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「ハッピーエンド」に投稿された感想・評価

ユウ

ユウの感想・評価

5.0
ハネケ監督はやはり天才。

現代ならではの演出を大胆に盛り込みながらもちゃんとハネケ色全開、かつ素晴らしい完成度。

映像も綺麗。こんなふうに真正面から時代の暗部に切り込んだドラマの傑作は今、本当に稀有。
今までの作品を詰め合わせたような、アムール見てからの方が良かったな
内容は相変わらずでした
柴芋

柴芋の感想・評価

2.5
イザベル・ユペール目的で観たけど、何も得られなかった。いや、すごく分かるんだけどこういった面ばっか見るの辛い。SNSの世界を本音が話せる心の拠り所としちゃうのは世代的にもうついて行けない。人の負の感情が溢れてた。映像の雰囲気いいけど、希望はない。
BoltsFreak

BoltsFreakの感想・評価

3.1
人の価値観はそれぞれ異なるということ。I☆JapanのTシャツ欲しくなった。
一人旅

一人旅の感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

ミヒャエル・ハネケ監督作。

フランス北部を舞台に、建設業を営む裕福な一族に隠された秘密を暴くドラマ。

ハネケ10本目のレビューは監督最新作『ハッピーエンド』。今まで陰鬱な映画(一部を除く)を散々撮ってきておいて、ここにきてハッピーエンド? そうです、単純なハッピーエンドで終わるはずがありません。むしろ、本作はとある家族を巡るアンハッピーな物語。主演は今回で4度目のハネケ映画出演となった名優:イザベル・ユペールで、前作『愛、アムール』に主演したジャン=ルイ・トランティニャンも滋味に溢れた演技で老齢の祖父を妙演しています。

ハネケにしては大分“まろやか”な家族ドラマで、フランス北部の港湾都市:カレーに暮らす資産家一族に隠された秘密の数々を彼らの邸宅に移り住んだばかりの13歳の少女の視点により暴き出していく、表面上幸福な(綺麗な)家族の澱んだ部分に迫ったお話。お互いの距離感を掴めずに壊れてゆく母子関係や人には言えない歪んだ欲望を抱える父親の裏の顔が明らかになっていく作劇で、家族と云えども所詮は“(自分ではない)他人”であるという確固たる事実とそれに起因する相互の無理解・無関心が殺伐とした家族関係の中に提示されています。

現代のSNSを含めたネット文化の浸透も、家族内コミュニケーションの断絶を助長している一因として示しています。少女がスマホの画面を通して見る世界は、彼女が直視する世界とは意味合いが違っていて、少女と世界の間に介在するスマホという媒体が彼女自身から生々しさのある“現実感”を薄くさせています。それは少女に限らず、妻子がありながら歪んだ性的欲望を膨らませる父親にも当て嵌まっています。彼が愛用するノートパソコンに打ち込まれる文字の塊には、現実における彼(=良き夫・良きパパ)の姿からは想像できない程にイカれた欲望が顕著に表れていて、少女にとってのスマホと同じように父親にとってのパソコンが自分と現実を隔てる物としての役割を果たしています。

“人と人の真正面からの関わり合い”が物を言う旧い時代を生き抜いてきた祖父だけは子や孫の世代とは違って家族の本質を鋭く見抜く力に長けた存在として描かれています。祖父と少女の世代を越えた本音と本音の探り合いは、現実の感触を失った少女を今一度現実に引き戻すきっかけとなり得ますが、そう上手くはいかないのがハネケの冷めた視点。爽やかな晴れ空の下、再びスマホを手に取る少女のエンディングが、現実を直視できずに逃げ続ける現代人の秘匿的生態を浮かび上がらせています。
あろは

あろはの感想・評価

3.5
ミヒャエル・ハケネ監督がSNSの画角を用いるという、演出手法において、ある意味挑戦的とも言える作品。

演者も含め、二度目のパルム・ドールに輝いた「愛、アムール」のアナザーストーリー的な、愛と死の物語。

目の前の死すらも非現実化する、スマホが映し出すバーチャル世界。

製作費不明
ロビン

ロビンの感想・評価

3.7
ミヒャエル・ハネケ監督作品。
フランス北部の町カレーを舞台に、それぞれに秘密を抱えた3世代の家族の姿を描いたヒューマンドラマ。
まぁこの監督の作品なので“ハッピーエンド”な終わり方する作品じゃないよなと思いながら鑑賞〜笑
それから、観終わった後にジャケ写を良く見ると秀逸。

