鏡の中にある如くの作品情報・感想・評価

「鏡の中にある如く」に投稿された感想・評価

なすび

なすびの感想・評価

3.7
久しぶりに映画を観た!久しぶりにベルイマンを観た!初めて大学の図書館のDVDを観た!どうしてこんなコアな作品があるのかわからない!いや素晴らしいけれども!ありがとう!
なかなかに画質は悪かったが(DVDがどうしようもなく古いから)内容はさすがでした、久しぶりに観てやはりベルイマンすき!っとなりました。最初は「ベルイマンにしては軽快!なんだかユーモアたっぷり!?」なんて思っていたけどだんだんといつものごとく暗〜くて陰鬱な感じになっていった。狂うシーンとかなかなかよ、あの壁怖すぎる……。
意外と前期始まって映画見る暇ないので空きコマを見つけて図書館にあるDVDを観ていきたいと思う。

#九大文系図書館に置いてあるで
Hawkwind

Hawkwindの感想・評価

4.0
登場人物が父親、娘夫婦、息子と僅か四人だけのベルイマン監督の心理ドラマ。舞台は海辺の別荘のみという、密室劇に近いものになっている。出演者はベルイマン作品の常連達。
得意の家族間のドロドロ愛憎劇で、内容が濃すぎて理解できない部分もあるが一見の価値はあり。
ロラン

ロランの感想・評価

5.0
孤島という閉鎖性。少人数かつ自分以外は全員男という閉塞感。その中でかろうじて保たれるハリエット・アンデルセンの可憐さ。船内での彼女の濡れた髪と表情、弟とだけは親密な距離感。出口のない苦悩の島からは船では脱出できないので、彼女はヘリコプターで去って行く。姉の名を呼ぶ弟の声が忘れられない。ベルイマンの中で一番好きな映画。
pika

pikaの感想・評価

4.0
ベルイマンによる「神の沈黙」三部作の一作目。

家族を蔑ろにし続けた小説家の父親、不治の精神病を患うその娘、医者である夫、まだうら若き弟の四人が島でバカンス。
四人の関係性、考え方が徐々に輪郭を帯びてくる。
精神病に侵され見えないものが見えてきたときに自分ではなくなる。それは神か幻か。神とは何かを問う。

すんごい。登場人物四人だけ、島という閉鎖された空間のみで十分過ぎるほど満たしてくる。
中華料理の基本が炒飯で日本料理の基本がお吸物だとかシンプルを追求した先に浮き彫りになる、料理人の腕前そのものを見せつけられたかのようなクオリティの高さ。
しかも出汁が多様に絶妙に混ざり合い過ぎて一度見ただけではとても味わい尽くせない濃厚さ。

台詞よりも映像のメタファーで表現してくる凄さに感動する。
蜘蛛とか海とか船とか牛乳とか、象徴で語り観客の意識ではなく無意識下に語りかけてくる演出が、言語化出来ない想いやメッセージを変換せずとも伝えてくれる。
ベルイマンが神か!
紫色部

紫色部の感想・評価

3.5
2016.3.5 VHS

ベルイマンの「神の沈黙」三部作の一作目。神の信仰における現代的な捉え方としての無神論という対立構造と、そんな無神論が引き起こす絶望と空虚(虚脱感)から一種の必然として生まれてしまう愛や神(!)という包含関係を、二作目の「冬の光」よりは希望を添えて描いていたように思えた。一家が過ごす浜辺の雰囲気からは、「夏の遊び」に描かれていた温かみのようなものよりも、「仮面/ペルソナ」の浜辺から感じられる冷ややかさに近いものを感じた。
打ちのめされる。
見たくなかったものが見えるようになった時、人はどうなるか。
うまる

