ゴモラの作品情報・感想・評価

「ゴモラ」に投稿された感想・評価

zouQright

zouQrightの感想・評価

3.9
社会の暗部を淡々と描いた群像劇。建物の廃れた感じが印象的。イタリアに煌びやかなイメージを抱いていたからかな?イキリバカコンビのゲーセンで金使い果たしたからその場で即強盗というシーンが一番記憶に残った。
Kir

Kirの感想・評価

2.0

このレビューはネタバレを含みます

イタリアのマフィアに纏わる群像劇。

話はごちゃごちゃしているんだけど、要所のバイオレンスは流石。撃たないでーってなる。

オチは敵、邪魔者、弱い者なりの街の掟の末路という感じか。

まぁ見せたいだけで、別に面白くはないかな。

街の日常を淡々と見せてくれる作品です。
死ぬまでに観たい映画1001本より531本目

非エンタメに徹したマフィア映画。
ヤクザ映画ですらまったく共感も何も持てない自分がマフィア映画観てもエンタメならまだ観れるけど本作はねぇ…💦

正直知っててどうするわけでもなく、知らなくても何も支障はありません。
映画人向けに作られてるわけでもないので、こればっかりは観る人を選ぶとしか言えないです。

これもまさに死ぬまでに一回は観てもいいかもねって作品。
題:世界ふしぎ発見では教えてくれないナポリ
製作:2008年、イタリア
監督:マッテオ・ガローネ
原作:ロベルト・サビアーノ『死都ゴモラ/世界の裏側を支配する暗黒帝国』
出演:トニ・セルヴィッロ、サルヴァトーレ・カンタルーポ

皆様はナポリタンがナポリ発祥だと思っていたことはありますか?
私はあります。

本作、舞台はナポリ。原作はロベルト・サビアーノの実録小説とのこと。
※調べたところHBOでテレビドラマ化されているらしい。

タイトルは言わずもがな「ソドムとゴモラ」の“ゴモラ”からの引用だ。
サド的に云うと“悪徳が栄える”街を意味するのだろう。

パゾリーニがイタリアン・ファシズムを“ソドム”に投影したように、現代の“ゴモラ”をナポリに!
という気概がガローネにあったかはわからないが、とても興味深い作品であった。

4つにまとめてレビューします。

1.中国
仕立て屋のおっさん、パスカーレさんは裁縫の技術を中国人に売ってしまう。
「野郎、シニーズに身売りしやがったぜ!」と、業界でバレてヤバいことになる…

イタリア製の高級ブランドは“Made in Italy”であるが“Made by Chinese”だと言われている。多くは中国人の出稼ぎ労働者が作っているからだ。

イタリアは欧州で中国の影響が大きい国である。
私は5年までにイタリアに行ったが、看板が中国語の商店をよく見かけた。
名門サッカーチームが中国企業に買収されたことも記憶に新しい。

日本では外国人研修生、技能実習生に対してノウハウの身売りが合法的に行われている。日本はゴモラだらけだ!

2.少年たち
・ヒョロヒョロのノッポとゴツいチビのコンビ
キエリーニとガットゥーゾみたいで可笑しかった。
「わしはトニー・モンタナじゃ!」とイキるアル・パチーノ気取りのDQN。
どこか憎めない2人だが、子供と大人のボーダーラインを越えてしまう…
・集合住宅のトト
可愛いらしい顔をしているトト君。極道(カモッラ)に憧れている。
先輩と車に乗っているところをオカンに見つかり、引きずり出されて𠮟られる。
「あんたのオトンと同じで、あんたもアタイを泣かそうってのかい?」
ちょっと笑えた。
お使い先で飼われている猿のシルヴァーナは彼の置かれた状況をメタ的に表現している。

3.産廃違法処理業者
青年ロベルトは就職が決まって、初めての出張。
就職難のナポリで、息子がカタギの仕事につけたと大喜びのお父さん。

どっこい、就職先はワ〇ミも顔負けのブラックホール企業。
ボスのフランコはビジネスマンの顔を被った悪魔。
猛毒の産廃を虚偽申請して投棄している。和〇も毒を客には飲ませまい!
このハゲ、極道(カモッラ)よりもタチが悪い。本作中で最悪の人間かも知れない。

4.極道銀行
ドン・チーロは極道(カモッラ)の経理部門だ。
お勤め中の構成員の家族の面倒を見るため、お金を渡す。
しかし家族には「金が少ねぇ」と文句を言われ、組からは金を削ると言われ、板挟みに…
彼は“ユダ”のメタファーだ。金を扱い、裏切りを企てるからだ。
しかし、本作ではドン・チーロが最もまともな“人間”なのが皮肉である。
仕立て屋さんが凄く好きなキャラです。イタリアの縫製技術の美しさの裏にこの人みたいな人がたくさんいるのかな。魔法のような高度な技術を持つ職人さんの秘密の隠し味はアモーレ💕だそうです(納得)
中華料理の美味しさに驚いたり、太極拳に興味深々だったりいちいち可愛い。「僕の事をマエストロって呼んでくれてお辞儀をしてくれるんだよ」って...人生で初めてリスペクトを体験した瞬間だったんだろうな
この防犯カメラが捉えたモニタリングのような画面の連鎖に私たちの瞳がどう震えるというのか?

