ここに泉ありの作品情報・感想・評価

「ここに泉あり」に投稿された感想・評価

poooh3

poooh3の感想・評価

3.5
フィクションではなく、本当にこうしてた人達がいたことに敬意を表します。
そして今も続いていることに。
地方の文化も捨てたもんじゃない。
もちろん今は楽器を担いで歩いていくことはないでしょうが。
もう何年も前に見たから細かい内容は忘れてしまったけど、楽しくて大好きな映画だった
小林桂樹の良さも初めて知った
べらし

べらしの感想・評価

3.7
みんな共産党の啓蒙思想が鼻につくとかジェンダー観が古いとか、さすがに群馬県への差別だとか言うなよ
音楽を合奏する愉しみがワンシーンでも描けていれば音楽映画としては成功なんだから
高崎電気館で定期的に開かれる無料上映会で鑑賞。

開始前にスタッフさんから「古いフィルムでの上映のため、切れたりトラブルの可能性あり、ご了承ください」の地声アナウンス。

七人の侍でお馴染みの加東大介さんがいい味(ブルーリボン賞)
山田耕筰がセリフ有りの出演。門外漢の特別出演にありがちな棒読みではなく、とても映画に合った演技に驚き。

大満足。国立映画アーカイブさん、壊れる前になんとかデジタル保存をお願いします。
それぞれに事情を抱えた冴えない市井の人々がひとつの情熱の下に
集結して、衝突や失敗を繰り返しながら最後には小さな奇跡を起こす、
という自己実現系の物語。
80年代以降現在に至るまでイギリスや日本を中心として世界中で大量に
作られることになる黄金パターンだが、この映画はその雛形のひとつと
言える。一度もリメイクされていないのが不思議に思えるくらい驚くほどに
現代的な映画。
それぞれのキャラクターの掘り下げは浅いが、終盤の演奏シーンはどれも素晴らしくとても60年以上前の映画とは思えない瑞々しさ。

今井監督の映画は、生活では感じたことのない感情を喚起させてくれるという点で、映画を見るということの、非常に原始的な喜びを感ずる。

演奏シーンは長いが、その分、味わえる。

今ひとつ涙を流せなかったのは、もう一生オーケストラを聴けないであろう子供達に送る眼差しに違和感を持ったからだ。彼らたちオーケストラ陣の芸術観が彼らたちのものでなく、映画全体のものになってしまっていることへの憤りというか、居心地の悪さを感じてしまった。

このレビューはネタバレを含みます

扉も閉まらないほど人がギュウギュウな列車から走行中に窓から降りたり、煙草を吸いながらヴァイオリンを弾いたり、和傘をさしてたり、楽器を背負って山を登ってたり近代化されていない山奥の農村だったり……さらにそこへ教科書で見た山田耕筰が出てくる。実物。動いて喋る歴史上の人物。それだけで凄いことなのに、一緒に見ていた老人たちが口々に懐かしいという…マジか。確かに今も健在の役者さんが出演している…ほんの(?)ひと昔前の話だということに衝撃を受ける。

生活にも困窮しても家族がバラバラになってもそこに留まる必要がなくても音楽の理想のために活動した先人たちの情熱には頭が下がります。
じゅぺ

じゅぺの感想・評価

4.3
ここに泉あり、みた。戦後混乱期に高崎で市民オーケストラを結成するお話。音楽は人を笑顔にする。泉のように心も潤す。美しい音の調べが人と人をつなぐ瞬間の喜びは、なにものにも代え難い。しかし、その裏には諦めや妥協が隠れている。この国には、一生に一度しかオーケストラを聴けない人たちがいる

この映画のひとつ大事な視点なのは、生まれ育った地域や、住んでいる場所で、人生はがらりと変わってしまうということ。それは、山奥の小学校やハンセン病患者の施設の演奏会の場面に現れていると思う。芸術は人生を豊かにするという言説自体、芸術そのものへのアクセスが限られている人には残酷に響く

映画自体には関係ないけど、たびたびツイッターで揉めてることを思い出した。「映画館で見るべき」とか「IMAXでなければ価値がない」だったり、ホントに不毛なんだけども。それはともかく、住む場所によって同じ日本でも文化が違う、ということは、特に40年台後半の貧しい時代は深刻なんだと知る。

冒頭が高崎駅の買い出しの電車の時点で、そういう都会と田舎のちがいみたいなものは、最初から提示されていた。これは同じ今井正監督のキクとイサムでも描かれていた。田舎だからこそ顔見知りのハーフの子を可愛がりもすれば、逆に逃げ出せない壁を築くこともある。人が多い場所ではそれは全部逆になる
過去においても現代においても、音楽で食うにはいつの時代も大変である。それが食糧難の終戦直後、地方都市において本格的な交響楽団を立ち上げて、さらに維持していくことは並大抵の苦労ではない。
 
日本初の地方楽団・群馬交響楽団の黎明期における苦心談をドラマ化した『ここに泉あり』は、 60 年の歳月は流れていようとも、今も観る者の心を打つ名作である。
 
雨の日も風の日も雪の日も、重い楽器を自ら担ぎながら、群馬各地を無蓋車、トラックの荷台、徒歩で駆け回る楽団員の姿だけでも来るものがあるが、ことさら感動的なのが、彼らが来ることを今か今かと楽しみに待っている人々の存在である。
 
ハンセン病療養所での演奏会― 感動した患者たちの音なき音の拍手の嵐。
 
山奥の学校での演奏会― 楽団の演奏にあわせ、子供たちの『赤とんぼ』の大合唱。
 
現代のように CD や音楽配信で音楽をいつも聴ける時代の話ではない。ひょっとしたら彼らが本格的な音楽に触れる機会がこれっきりかもしれない。彼らの音楽への渇望は今の我々とは比べようがなく、彼らのあの心から音楽を楽しんでいるような表情が万感胸に迫る。
 
ラスト、山田耕筰(本人!)の指揮による晴れの舞台で楽団員がベートーベン『第九』を演奏する。観客席にはかつての楽団員の姿もある。様々な理由で脱落せざるをえなかった彼らの脳裏に浮かぶもの、それは、あの苦楽を共にし演奏にあけくれた日々である。
 
この映画を 10 年位前に新・文芸坐で観たとき拍手が起こった。自分にとって劇場で拍手が起こったのはこの時が最初…いまだに忘れることができない My 映画人生の 1 場面である。
yuka

yukaの感想・評価

4.7
音楽が生まれる瞬間の喜びが、一度ならず何度も写し取られていた
そのどれもが素晴らしいという
>|