サン★ロレンツォの夜の作品情報・感想・評価

「サン★ロレンツォの夜」に投稿された感想・評価

一人旅

一人旅の感想・評価

4.0
第35回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ。
タヴィアーニ兄弟監督作。   

二次大戦時のイタリアを舞台に、村民一団の逃避行を描く。 
  
戦争の悲劇を描いた作品ではあるが、悲壮感はさほど感じられない。どちらかと言うと寓話的な物語で、現実とは多少距離を置いている。
政治的な立場が異なるがゆえに同じ国民同士が殺し合うといった、人間の愚かさや戦争の無意味さが伝わってくる。 
広大な野原で、昔の知り合いを殺してしまう場面や、ファシスト親子に対する冷徹とも思えるほどの徹底的な制裁場面では、戦争がもたらす生々しく悲しい現実が描かれている。
本当、すんばらしいです。というよりこの人の作品は僕と相性が良いんでしょうか。

ダヴィアーニ兄弟の作品を見るのは2回目ですが、彼らの作品は画面から溢れ出るエネルギーや感情や生きる事への執念がモロにストレートに伝わってくるんですよね。それが何よりの魅力だと感じます。本当に人間くさい。

演劇さながらの壮大な音楽と、まるでそれ自体が音楽であるかの様に美しい音色のイタリア語が見事にマッチしているのも特筆すべき点です!

作中に登場する少女はミツバチのささやき やエル スールの少女と似た様な魅力を感じますね〜。
mh

mhの感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます

子どもに聞かせる昔の話は、母親が6歳の頃――ファシストが歴史から退場する頃のイタリア・トスカーナ地方の話。
敗色濃厚のドイツ軍が撤退していく際に、爆破する家には緑色の十字架が描かれる。
避難した防空壕では、ドイツ軍の指示通りに教会に集まるか、それともアメリカ軍を探しに行くかで、ほぼ半数に分かれて行動することになる。
村にはまだ黒シャツ隊のみなさんも健在で、ドイツ軍の手足となって活動している。教会組は黒シャツ隊のみなさんによって爆殺される。
アメリカ軍を探しにいったチームも、パルチザンのみなさんから分けてもらった武器を使って、同じ村人である黒シャツ隊と殺し合うことになる。
スイカのくだり(お尻で割る、スイカで体を洗う)、たまご割っちゃうくだり、ポスターにもなっている槍のくだりなど、印象深いシーンも多い中、ラストのラブストーリーが素晴らしくて締めくくりも余韻も全部持ってく。
晴れてるのに大雨とか、あり得ないくらい槍が刺さるとか、独創的なシーンでなにかを暗示してるのが大変うまい。
トスカーナ地方を舞台にしたWW2戦争ものは、「ブーペの恋人」「ふたりのトスカーナ」「ムッソリーニとお茶を」などけっこうあるうえ、どれもかなり面白い。「サンタビットリアの秘密」もそうかと思ったが、あれはトスカーナ地方ではなかった。でも近い。(マルケ地方)
待っているのがコミュニストだったり、アメリカ軍だったり、イギリス軍だったりして、かなり複雑な情勢だったこともうかがわせる。
これも良かったなぁ。
面白かった!
1982年カンヌ国際映画祭 グランプリ受賞作

映画の歴史を紐解くとたびたび出てくるタイトル。
うーん…どこをどう突っ込んでいいのやら。
面白かったのはスイカのシーンくらいかな。
あかね

あかねの感想・評価

4.0
パオロ兄弟初!
ずっとみたかったんだけど
この兄弟じいちゃんも超キュート🥺💓
更に下にいる弟も映画監督🌸

監督たちが経験した事を描いた今作。
監督になって伝えれる事って
やはり素晴らしい

これもカンヌで数々の賞を受賞
してるんだがすごくよかった。

入りの流れ星のオープニングから
美しさ満点。

村を破壊したドイツ軍から
逃げ出した数名の村人達が
アメリカ軍に保護を求めるため
旅を続ける話。

非常に割合がよい。
辛さも楽しさも半々と
みんなで分かち合う。
子供達は、何がなんだかとゆうか
旅をしてるスタンスそこが癒し!