マッテオ・ガローネ
「ゴモラ」

アッバス・キアロスタミ監督の「ホームワーク」は素晴らしかった。

原一男監督の「ニッポン国VS泉南石綿村」は凄かった。

中田秀夫監督の
「サディスティック&マゾヒスティック 」だって私には充分面白かった。

だがナポリを拠点に活動するマフィア組織(カモッラ)の実態を、防犯カメラのモニタリングのようにしか捉えていない「ゴモラ」の画面に、私たちの瞳がどう震えるというのか?

この監督マッテオ・ガローネの手による大変評判のいい「リアリティー 」や「ドッグマン」を観た方なら、それなりに楽しみながらも察したはずです。

この監督の関心は、被写体そのものよりも着想や編集、そして画像処理の知的な探求に向けられているのだろう、と。

マッテオ・ガローネの狙いは現代イタリアの縮図を視覚化する事にあるのだから、そりゃ当然だろ?と訝る向きもあろうかと思う。

もちろん、私もそこには異論はありません。
そんな映画が存在してもよい、と思います。

少し話が逸れますが以前、是枝裕和監督がテレビのバラエティに出演した時、実際にあった美談のVTRが流れた際に司会者が『監督、こんな話なら映画になるんじゃないですか?』という問いに対し、
『いえ、こんないい話は映画なんかにしないで本当のままにしておくほうがいいと思います』
と、申された時、思わず(さすが!)と、唸ってしまいました。

ある特殊な状況を画面を通して普遍化するのは劇映画、ドキュメンタリー問わず、ありのまま視覚化する事では決してない。

それは心温まる美談であろうが、身の毛がよだつ大惨事であろうが同じ事です。

私たちの瞳が画面を通じて普遍的な何かに触れるという意味は、的確な距離から捉えられた被写体が画面に映された時、私たちに記号的、図式的な解釈を自粛させる事に他なりません。

上記のアッバス・キアロスタミ監督、原一男監督、中田秀夫監督の作品に通底しているのは、(本当らしい嘘)が炸裂しながらも、(嘘らしい本当)が一点の瑕疵も存在しない点です。

実際、「ホームワーク」で詰問されるテヘランの小学校の子供たち、「ニッポン国VS泉南石綿村」で建白書を持って首相官邸前や厚労省前まで詰めよる柚岡一禎さん、「サディスティック&マゾヒスティック 」で、夕映えを全身に受けて止めてインタビューに応じる元女優の小川亜佐美さんらを見てしまえば、かりに映画のタイトルは忘れてしまっても彼らの表情は絶対に忘れるわけがない、と思うのです。

結局何が言いたいのか自分でも分からなくなりそうですから収拾がつかなくなる前に、この「ゴモラ」と明確な一線を画す一本の映画を挙げて結びとしたいと思います。

特殊な世界を描きながら、(普遍の現在)が、いつの時代であろうとも不気味に鳴り響いている映画も世の中には存在するのです。

王兵と書いてワン・ビンと読む作家による
「収容病棟」という映画です。
どうでもいい話

イタリアヤクザの実態に迫った映画ではあるんだろうけど、だからなに?って感じは拭えない

リアルさに特化してるからなのかなんなのか、とにかく話に抑揚がなくて眠くなる
誰がどこでどうなろうと眠くなる

群像劇なので、人の名前がたくさん出てくる
記憶力マイナスな自分にはキツい
会話の中で名前出てきてもわからん
覚えようとする気にも特にならない

監督がマフィアに脅されたとかなんとかって話もどーでもいい
海岸でボッコボコにされて死んだ監督だっていたじゃん
hedonistic

hedonisticの感想・評価

1.0
うーん。細身の少年がAKを腰ダメしてるビジュアルに惹かれましたが…。

中身から伝わってくるものがありませんでした。

ドキュメンタリーに徹してるわけでもないので、もう少しエンタメ要素は必要では?
5つぐらいのストーリーが並行して進む系のイタリアのヤクザの生態を描いた映画
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