青い山脈の作品情報・感想・評価・動画配信

「青い山脈」に投稿された感想・評価

「青い山脈」

青い山脈といえば原節子だと思っていたのだが検索をかけたところ吉永小百合が出てきた。どちらも観た事が無いのでまず最初に私の人生のプリンセス、原節子の青い山脈を観ようと思った。この後に吉永小百合バージョンを観てみようと思う。むしろ浜田光夫を観たい。

原節子が学校の先生役だなんて、二十四の瞳の高峰秀子を思い出す。
原節子は男っぽくかっこいい先生だなと感じた、それは別に男のような口調だとか振る舞いだとかそういうことでは無いのだが、高峰秀子が可愛らしい先生を演じたのだとすれば原節子は綺麗な先生を演じたのだと考えた。

原節子が伊豆肇にビンタするシーンはThe戦後のような演出、秒速で叩いて黙ったまま去る姿の背中の肩パットに目がいった。

この映画は元々松竹側が木下惠介監督によって制作すると企画していたが東宝が制作権利を獲得。色々揉めたが最終的に落ち着き今井正監督のデビュー作になった。戦時中若い男女が一緒に歩くだけで批難されていたのを「そんな時代は終わった」と見せつけたい意思があったそうだ。
実際作中では原節子が恋愛について問うた時生徒が「戦争中は罪だったが今は正しい行いかのように見える」と言っていた。
実際、このように恋愛や男と女の関係の考えは戦時中と戦後で大いに変わっていったのだと思う。
一足先に恋をした少女にクラスメイトは意地悪をする、それを原節子が丁寧に怒る。「家の為、名誉の為、国の為と言ってそういう立派な名目で人を圧迫し個々の人格を束縛し、無理やりひとつの型にはめこもうとする、日本人の今までの暮らし方で1番間違えていたことです」まるで日本の全国民に言っているかのような言葉だ。
原節子がここまで喋る映画を見たのは「わが青春に悔なし」以来久しぶりだと思う。

木暮実千代が美しい、「お茶漬けの味」で彼女を知ったがその時は既に落ち着いた夫人の役だった。彼女はこういう花の街の女が凄く似合う、赤線地帯でもとても良かった(それも年齢的には年老いてるような疲れきった女役ではあったが)。脇役がここまで美人なのにそれに飲み込まれない原節子も凄い。

校長先生の言葉は一方通行で原節子が可哀想。
「教師というものは政治家になる必要な時がある」どういう事なんだろうか、原節子の言う圧迫する事で人格を束縛し得る存在になる必要があるという事だろうか。

「この短文の中で間違いが4つあります」と怒りながらも間違いを指摘し、チョークを投げる原節子に惚れる。彼女はこういうかっこいい女も演じれるのだなとますます尊敬する。

嘘泣き祭りの女生徒をみて「女の園」を思い出した。「女の園」はこの作品のように恥ずかしい理由(嫉妬)ではなく学問の自由を訴えていた為話は全く違うのだが、その違いを比較していると面白い。何故かこの作品の生徒の芝居までもが安く見えてくる。

池部良がかなりハンサムだ、爽やかで素敵な男性だ。以前徹子の部屋で黒柳徹子が「あなたには本気で恋をしそうになりました」と仰っていたのを思い出した。私は彼を「早春」で知った、その中の彼は浮気者で愛されるという事の大切さを分かって居ない貧弱な男を演じていた。その時の彼も好きだが、今作のような爽やかボーイもとてもいい。

続 青い山脈も気になる。
石坂洋次郎が池辺良の幼少時を知っていたよしみで、彼を絶対指名して映画化を許した、という裏話があります。
akrutm

akrutmの感想・評価

3.7
石坂洋次郎の小説『青い山脈』の最初でかつ最も名高い、今井正監督、原節子主演の映画化作品。朝日新聞で本小説が連載されたのが戦後間もない1947年で、本作はその2年後である。そういう意味で、男女交際という身近なテーマを扱いながら、戦前の旧態然とした教育体制や思考様式の古臭さを批判的に描いていて、本映画は民主主義の啓蒙に大きく貢献したのだろう。実際に石坂洋次郎自身も、戦後民主主義を表現することを狙って本小説を書いたと名言している。

私にとって最も馴染みのある『青い山脈』は1963年の「島崎雪子=芦川いづみ」版なので、どうしても芦川いづみ版と比較せずに本作を観ることはできなかった。まずは、本作の「島崎雪子=原節子」版が二部作であることをよく理解していなかったために、ストーリーの途中で終わってしまったのには驚いた。なので、有名な「変しい変しい私の変人、新子様」のシーンが見れなかったのは残念。続編には、寺沢新子役の杉葉子のナイスバディな水着姿(芦川いづみ版の吉永小百合では不可能なシーン)もあるようなので、機会があれば観てみたいと思う。