みんな森の中で必死に隠れるのに
子供達のポーズはかかしみたいな笑
畑のスイカシーンがよき!!
お尻でスイカにバフンと座り割る!
なんてたくましい笑笑!!
スイカ食べ過ぎて吐く女子やら
スイカで体を洗う女子、エロい。

槍のシーンが有名らしくて
お口あんぐりあれはえぐい!
なのにコミカル!絵画!いやえぐい。。
でも間違いなく神シーン。

これも起きてはいけないこと。
血だらけ、銃で撃ち合い
子供、老人、関係なく殺す。
残虐なシーンも多々あります。
だけどすごっくうまい監督!!
ダルデンヌ兄弟ににてる。
Jimmy

Jimmyの感想・評価

2.8
パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ監督が描いた第二次世界大戦のさなかの一般人のドラマ。
戦時中を描いた映画ではあるが、戦争そのものを描いている部分は少なく、一般市民の視線で物語が展開される。

ある男女の結婚式から始まるが、「アメリカが攻めてくる」というセリフから戦時中のイタリアであることが分かる。
イタリアの田舎町で「皆、大聖堂に集まるように!」との指示が出るが、大聖堂に集まるのが安全なのか、違うところに逃げるのが安全なのか、誰にもわからない。このあたり、「二者択一の運命」という何気ない風景の中に、緊張感を感じる。

夜中3時の建物爆破に耳をそばだてる人々の「耳のアップシーン」が印象的。
とし

としの感想・評価

3.2
2021年7月3日
映画 #サン・ロレンツォの夜 (1982年伊)鑑賞

タヴィアーニ兄弟の作品は苦手だと改めて認識した作品
上手いのか下手なのか分からない

第二次大戦後、イタリアでは内線状態になっていたことは知りませんでした。同じ村の人間が殺し合うなんて悲劇以外の何ものでもありませんね。
ryosuke

ryosukeの感想・評価

3.8
タヴィアーニ兄弟作品は初見だったが、クローズアップと風景の中にポツンと人物を配置した引きのロングショット長回しの組み合わせ方、会話とその後の沈黙の間の取り方、多用されるワイプによるざっくりとした時間経過が生み出すシーンの羅列感が、独特のテンポと感覚を生み出していて何とも心地よい。夏のイタリアの情景描写の美しさが目に染みる。
村が爆破されるシーンの演出が独特だった。何度も部屋に侵入していくカメラワークの繰り返しで家に染み付いた記憶を見せた後に、三時を指す時計台が象徴的に崩れ落ちる。村の破壊を音だけで感じ取ることになる人々の心情を、その耳へのズーム+クローズアップで表す。一人の村人はもはや不要になった鍵を静かに落とす。決定的な瞬間を過度に情緒的にしないのが上品。
これは聖堂の惨劇のシーンでも同様。下手にサスペンスを煽ったりせず、聖堂の入り口から静かに煙が流出し、最も残酷、衝撃的な瞬間は省略してみせる。それでも、助力を拒まれ、四方八方に聖堂から逃げ去っていく人々を見つめる司祭の無力な立ち姿のロングショットで全てが伝わるのだからそれで良い。
発生する出来事は間違いなく悲劇でありながら、緩やかな喜劇調が維持される点が特徴的だが、この両義性を生み出している一つの大きな要素は後に語り手となる幼い少女の存在だろう。村の爆破にワクワクする様子、実家が焼かれた女に耳飾りを預けられたことを幸運に感じるエピソードなど、爽やかな残酷さのある子供特有の感覚が、物語に軽さを付与している。出来事に対してある一定の意味付けと評価を与える枠組みに縛られていない彼女にとっては、ファシストからの逃避行も非日常的なお祭りなのだろうか。大きな目玉に全感情を露わにし、口を豪快に開けながらアメリカ兵と交流する姿が愛らしい好演だった。
クライマックスとなる麦畑での銃撃戦でも、場を一定のムードに支配させない独特の感覚は維持される。敵味方の取り違えによるコメディチックな演出や、幻想の中の古代ローマ兵士と「串刺し」等イマイチ深刻さの感じられない描写に、乾いた、軽い銃撃音が鳴り響く中で、特段苦しそうでもなく、あっさりと人々が倒れていく様子が、どこか気の抜けたごっこ遊びのようにも見えてくる。一番悲惨に描かれるのは、目の前で息子を射殺され、回転しながら頭を自然に擦り付けて自決する父親の描写であり、ファシスト側の描写であるというのも善悪の単純化を拒む一因となっていよう。
随所で視線劇により示唆されていた、ガルヴァーノ(オメロ・アントヌッティ)とコンチェッタの四十年越しの思いが成就する瞬間に重なる不穏な戦闘機の轟音と、か弱い蝋燭の光のクローズアップは、手にした瞬間に失われるという類型の悲劇的な結末を予告するかのように思えたが、翌朝になると、あっさりと村は開放され祝祭の雨が降り注いでいる。最後まで予定調和が避けられ、多種多様な現実の諸々が単純な物語へと回収されることを拒絶するのも誠実さというものだろうか。
Jeffrey

