そしてユングは、人は皆仮面を被りシチュエーションに応じて演技してる、時によって仮面を付け替えていると言ってる。

ーこの映画にかけたベルイマンのメッセージー
失語症の女優はベルイマン自身です。実際に働きすぎで入院し、戦争や社会への無力感、僕のやってる芸術は現実に役立ってるのだろうかと悩んでたそうです。そのため坊さんのガソリンをかぶって焼身自殺したニュースゲットーにいる少年の写真が出てくる。少年の写真にはもっと深い意味があり、エリザベート役の女優さんのおじいさんはユダヤ人ではなかったが助けるために反対運動をしていた。そのため収容所に送られ殺された。人々を守ろうとしたのに殺された実の爺さんがいる。なのにこんな女優なんかやってていいのかというベルイマンのメッセージ。
最初ベルイマンはタイトルを「映画」にしていた。劇中途中でフィルムが止まりひび割れ焼けるシーンがある。あなたが見てるものは映画ですよというメッセージ。すなわち冒頭のシーンも、映画はセックスで暴力で死であると暗示している。さらにラスト、治療が終わったエリザベートは帰って行きそしてメイクをしたエリザベートが映ります。これは復帰を意味しそのあとすぐにカメラを乗せたクレーンが降りて来ます、そこに乗ってるのはベルイマン自身です。「僕は治療が終わりました。これからも自分を犠牲にして人々を救うために映画を撮り続けますよ」と映画に対する結論が出た映画なのです。
ミヤタ

ミヤタの感想・評価

3.9
言葉が上滑りしていく感覚ね。言葉がいくら焦燥な夢を見ようと、我らの脈拍は、遅くも速くもなりはしないのさ。

全然わからなかったので機会があればもう一度見たいです。すごく美しい映画でした。画を見るだけでも満足できます。
coccon

cocconの感想・評価

-

このレビューはネタバレを含みます

難解そうで後回ししていた監督の「叫びとささやき」が意外に面白く観れたので続いて気になっていたこちらを。うーむ難しい。自分なりの解釈はあるけれども当っているのか間違っているのかもわからない。アルマがはじめ、「自信がない。もっと慣れた人に担当を…」と心配していた通りのことになってしまったけれども最後は負けずで頼もしい。自分だと完璧に引きずりこまれてしまうと思う。こんなに美しい女性達にも表の顔裏の顔があり、神に見放されたと絶望しているのだと思うと安心するところもあった。
最後まで見るけど
こういう作品はマジでキツい
ざべす

ざべすの感想・評価

3.5
映画マニアに人気な印象があるイングマール・ベルイマン監督作品がアマゾンビデオに来たぞー。

初めて監督作品に触れたけど、
へぇ。舞台みたい。
俯瞰した画が少ない。対峙したアングルばかり。カメラワークが平面的になることをあえて意識しているらしく、それが“舞台”を生んでいる。
影と光の透過のヴィジュアルも美しい。

物語はつじつまが合わない虚構の世界から、だんだんと幻想的な精神世界へ。

男性が考えたような文章を女性が喋るのが違和感だったが、
(大人しい女性が他の女性を尊敬のまなざしで語りながら「魅惑的な肉づきのいい肢体」と表現したり)
のちのち設定がおかしくない構成になっている。
女性の感覚を子細に捉えているのにも驚いた。

この研ぎ澄まされた感覚と、独特で奥行きのあるそして少し難解チックな創造力がベルイマンを巨匠として押し上げ愛されているのであろうか?
他のも見よーっと。
白黒のコントラストとグレーの豊かさを大いに活かした映像の素晴らしさに痺れる。

途中、あれ?一人二役だった?と思わされてしまうような演出のベタさもあるが、テーマと映像スタイルが見事にハマって◯。
2020.02.16 Amazon prime
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