うまるの感想・評価

3.6
「夏の遊び」で主人公が森にいる何かに怯えるシーンがあったけど、それを後の「狼の時刻」に接続した感じかな。

一応、老境の作家が人格をなじられるベルイマンらしい展開はあるけど、今回はベルイマン自身の投影か。
「またお得意の神にでも結びつけるのか!」のセリフに笑った。
家族を二の次にするオヤジへの「イヤミ」劇。
それを笑顔で褒め称しつつ、独りになったら泣き崩れちゃうオヤジ。

このレビューはネタバレを含みます

イングマール・ベルイマン「神の沈黙」三部作の第一作は、神つまり愛を信じる者と信じない者が対置されて描かれる。

精神病を患うカリーナを主人公に、彼女の弟、夫、父の合わせて四人のバカンス。
退院して小康を保っているカリーナを他三人の家族は常に気にかけている。
映画冒頭からは仲が良いように見えるこの家族は、観客には早い段階でそうではないことが明かされる。

この映画での「信じる者」とは、カリーナと弟であり、「信じない者」とはカリーナの夫と父である。
映画では、この二つのペアの行動が別々に描写され、別のペアとして描かれることは少ない。
登場人物はこの四人のみであり、その一人一人の内面描写の巧さには驚かされた。

「神の沈黙」という主題から分かる通り、この映画で悲劇的なのは「信じる者」だ。
愛を信じるカリーナは、父に見せるために練習した芝居で鳥の鳴き真似をする。また、彼女は愛を信じてボロボロの大きな舟に乗る。
しかし、鳥と舟という「自由という旅立ち」を連想させる二つは、同時に「窮屈さ」を想像させる両義的なものでもあることに気付く。鳥は翼を持つが籠に入れられ、舟は海に出るが内部は狭い。

鳥の鳴き声で目が覚めてしまうと訴えるカリーナであるが、それはもしかしたら自分の声かもしれないという想像も出来る。
そういった、「信じる者」に見方をしないこの映画が迎えるラストも、静かに絶望を感じさせる意地悪なものであった。
井出

井出の感想・評価

4.2

このレビューはネタバレを含みます

窓がたくさんあって光を取り込んでいる
現実か夢か、とにかくその比率は終盤に向けて逆転していく。二階の部屋、難破した船、彼女は選ぶ運命だった。いままですがってきた、畏れ敬うべき神に心を奪われていった。その混乱のシーン、よりでカメラをたくさん動かし、カオス感は増す。
その神の実態を、父は愛であるという。悪いものも含め。息子はその告白に、心を隔てていた父から愛を感じた。
息子の劇は父へのあてつけでもあり、監督である自分を戒めている言葉でもある気がする。彼は生を選び、真の芸術家であることを諦めた。心の空白を補うように、父や息子、監督はものを書き、作る。娘は死を選んだのか。選びたくなるのも分かる、周りがこんなんじゃ。彼らの言葉にならない叫びをひきでカットを変えず、カメラも動かさないシーンはそのまま観る者に突きつけてくる。その臨場感、すごすぎる。
詩や水、牛乳の使い方にはタルコフスキーへの影響、セリフのかけあいにはウディアレンへの影響がなんとなく見て取れる、水の上で素直になるという使い方はよすぎる、ゴダールもなのか。
音楽はまさに悲劇的な場面で流れる。
姉弟の歪んだ愛は最初からじわじわ匂わせてくるあたり、巧みすぎる。
愛が人を傷つけるという、野いちごでも出たベルイマンの愛に対する思想はなんとなく共感できる。
なぜ難破した船が急に出てきたのか、弟はなぜエロ本を見せ、恥ずかしげもなく好みの女を指差し、柔らかそうだからと結構なカミングアウトをさらっとしてしまうのか、疑問はある
見なきゃいいのに、聞かなきゃいいのに、言わなきゃいいのにっていうシーンが多い、災いのもと、素直であるほど不幸、この家族も…
カメラの技法とか家のなかとかの構図もすごいな
演技もすごい、マックスフォンシドーと父親の女の触り方が優しすぎる。
この脚本もスケールすごすぎ
鏡?
>|