Jeffreyの感想・評価

4.0
「サン★ロレンツォの夜」

〜最初に一言、ダヴィアーニ兄弟の誠に見事な起承転結で描いた素晴らしい戦争悲劇で、82年のスピルバーグの「E.T」に次いで上映中に何度も拍手の沸いた人気ぶりだった事や残酷で滑稽なまでのストーリーが激しい衝撃と感動を呼び起こす名画である〜

本作はパオロ、ヴィットリオ兄弟によるヒューマン・ドラマで、この度BDにて久々に鑑賞したが素晴らしい。第二次大戦末期のトスカーナ地方を舞台に繰り広げられた戦争の悲劇をうまく描いている。本作は第35回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリエキュメニカル賞受賞しており、第18回全米批評家協会賞作品賞と監督賞を受賞している。タイトルは聖ロレンツォの夜、流れ星に願いをかけると叶うと言う言い伝えから撮られたものだそうだ。この作品は82年と言うことでスピルバーグの「E.T」に次いで上映中に何度も拍手の沸いた人気ぶりだったことを思い出す。拍手して笑いながらも、それが同じ村の幼なじみや親戚の間で起こっている事件で、あい撃ちあい傷つけ合いながら、介抱の水を求めあってはまた殺し合うと言う、優しさと残酷さが背中あわせになったシーンの連続が深く激しい衝撃的な感動を呼び起こし、上映後たちまち、ダヴィアーニ兄弟の傑作「父、パードレ・パドローネ」がなかったなら、今年のグランプリは本作に決定だったとニース・マタン紙他各紙の異例の賞賛を浴びたのも確かこの作品であった。

「父、パードレ・パドローネ」のレビューの時に言ったが、過去にグランプリ(パルムドール)を受賞した作者は主要な賞は再度受賞できないのがカンヌの習わしだからである。それだけに、審査員会が通例を曲げて審査員特別大賞の受賞決定を発表したときには、それがまた拍手を持って迎えられると言う異例ずくめとなったのである。これはダヴィアーニ兄弟のファンにとっては当然知っている事柄である。カンヌ国際映画祭は基本的に最高賞受賞した監督が次出品した際には最高賞より格下げの賞も受賞できないと言うしきたりみたいなのが確かあったのだが、この作品は特別に審査員賞受賞しているのだ。だから新聞の異例な書きようはこのためである。でも今はそんなことなく普通に受賞できると思う。さて前置きはこの辺にして物語を説明していきたいと思う。




さて、物語はイタリア中部のトスカーナ地方では、8月10日、聖ロレンツォの日の夜、流れ星に願いをかけると願うと言う言い伝えがある。今、チェチリアが流星にかける願いは、彼女がまだ6歳の少女だった頃の思い出話を、愛する人に聞き届けてもらうことだ。それは第二次大戦も終わりに近づいた1944年の夏。連合軍上陸ですでにローマは解放されていたが、中部ではドイツ軍の占領とファシスト支配が続き、連合軍の北上が待たれていた。トスカーナ地方の小さな村、サン・マルティーニの郊外の教会で、秘密の結婚式が行われた。新郎のコラードは徴兵拒否者なので、村の大聖堂には入れてもらえず、新婦ベリンディアは出産間近の身重だった。チェチェリアも出席し、参列者たちは、わずかなパンを分け合って、若い2人を祝った。サンマルティーニの村は、ほとんどの家に緑色で十字の印が付けられていた。

