革命の子どもたちの作品情報・感想・評価

革命の子どもたち2011年製作の映画)

Children of the Revolution

上映日:2014年07月05日

製作国:

上映時間:88分

3.3

あらすじ

「革命の子どもたち」に投稿された感想・評価

Chiharu

Chiharuの感想・評価

3.3
ベティーナは母を少し恨んでいるように見えたけど、重信メイは母のこのを尊敬していて対照的だった。2人とも自分の母は正しいことをして間違った行動をとったと感じているようだったけれど、母の見方に違いが生じている原因は、母が今も生きているのか、もういないのかというところが大きく影響しているのかなと思った。ベティーナも母親が今も生きていて、対話をして母を理解する機会があれば、重信メイのように母を尊敬することができたかもしれない。ベティーナが恨んでいるのは、母が子供のベティーナを危険にさらしたり革命を起こそうとしたことなんかではなくて、自殺しまったことだと思った。
当方、未だ子どもだったが、重信房子が新幹線から出てくるニュースは記憶にある。
足立正生も出てくる。メイさん美人だなー。
OnOrOff

OnOrOffの感想・評価

4.0
正反対の2人。
良い悪いもないし、正しい正しくないというのも違う。どちらもありだと思う。

ただ、やはり選ぶことのできない運命のある憂世だ。
asquita

asquitaの感想・評価

3.5
ドイツと日本、2人の女性革命家の娘たちの物語。

重信氏とマインホフ氏の、母親に対して抱く思いが異なるのが印象的。一緒にいた違いのせいか、それとも母の革命家仲間たちとの関わり方が関係しているのか。

このドキュメンタリーを観ると急に街角の国際手配ポスターが目に入ってくるようになる…
ウルリケ・マインホフと重信房子、それぞれの娘へのインタビューを併立させたドキュメンタリー。面白かった。

ウルリケの生い立ちやRAFにいたる経緯もわかって良かったんだけど、それ以上に「シゲノブとPFLFの仲間たち」のインパクトが強すぎた。最後、それがみんな持ってってた。

どちらの娘も穏健な正論を言っていた。

インターネットと9.11以後のテロルは、テロルそれ自体の何を変えたのだろうか? と考えさせられる。
yuzupon

yuzuponの感想・評価

3.1
二人の子どもたちのそれぞれの親に対する考え方が全く違うのが印象的であった。
土偶

土偶の感想・評価

3.0
重信房子の少し年上世代の母曰く、心情的左派が多かったベビーブーマー前後生まれから見ると、彼女はアイドル的存在だったらしい。評価は別として笑顔の写真が多いアナーキストは珍しい。
ドイツ赤軍と日本赤軍の各女性リーダーたちの娘が見る母への想いがこれほど違うことに、驚かされた。
ドイツ赤軍のことは「バーダー・マインホフ 理想の果てに」というウルリケを主人公にしたドイツ映画で時系列に事前学習できる。

このレビューはネタバレを含みます


その活動の善し悪しは別としても、今から45年前の日本の若者たちはエネルギーが満ちあふれていた。

自分たちが力を合わせれば日本を、そして世界を変えられると本気で考えそれを行動に起こしていた。

大学の学費値上げ反対運動からベトナム反戦、日米安保反対と発展し暴力を伴った学生運動が隆盛を極めた。

本映画で取り上げられた重信房子はそのような学生運動のまっただ中にいた人物だ。

学生運動に参加し、共産主義者同盟に加入。その後、レバノンに渡り日本赤軍を結成。 パレスチナ解放人民戦線とともにイスラエルと戦った。

長らく国際指名手配されていたが、2000年に日本に不法入国し、大阪に潜伏していた際に逮捕され現在は懲役20年の刑に服している。

『革命の子どもたち』は、日本赤軍のリーダー重信房子の娘である重信メイとドイツ赤軍のリーダーウルリケ・マインホフの娘ベティーナ・ロールに焦点をあて、彼女たちが革命家の娘としてどのように波瀾万丈な人生を歩んできたか娘から見て母はどのような存在であったかを語るドキュメンタリー映画だ。

ドキュメンタリー映画の価値とは力なき者の声を代弁することであると考えている私はともにジャーナリストであり、本を出版し、メディアにも積極的に露出している二人に自分たちの生い立ちや母への想いを語らせるという企画自体にはあまり意義を感じなかったが、当時の時代背景を感じることができる映像、そして、母への想いが対照的な二人が日独の対比構造の中でインタビューに答えるという構成は面白みを感じた。

よくアメリカ人の友人にクレイジーだと言われる日本人の行動の一つに「引責自殺」というものがある。

家族や身内の罪を背負い、自らの責任として自分を責め自らの命を捨ててしまう行為である。

儒教思想と「恥」の文化が融合し、身内の罪は自らの罪ととらえてしまうのである。

重松房子の娘の重松メイが日本を初めて訪れたのは彼女が28歳の時。

それまでは国籍の名前も変えて中東を転々としながら過ごしていた。

彼女が「母は国際指名手配された犯罪者」というレッテルに怯えて細々と生きるのではなく、重信メイ個人として、
パレスチナ問題を専門とするジャーナリストとして多くのメディアに登場するのはやはり一神教の国で育った事に由来するように思う。

キリスト教にしろ、イスラム教にしろ
一神教を信仰する社会では、唯一絶対の存在である「God」と「個人」との契約に則って日々の生活が営まれる。

「個」としてどう生きるかを強く意識する。

母は母としての生き方があり、娘は娘としての生き方がある。

これは、日本社会で育っていたら生まれてこなかった考え方だろう。

彼女(重信メイ)は言う。

母(重信房子)の時代には、何か世間に訴えようとすればマスメディアの注目を集めるために事件を起こし、声明文を出し、問題定義をしなければならなかった。

しかし、今は違う。

個人が情報発信をする手段は多様になった。

インターネットで情報や自身の考えを
ばらまくことができる。

海外の人たちに伝えられるチャンスがあり、正義のために戦う別の方法がある。


私もニートが生きやすい社会を創るために、正義の戦いを続けていこうと改めて決意した次第である。
日本赤軍とドイツ赤軍の女性活動家を母にもつ、2人の女性のドキュメンタリー映画。2人の間で、母親に対する思いが、正反対というくらい大きく異なる点が興味深かった。
たまこ

たまこの感想・評価

3.0
前々から、重信メイさんが、なぜ母親を全く恨んだり、恥ずかしく思ったりしていないのか不思議だったので、この映画を観ました。
もう1人のドイツ人女性との、母親への思いの対比が興味深かった。
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