芦川いづみ版と比べると、本作のほうが全体的にコメディ感が弱く、その分、ラブレター事件を深刻なものとして描いていて、原節子扮する島崎先生の態度も熱いように感じる。芦川いづみ版には出てこない同僚の女性教師から島崎先生が応援の声をかけられるというシーンなどは、今まで抑圧されていた女性の地位向上というメッセージも読み取れるかもしれない。当時はGHQの検閲があったので当然と言えば当然なのであるが、芦川いづみ版を見慣れている自分にとっては、やや面食らった。そういう意味では(60年代中旬なので、もう啓蒙うんぬんは必要ない)芦川いづみ版のほうが娯楽性に徹していて、単純に楽しむことができる。

出演している俳優たちも、概して芦川いづみ版のほうが好印象である。本作の原節子や杉葉子も、彼女たちの日本人離れした体格や容姿からしても、適役であると思う。特に、本作がデビュー作である杉葉子は、個人的には美人とは思わないが、背の高さや制服の上からでもわかるプロポーションの良さは印象的。一方で、若医者の沼田先生を演じている龍崎一郎の演技はイマイチ。重要な役なだけに、芦川版の二谷英明の良さが際立ってしまう。さらに、ちょい役ではあるが、ガンちゃんを演じた伊豆肇の下手くそな演技にはがっかり…芦川版の高橋英樹はすごくよかったのに。悪の権化である井口甚蔵を演じた三島雅夫は、彼のいやらしい表情や口調からして、はまり役だと思う。実際に、15年後の芦川いづみ版でも同じ役を演じている。最後に、やっぱり島崎先生役は、芦川いづみが最高。原節子であっても敵わないと、個人的には強く主張するものである。
笑えて感銘もうけた!
生徒とも学校とも闘う孤高の原節子めっちゃよかったな。
古い古い映画。
映写機📽️の時々テープが切れる音と共に観賞。(3本で1000円)
ピュアな普通の恋愛がご法度とされた封建的な地域での大卒の頭のいい封建的な所を変えようと奮闘する美しく若い教師と校医の恋愛、女子学生と男子学生の恋愛、、、今の日本には無くなったピュアな恋愛がとてもステキだなぁ~と。
日本の古い映画は本当に好きだ。
今井監督作品は初めて観たのだが、お隣のお洒落な小さいおばあちゃまは、3度も観たの!!と。続編始まる前人気和子役の子がとても可愛いのよ!とか、この席からだと斜め過ぎてあの俳優さん素敵なのに素敵に見えなくて残念だわ。とか、一緒に歌いましょう!と誘われたり、いつもの映画館と違ってお喋りしまくりのおばあちゃま、おじいちゃまの間でとても楽しめた。
お隣のおばあちゃまは、挿入歌の青い山脈など声に出して一緒に唄ってるのが可愛くて可愛くて、、、しかも声が美しいの。
去年も一度行って今年も良かったので来年も行きます!
こんなにも穏やかで善意の時代が確かにあったのだろうかと思いながら当時のことを想像した。
女学生たちの言葉の美しさや清純さ、男たちも武骨に見えて品があり人間性の豊かさがある。喧嘩にも限度があったが今は誰も他人に興味がなく、拳が出る前にナイフが出てくるような時代。たった70年で一つの国の精神文化が崩れるのに時間はかからないな、と思った。
 観た記憶が。時代の世相に反して、恵まれた御嬢さんたちの話でしたか。間違っていたらごめん。このテーマ曲の能天気な明るさは大好きです。
形式はよくある青春映画を取りながら、その実は戦後日本の理想を広めようとする作品。全体を通して、戦前日本の批判に自由主義や平和主義、天皇制への意識など様々なものが盛り込まれていて、作品の面白さ以前に考察し甲斐がある。

GHQによる検閲の影。
kikawa

kikawaの感想・評価

5.0
これからの時代は封建的なものを取っ払って男女は健全な恋愛をすべきだわ!とか提唱するくせに自分の恋愛の事となるとめちゃめちゃ照れる原節子かわいい
Kako

Kakoの感想・評価

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戦後、高度成長を経て、国家という大きな物語を失って個々が小さな物語を見つけなければならなくなったというのは、見ようによっては、生きづらくなったとも捉えられる。神もイデオロギーも死んでしまったのだから。
そして昨今の”悟り世代”は物語を見つけようともしなくなったというのに、名作から消費型ドラマまで物語礼賛がおさまる様子は無い。
「物語なしに人は生きられない」という通念が蔓延っているから。
まあ確かに不便なものや醜いものに惹かれてしまったり、論理じゃ割り切れない事柄に救われたり、彩ってもらったりするけれど、物語ってほどじゃない。無くても何とかなるんだろうなと最近は思う。そこには情動もクローズアップも存在しないけれど。

そんなことよりも原節子のこういう役柄も良いなっていうのと池部良が男前すぎた。日本のグレゴリーペック感ある、かっこいい。
杉葉子は細い顎が魅力的な女優。
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