それはドイツ軍が、撤退するときに爆破して去ると言う目印なのだ。パルチザンのニコラが、フィレンツェから仲間のブルーノと帰ってきた。ブルーノはこの村の者ではないが、ニコラが怪我したので送ってきたのである。村外れで2人は別れた。家に戻ったニコラは、自分の家も爆破されることを知る。両親と妹ロザンナが、彼を避難所に連れて行く。人影の失せた村の上空に、戦闘機の不気味な爆音が響き渡る。村の名士の弁護士ミリアラーティは、ファシストではないが、家に緑十字の印を付けられていなかったので、その地下室が、人々の避難所になっていた。地下の闇の中で、人々はじっと耐えていた。そこへ、どこからともなく、軽快で活活としたマーチが聞こえてきたのである。米軍が来た!人々は一斉に外に飛び出し、姿は見えぬが近づきつつある彼らの救いの神に胸ときめかすのだった。

ところが、それはミリアラーティのいたずらだった。ドイツ軍の怒りに触れて、その夜から、ミリアラーティ夫妻も地下室に移った。翌朝、村の司教が、ドイツ軍司令部がいよいよ午前3時に家を爆破することを決定し、全員、大聖堂に集合する命令を受け取ったと告に来る。教会は爆破されるはずがない。しかしそれがドイツ軍の罠でないとの保証もない。考え抜いた末に、ガルヴァーノは村人たちに呼びかけた。村を脱出して連合軍を探しに行こうと。人々は迷い、動揺し、結局命令通り大聖堂に残る者と勇気を振って脱出に命をかけるものに別れた。日没を待ってガルヴァーノの一行は出発した。チェチェリアも母親のイヴァーナと一緒に加わっていた。午前3時、野原で身を寄せ合っていたガルヴァーノ達の耳に、村の方から爆破の音が響いた。

翌朝、一行はスイカ畑を見つけ、空腹を満たした。シチリア出身のマーラは、米軍第五師団には、シチリア系兵士の部隊があると聞かされ、同郷人に会いたくて1人野原に出て、ドイツ兵に撃たれる。脱出組の最初の死者だった。一方、村を抜け出した一団がいることを知ったファシストも追手をよこした。陣痛が始まったベリンディアは母親と一緒に一旦村に帰ることになった。夫のコラードは村の手前まで見送ることになった。マルディーニ夫妻は怖じ気づき、母親のコンチェッタを近くの実家まで送ってくれとガヴィーノに頼んで大聖堂に戻る。居残り組と戻ってきたものを前に、大聖堂で司教がミサを行った。前の広場にはドイツ兵とファシストが見張っている。突然、大音響が轟天、硝煙の中から、傷ついた人々がよろけながら出てくる。生き絶えたベリンディアを母親が引きずってくる。司教の手助けを頑に拒んで母親は娘を荷車に乗せた。

米軍捜査組の一行はコンチェッタの実家の前を通りかかる。が、家には火の手が上がっていた。この時、チェチリアは母親から、怖さが消えると言う呪文を教わった。数人のドイツ兵が接収したバスを霊柩車がわりにしてやってくる。後から、そのバスの運転手が追ってくるから、ガルヴァーノたちの目の前で生き絶えた。死ぬ直前にその男ダンテと言う男が米軍の居場所を知っている、と言い残した。ガヴィーノ達は、そのダンテなる人物を求めてアルノ川沿いを進んだ。小麦畑でガルヴァーノ達は、ダンテとその仲間に出会った。その中にブルーノもいて、ニコラは再会を喜ぶ。ダンテたちは、サン・ダンジェロ村の百姓たちの小麦の収穫を手伝っていた。ドイツ軍やファシストに略奪されないように急いで収穫して隠さなければならないと言う。ガルヴァーノ達も、米軍捜査を中断して、手伝うことにした。

ニコラやディルボ、コラード、老人オリントたちは、米軍捜査を止めて、ダンテ達と行動を共にすると決心する。ダンテは彼らに名前を変えて身元を隠すように言う。この日は聖ロレンツォの日だったが、夜になってもそのことを思い出す人はいなかった。翌朝、チェチリアは大人たちより早く起き、友人のレナータと2人で街道に出た。そこに見慣れる兵士が2人、くつろいでいた。ガムと即席の風船をもらった彼女たちは大人たちに告げに戻った。しかし、再びその場所に来た時、兵士の姿はなく、米国製のタバコが残っているだけだった。その上、人々は、米軍どころかファシストのー団が来ていることを知った。小麦畑の中で、パルチザン、米軍捜査組とファシストの銃撃戦が始まった。互いに敵同士だが皆、同じ村の幼なじみや親戚と言う、残酷な戦闘だった。

