クリント・イーストウッド アウト・オブ・シャドーの作品情報・感想・評価

「クリント・イーストウッド アウト・オブ・シャドー」に投稿された感想・評価

クリント・イーストウッドの2000年時点までの功績を称えた絶賛ドキュメンタリー。
彼のそれまでの出演、監督作をかなり余すとこなく網羅してて、ファンなら必見。
それにしても、このドキュメンタリーの後にも監督として爆発的活躍を見せるんだから凄い。
のん

のんの感想・評価

3.0

アクターズ・スタジオインタビューの方が好きだけど、ドキュメンタリーなのでこちらも観てみた。

俳優・監督としてのクリント・イーストウッドを語るフィルム。

ジェームズ・キャグニーのこと、やっぱり好きだったんだ\(^o^)/
netfilms

netfilmsの感想・評価

3.4
 193cmの偉丈夫、法と正義の行使の不一致に怒る半権力者、マルパソ・カンパニーのオーナーにしてリーダー、子供の頃からのJAZZ愛好家、大部屋俳優から登りつめた遅咲きの大スター等々、イーストウッドには様々なイメージが付いて回る。撮影現場でも決して威張らず、周りをリラックスしたムードで包みながら、時に真剣な眼差しで彼らから答えを導き出し、含蓄ある言葉で俳優陣を指揮する。今作は『スペース・カウボーイ』完成直後に制作されたクリント・イーストウッドの自伝的ドキュメンタリーである。ナレーションは『許されざる者』で共演を果たしたモーガン・フリーマン。イーストウッドの撮影現場を「ずっと居たいと思わせてくれる最高の場所」と称するフリーマンの証言は出て来ない。チャーリー・パーカーの生涯を映画化した『Bird』のような破天荒な編集は為されておらず、監督でイーストウッドと同じくJAZZ愛好家であるブルース・リッカーは極めてオーソドックスに、時系列に沿って淡々とイーストウッドの半生に迫る。とはいえ肝心要のイーストウッドのインタビューはほとんどない。今作では専ら、イーストウッドの周囲にいる人たちの証言を丁寧に集めながら、人間クリント・イーストウッドの魅力と本質に迫る。

生まれたのはアメリカの大恐慌時代、ガソリンスタンドで働いた両親は金に苦労し、西部を何度も転校させられたイーストウッドは徐々に内向的な性格に転ずる。独学でピアノを覚え、16歳の頃にはJAZZバーでピアノを演奏し、ピザやビールを奢ってもらうようなったイーストウッドは、必然的に大人の世界での処世術を身につける。ファッツ・ウォーラーのレコードを買い与えたことを、母親であるルース・ウッドは昨日のことのようにカメラの前で懐かしげに語る。朝鮮戦争への陸軍での出兵と除隊を経て、ユニバーサルと契約を結ぶが、大部屋俳優としての生活は決して楽ではない。同僚たちが遊びに行く時も、彼は当時、水着モデルをしていたマギー・ジョンスンと結婚しており(ほんの少しだが写真が出て来る)、彼女との間に長男カイルと妹のアリソンが誕生する。ユニバーサル時代、マーロン・ブランドに可愛がられながら、『半魚人の逆襲』『世紀の怪物/タランチュラの襲撃』といったB級映画の端役しか与えられなかったイーストウッドは、レスター・ヤング、ジェームズ・ディーン、ジャック・ケルアックら、50年代のカリスマ性溢れる偉人たちの仕草や格好を見て、目指すべきスター像を膨らませたエピソードが微笑ましい。やはり転機となった『ローハイド』の出演から、セルジオ・レオーネのマカロニ・ウェスタンに転じたエピソードは圧倒的に面白い。当時のイーストウッドのギャラは、ジェームズ・コバーンの半分程度だったという。アメリカは当時、ありあまるイーストウッドの野心や才能を持て余していた。名無しの3部作の後、帰国後の彼の一気呵成の行動力。今作はセルジオ・レオーネとの出会いよりも、ドン・シーゲルとの出会いを重要視する。

制作されたのが『スペース・カウボーイ』公開直後とはいえ、1時間30分弱のドキュメンタリーで彼の膨大なフィルモグラフィを平等に扱うのは極めて難しい。今作では一応の頂点をアカデミー監督賞を受賞した92年の『許されざる者』に据え、思い入れたっぷりだった『Bird』にかなりの時間と熱量を割いている。監督作品以上に、『ダーティ・ハリー』シリーズの歴史的意義、例の悪名高い女性批評家ポーリン・ケイルの暴力への批判など、帰国後の彼のキャリアが決して順風満帆ではなかったことを明らかにする。なかでもドン・シーゲルのジョン・ウェインに対する「イーストウッドなら後ろから打つだろう」という有名なエピソードがあまりにも痛快に映る。ここではジョン・フォードとジョン・ウェインの伝統の西部劇に対し、ドン・シーゲルとクリント・イーストウッドが新しい西部劇のダーティ・ヒーローとして時代の変革・継承を促すのである。残念ながら生前の共演はなかったが、ウェインが新たな西部劇スターについて語るフッテージはなかなか貴重である。『ブロンコ・ビリー』や『センチメンタル・アドベンチャー』、『ペイルライダー』のような映画史的に重要な作品を無視しても、『ダーティファイター』シリーズがイーストウッドにとって転機となったと見るブルース・リッカーの分析も、あながち間違っていない。