SNSがどうとかスマホがどうとか家族がどうとかいう、単純なレベルで捉えると「浅はか」と言われてしまいそうな作品。
意味の分からない描写等も含めて絶妙に不快で居心地が悪い。
この絶妙な“不快さと居心地の悪さ”は恐らくハネケ監督作品の真髄なのかなと〜笑

冒頭でメンタルの病気の母親の行動をスマホで撮影し、ネット配信する娘エヴ。
その母親が飲んでいる薬をペットのハムスターに与え、死んでゆく姿も配信するエヴ。
フィルター(スマホ)越しに見るとリアルじゃなくなる感覚。
生と死の境目が曖昧になる感じは分かる気もするけど、冒頭から一気に不快な気持ちにさせられる〜笑

劇中ジョルジュがエヴに話した大きな鳥が、小鳥をバラバラに引き裂いてた話がかなり印象的。
「もし、テレビで見てれば普通のことに思える。自然の摂理だと。だが、現実に目にすると、手が震える。。」

【ネタバレ】
  ↓








冒頭でエヴがスマホで撮影していた母親は一度もエヴ(スマホ)を見なかった。
しかしながら、ラストでジョルジュが車椅子で海に入っていくのを、スマホで撮影しているエヴをアンヌはハッキリと見た。
ジョルジュは“テレビやスマホから流れる死”ではなく現実の死をエヴに見せようとしたのかもしれないが、それすらも結局エヴはスマホを通して見てるというのは皮肉だなと。。
べん

べんの感想・評価

2.5
アルテリオ映像館にて。ビデオカメラでなくスマホを手にしたハネケ。
kuu

kuuの感想・評価

3.9
『ハッピーエンド』
原題 Happy End.
映倫区分 G.
製作年 2017年。上映時間 107分。

名匠ミヒャエル・ハネケが、難民が多く暮らすフランス北部の町カレーを舞台に、不倫や裏切りなどそれぞれに秘密を抱えた3世代の家族の姿を描いたフランス・ドイツ・オーストリア合作人間ドラマ。

建設会社を経営し、豪華な邸宅に3世代で暮らすロラン一家。
家長のジョルジュは高齢のためすでに引退し、娘のアンヌが家業を継いでいた。
アンヌの弟で医者のトマには、別れた前妻との子で13歳になる娘エヴがおり、両親の離婚のために離れて暮らしていたエヴは、ある事件をきっかけにトマと一緒に暮らすためカレーの屋敷に呼び寄せられる。それぞれが秘密を抱え、互いに無関心な家族の中で、85歳のジョルジュは13歳のエヴにある秘密を打ち明けるが。。。

『愛、アムール』(2012)で親子を演じたジャン=ルイ・トランティニャンとイザベル・ユペールが、今作でも家長のジョルジュと娘のアンヌをそれぞれ演じ、親子役で再共演。
ファンティーヌ・アルドゥアンが、重要な役割を担う13歳のエヴに抜てきされてました。

今作品の特に、エンディングを見て、ミヒャエル・ハネケは登場人物に対してもう少しソフトになり、慈悲を示すようになると思った人がいるとすれば、その期待は、多くの点で同じテーマ、つまり私たちに待ち受ける道の終わり、死、それにどう対処するか、を扱っている彼の今作品によって確実に否定されることになる。
ブルジョア階級の人々は、すでに映画界でその全盛期を迎えていた。
今作品では、彼らの世界が深く詳細に描写されている。
21世紀に入っているが、その変化は、モラルや内面的な関係、上流階級と周囲の世界との関わり方 - 家の使用人、ビジネスのパートナーや社員、現代のヨーロッパに住むさまざまな肌の色の移民 - よりもむしろテクノロジーの方にあるようなきがする。
映画名『ハッピーエンド』は、この社会階級の夕暮れ、あるいは老人と苦悩する人々の慈悲深い殺戮を指しているのかもしれない。
ミヒャエル・ハネケがタブーを破ることに無頓着であることは、これまでの作品からわかっている。今作品もまた、いくつかのタブーを攻撃している。
幼年期は理想的な年齢ではなく、むしろ悪の種が蒔かれる時期として捉えられている。
テーマは繰り返し出てくるが、脚本家や監督の態度はどうかというと、相変わらず型にはまらない。今作品で新しい視点のひとつは、インターネットとソーシャル・ネットワーキングに触れていること。
登場人物の一部は、デジタル・ネットワーキングの見かけ上の暗闇の中で、自分の感情を共有し、隠されたメッセージを発信する。人間のコミュニケーションの代用品に対する監督の鋭い批判は明らかだが、スマートフォンの画面という形式を見事に借りて、映画のオープニングとクロージングに使っているのである。
今作品は、ミヒャエル・ハネケのもう一つの傑作と云っても過言じゃないかと個人的には思います。
ミヒャエルハネケさんが短期間で続くという歓喜極まる今日この頃。
ハネケさんが心に訴えてきているのでしょうか。
嫌らしく訴えてきているのでしょうか。