チェチリアは母親に習った呪文を一生懸命に唱えた。ディルボが死んだ。ニコラも、オリントも死んだ。ファシスト親子も死んだ。その夜、ガルヴァーノ達は、パルチザンたちに招かれて、サン・ダンジェロの村に行き、数件の農家に分宿させてもらう。偶然にも、ガルヴァーノとコンチェッタに対する、若い時からの思いを告白する。死と隣り合わせの短い夜に、2人の心は初めて1つになった。翌朝、米軍の第五師団が、この地方の町や村を次々に解放したという知らせが入った。人々は、サン・マルチーノに帰る準備を始めた。日が照っているのに土砂降りと言う奇妙な天気の中で人々は帰途につく。ガルヴァーノだけは、その後もしばらく村の広場に残って、考えにふけっていた。現代のサン・ロレンツォの夜。流れ星が光り、チェチリアは愛する我が子に、あの呪文を唱えて聞かせている…とがっつり説明するとこんな感じで、1982年のカンヌ国際映画祭にコンクール参加作品として出品され、映像の美しさと詩的で人々を酔わせて笑わせ、泣かせて大喝采を浴びた作品である。

いゃ〜、久々に見たけどここまでリアリズムとリリシズムの昇華…内戦のおぞましさがかくも見事に描かれた映画は滅多にないだろう。映画史上かつてなかった感動的で最も慎み深いラブシーンが垣間見れるのと、子供の目を通しての戦争映画は様々あるが、この監督が非凡なのは、子供が大人になるのではなく、大人がかつて子供だったことをよく知っているからだと言わんばかりの作りになっている。まさに10年に1度しか巡り会えない美しい映画と言っても過言では無いのではないか。そもそもストーリーも面白い。監督たちが幼い頃に実際体験した、ナチスドイツとファシストが支配する小さな村から、アメリカ軍を探し求めて危険な脱出の旅を続けた事実の数々に基づいていて、冒頭のシークエンスの、姿は確認できない女性が彼女の最愛の人への願いとして語り始められ、ラストシーンで、スヤスヤと眠っている〇〇の〇〇への物語として観客に伝えられる構成になっているのが素晴らしいの一言だ。

やはりダヴィアーニ兄弟の作品は残酷な場面にユーモラスが混じっているため非常に見やすいと思う。いろいろな人物を多彩な群衆のドラマとして描いているのも特色の1つだが、のんびりとしたムードには戦争の恐怖と不安が混じり合っているのが本作の見所の1つである。回想の内容は決してロマンティックなものではないが、第二次大戦の末期のイタリアのトスカーナ地方のある村に起こった悲劇が丁寧に描かれている。特に子供がすごく救いを感じられるように扱われている。例えば2人のアメリカ兵がコンドームを膨らませて作った風船をもらって喜んだりする場面は落ち着くし、悲劇的な場面と牧歌的な場面の組み合わせがこの作品のユニークな味わいを出している。だって親戚同士殺し合う映画なんだから、石井監督の「逆噴射家族」でもここまでは行かなかった(笑)。

そして何よりも滑稽に満ちたシーンが、敵同士だと気づかずにお互いに負傷者の手当てをしようとした途端に気づきあって即効で殺し合う場面はなんとも笑えるし、ギリシャ神話(と言うより古代ローマの戦士たちが敵をやっつける場面を空想しているのが表れている)に出てくるようならえげつない槍で串刺しにされる場面も惨たらしいがなぜか笑ってしまう。敵と味方がお互いに背中合わせになっているこの映画の役割は色々とある。残酷で悲劇であり、ファシストの少年とその父親を捕まえ、ついに処刑してしまう場面もあまりにもひどいと思う。あのハンサムな少年が見るも無残に殺されていくのだ。しかもそれらの描き方が非常にドライであり非情なのである(印を踏んでいるつもりはない)。それとこの作品は主人公と言う主人公はいなくて、基本的に親戚全員がちょろちょろと画面に出てくる。そういった中、特徴的なのが少女なのだが、その少女の心理の表現も非常にうまくできている。
冒頭から傑作の予感がしたけど期待通り。麦畑での攻防戦の寓話性 槍ヤバすぎんだろ
そして素晴らしい日向雨映画でもあった
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