ただ『Bird』や『ホワイトハンター ブラックハート』の興行的失敗を映画的スランプと断じ、『許されざる者』を劇的な復活とするブルース・リッカーの判断はやや強引で承服しがたい。『Bird』や『ホワイトハンター ブラックハート』での監督としての野心が、その後の『許されざる者』や『マディソン郡の橋』の成功に結びついていく。デビッド・ジャンセン、ビル・マッキニー、イーライ・ウォラック、ジーン・ハックマン、フォレスト・ウィテカー、バディ・ヴァン・ホーン、ジャック・N・グリーン、レニー・ニーハウス、カーティス・ハンソン、マーティン・スコセッシなど数々のイーストウッドとゆかりのある人物たちの証言の数々。ジェフリー・ルイスが嬉々としてイーストウッドとの思い出を語るエピソードには胸が熱くなるが、当然のごとく裁判で慰謝料と相殺で口封じされたソンドラ・ロックは出て来ない。願わくばロイド・ネルソン、フリッツ・マーネイズ、ロイ・ジェンソン、ダン・ヴァデイス、アルバート・ポップウェル、ジョン・ミッチャムらイーストウッド組の俳優たちや、長男カイルと妹のアリソンの声も収録して欲しかった。イーストウッド・フリークスとしての個人的見所は、アメリカのTV番組に可愛い刺繍のスウェットで登場したイーストウッドと、85年のカンヌ映画祭のレア・フッテージ、そしてカーメル市長選の選挙演説である。新しい発見はほぼないが、イーストウッド・ファンなら観ておいて損はない。

このレビューはネタバレを含みます

【貴方の侭でいてください】


イーストウッドが遂に第二次大戦を描く、それも二本も。
40年にならんとするその長いキャリアの中で 過去に様々な題材を扱いながらも、然し大戦に対しては一貫して慎重な姿勢を崩さず距離を置いていた彼が遂に。

集大成なのだろう。そして彼も、集大成を撮る様な時期にもうとうに入っているとゆう事なのだろう。
何も言わずとも解るよ。

クリントイーストウッド-それは私にとって「映画」とずっと同義語だった。

製作発表から凡そ2年、指折り数えてこの日を待ち焦がれていた筈なのに今は複雑な気持ち。

今回はとても大きな節目だけど、私はこれからも貴方をずっと見続けてゆくよ。

貴方の侭でいて下さい。

--- 2006.12/01(ブログより転載)




イーストウッド映画を見続けて来た私は『答は観客が識っている』とゆう彼の言葉通り、主張や説明を押し付けられるのを好まず「自ら考え 自ら答に辿り着きたい」と思う様になってきた。
前作「チェンジリング」は私が求め続けた映画だった。そこに究極的自立を遂げる主人公は私自身であり それは究極の映画体験と言っていい。

でも、
でも………、

私が望み 求め続けていた「自立」、皮肉な事に それは私が最も怖れていた事 -「イーストウッドの喪失」- だったのかもしれない。
これ迄もイーストウッドは幾度と無く自己を消失させてきた。一連の西部劇では自らを亡霊に準えた。主張と断定を拒否し 自らの意見を消し去った。「ミスティックリバー」では絶対的な答(神)を消し予定調和を完全に葬った。「ミリオンダラーベイビー」ではドラマの要である表情を隠し覆し、「父親達の星条旗」では自らが属した英雄を否定。息子(観客)に語る事すら止めた。
どんどん〃〃イーストウッドが消えてゆく…。
そして「チェンジリング」では最早 審美性や技巧を誇示する事もない…。

イーストウッドは自らを消失させる事で私に自立を与えてきた。
私には、イーストウッドの境地と 自らの自立を喜ぶ一方、どんどん消えゆくイーストウッドへの涙が溢れていた。

---2009.04/15(ブログより転載)




《DVD観賞》
ysak

ysakの感想・評価

3.4
2000年くらいまでのイーストウッドの足跡。この後に、ミリオンダラーとかミスティックリバーとかグラントリノとかジャージーボーイズとかとかあるんだから、どんだけ偉大なんだ…。
とりびゅ~~と☆クリント・イーストウッド!

端役の頃から『スペースカウボーイ』辺りまでを追った、クリントさんのドキュメント♪

20代の端麗な顔立ちの、端役クリントさん
7年も続いたTVシリーズ『ローハイド』のクリントさんの映像はファンにとっては、なかなかのお宝☆

大袈裟な演技をせず、ゆったりした動きとクールな表情
そんな彼を「猫のようだ」と形容した、セルジオ・レオーネ監督との出会い

凱旋後、ドン・シーゲル監督と築き上げた新たな挑戦

俳優出身の映画監督が、まだまだ珍しかった時代から、自分のスタイルを模索して、貫き通し
だからこそ、暴力や女性の描き方が、時には観衆に受け入れられなかったり
興行的に失敗に終わる結果となったり
今思えば、それが
クリントさんの感性が先を行き過ぎていた証明であるような気さえするのですが
そんな彼の姿を、丁寧に、年代を追って観返して行くことで
『許されざる者』でのオープニング
「セルジオ・レオーネとドン・シーゲルに捧げる」
という言葉に、思わず目頭が熱くなるのです・・・

クリントさんが作品を振り返って
「軽薄すぎてストレスが溜まった」とぶっちゃけ貶す場面もあったりでw
でも、私はそんな作品でも、一つでも多く彼の作品を目に焼き付けたいわけで♪

監督をする落ち着いた、優しい物腰
直感を信じて迷わず、撮影現場を和ませるのが自分の役目だと言い切る姿が
彼の人柄そのもののような感じもして
瞳孔が開きっぱなしの80分♪

演じ続けたアウトローの肖像

時には暴力に訴え
惨めなことだと分かっていても
愛と正義を決して手放さない
どんな運命でも甘んじて受け入れる
その勇気を併せ持つ
そんな人物だけが
彼の映画の中でヒーローという名を手にできる

私の中でのNo.1アウトローは『ペイルライダー』かな~♪
全部捨てがたいな~♪