土本典昭監督が初めて「水俣」に関わったテレビドキュメンタリー。監督は、カメラを向けることの怖さと責任を思い知らされ、以来43年間水俣を撮り続けた。
◼️【水俣病】とは
熊本県八代海沿岸及び新潟県阿…
モノローグで語るのは水俣について勉強しにきた短大生なんだけども、患者よりそっちが気になってしまった。当時の日本テレビで流れたそうで、このスタンスね正しいねとは思うけど、土本が反抗の兆しを見せているな…
>>続きを読む外から来た者はどうしたって外から来た者でしかない現実、だが内からの声がたかだか10年で消えかけようと言うなら外からであろうと関係を続けよう、私は決して目を瞑らないとの姿勢がケースワーカーの短大生の姿…
>>続きを読む水俣病患者の相談を受けるケースワーカーになることが決まった女子短大生、その1週間の実習を追った1965年のテレビドキュメンタリー。
1956年の公式報告から10年が経ち水俣病の問題は鎮静化していた…
先日の『ある機関助手』に続いて土本典昭の初期作をYouTubeで。
65年の日本テレビだそうな。確かにあの頃はTVに齧り付いていた。もの凄い作品がたくさんあったんでしょうね。覚えてないけど。
土本…
日本テレビの『ノンフィクション劇場』にて1965年放送のドキュメンタリー。
政府がやっと水俣病を公害として認めたのが1968年だから、こうした事実がある、と広く社会に訴えるだけで大きな意義があった…