「お前、本当は観たいんだろ?」
そんな声が聞こえてきたので、「ハネケさん、、、タイトル本当ですか?」と私。
「当たり前だろ。ここに書いてあるだろ?」とハネケさん。
そんなわけでハネケさんを信じて鑑賞開始です。

始まって早速、なんだこれは?状態。
「全然、ハッピーなんかじゃねえじゃん」と私。
「お前、本当は分かってたんだろ?」とハネケさん。
この時点で、ハネケさんのペースに丸め込まれます(嬉々してね)。

物語は、お金持ち訳あり三世代一家が出てきて、そこでまあごちゃごちゃあるわけです。
注目したいのは、一家が”建設業”を生業としていること。
ここからは完全に当てつけだけど、本作と建設業が重なるところを。

・建設業は1人ではできない(家族の話ですよと暗示)。

・建築物の肝は基礎であるが、基礎は地上からは見えない(人そのもの。その人の内心なんて分からないが、その図面があれば推測はつく。しかし、この一家の図面はない)。

・建設業に於いて災害はつきもの(実際に本作冒頭で起こっているし、災害は崩壊を現し、無を現す。家族の崩壊を現す。しかし、その後の対応なりケアによっては逆転が起こることもあるが、この一家はできない。)

・建設業は工程記録、工程監理が重要になってくる(SNSで垂れ流すところ、不倫相手との下衆メールやりとりとか。誰かに認められたい、認識して欲しい、叱って欲しい、それでも身近な人には知られたくない(欠陥)って感情になるのだろうか)。
などが思い浮かぶ。

そんな”建設業”目線で本作を観てみても面白いし、単純にハネケさんの嫌らしさを堪能し、振り回されては、すっかり”そっち”側になっている(本作でも観ている側が、まさに”無意識に観ているだけ”を意識させられていたことに鳥肌がたった)。

ハネケさん作品では、こちら側に考えさえる(答えを出さない)箇所がいくつも出てくるのが特徴なのは言うまでもない。

「お前、なんでもかんでも教えてもらおうとするなよ。想像力の欠如は恐ろしいことなんだよ」とハネケさん。
「仰る通りです。想像力働かせてみます」と私。

最後のシーンについて、少しだけ内容踏み込みます。
祖父と孫娘の関係性は、ものすごく気持ち悪い関係性(これがすごい。牽制し合って譲る気のないやつ。だけども同類臭もするという極め方よ)になってからのシーン。
祖父は”死”を求め、孫娘は”生”を求めた。
その方法でしか、自己表現できないというか興奮できないとでも言うのでしょうか。
孫娘を見つめる叔母の目線。
思わず笑ってしまいそうだけど、笑ったらいかんやつ。
こんな”生と死”の描き方ある?ってくらいに、とんでもなく強烈。

「どうだ?お前の身近にもあらゆることが起きているだろ?ただ、それに無関心なだけだってことが分かっただろ?で、幸せってなんだ?」とハネケさん。
「すみません。分かりません」としか回答ができなくなってしまった。

なんだこれは、なんだこの感情は。この感情の行き場のなさよ。これはハネケさんにしかできないでしょ。
ヘネケさんとの妄想対話も慣れてきたし、ますますハネケさん作品の虜になった次第でした。

最後にちょろっと。
ハネケさん作品では、お馴染みに近いイザベルユペールさんも出演されていて、本当にこの方大好きだわってなっちゃう。
なんでそんな目線ができるのか、人を突き放す目線、それと弱さが垣間見る目線、不躾とした目線。
本当に素晴らしい役者さん。ユペールさん出てるだけでそれだけで十分って思えてしまう。
本作でも素晴らしい演技みせてくれております。

あと、孫娘ちゃんのアイ♡ジャパンシャツがかわいいな。
なんの意図があったんだろ。このシャツに。
ハネケさん、日本好きなのかな。
そんなことを考えてしまうしあわせ家族映画でした。
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