殴られる彼奴(あいつ)の作品情報・感想・評価

「殴られる彼奴(あいつ)」に投稿された感想・評価

mingo

mingoの感想・評価

4.2
サイレントで久々に泣く。「ノートルダムのせむし男」のカジモド役しかりロンチェイニーの憎しみが滲み出る顔、リアルすぎて見ちゃいけない顔をみてる気になる。地球儀→円形舞台場→地球儀と舞台装置の移り変わり演出も素晴らしく苦肉の末に書きあげた論文も妻もすべて掌から零れ落ちて絶望。ただ最後に笑っていたら勝利!というメッセージ性ももはやただただ虚無である。「ジョーカー」の何倍もよく出来てる、これが映画。
神

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4.0
特集 素晴らしきサイレント映画 Ⅱ

ピエロの集団も学者の集団も怖かった。あの父親の着飾りおめかし服、びんぼっちゃまっぽさあった。ちょこちょこ動物大活躍(特にライオン)。
hk

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4.4
字幕なしのオリジナルを見た。サイレントなのだが、嘲笑の場面のみ、群衆の笑い声が響き渡った。ピエロの登場する映画の原点だと思った。

レビューを書こうとPCを閉じようと思った時、日本語訳+活弁字幕つき版があることを知った。もう一度見た。笑い声の替わりに、せつないピアノ曲がバックに流れていた。

この映画の素晴らしさを危うく見落とすところだった。

日本語訳が素晴らしかったこともあり、噛み締めながら2回目を見た。

"最後に笑う者が勝者である"。
主人公は本当に勝者だったのか。

元妻と支援者だったはずの男爵に裏切られた主人公が、人生を笑うため、軽蔑の念を込め、ピエロになった。

それで人生を終えるつもりが、人というのはどんなに傷ついても、不思議と希望を持ち、人を愛する勇気を持っている。自分でも信じられないような叶わぬ恋をする。

最後はハッピーエンドなのかどうかを観客に問いかける。

幸せかどうかは、本人の考え方次第。主人公は2つの幸せ(悲しみの終わり)を見出だし、映画は終わった。

私は、これも幸せのひとつの在り方だと思う。

感情がむき出しになるシーンや胸を締めつけるシーンなどがいくつかあるが、どれもその描き方が素晴らしかった。

コンスエロが彼奴さんにハートを縫いつけるシーン。彼奴さんは幸せを噛み締めているが、見ているこちらは逆にその辛さに胸が締めつけられる。

公演中に復讐相手を観客席に見つけた彼奴。いつもは殴られて倒れることで笑いを取る。この時は復讐相手に気を取られ、殴られても殴られても倒れない。彼奴が真剣になればなるほど、観客は大爆笑となり、公演は皮肉にも大成功となった。

多くの方が絶賛するピクニックの求愛シーン。お互いお腹が空いてないと空腹よりも別のことに頭が一杯なのだが、コンスエロが恥ずかしがって逃げる、気持ちを言わない。ベザーノが追いかけてコンスエロを捕まえて組み敷いて吐かせた言葉"私もお腹は空いてないわ"を"私も愛しているわ"との訳。そうか、そういう意味か。

どんなことでもいい。最後は笑って終える人生を送りたい。
研究も妻も奪われた男がピエロになって果たす復讐譚。恋人たちのピクニック場面が秀逸で時間経過をパンにたかる蟻で表現するとことか狂ってる。一方で粋な木こりの爺さん登場させたり変なバランス。ピエロをリンチする演目も異常だし。MGMゆえかライオンも大活躍。偽物のハートでも捨て去れていたなら刺されもしなかったのに。@シネマヴェーラ渋谷
パンチ効きすぎ。“人生という悲喜劇は、最後に笑ったもん勝ちである”この言説の負の側面をそのままぶつけてくる。数多ある笑顔とぶっ飛んだ転換の暴力性。
ENDO

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4.3
画面を埋め尽くす顔顔顔!MGMの彼奴が仕置人として果たす役割は絶大。埋められた心臓を拾い直すも愛の告白で無造作に捨てられ致命傷に。生存の猶予が殴られるパフォーマンスを完成の域に持っていく。ひたすら惨めなロン・チェイニーの復讐成就の笑顔は鬼気迫る。
おそらくこれがサイレントでなかったら耐えられないくらいに残酷なストーリー。
面白いのはテレビアニメでいうところのアイキャッチのような短い映像を場面転換のたびに挿入しているところ。悲惨な話にもかかわらず拍子抜けさせられるような頻度でアイキャッチが来るので異様な感じがする。

あと、締め方の詰めが甘い気がする。殴られまくる芸で死ぬのが一番メロドラマっぽくて良いし、そうでなかったらライオンに殺されるのが妥当。短剣で刺されるのはイマイチ盛り上がらない。
嘲笑の描き方がすごかった。スタンダードの画面いっぱいに人物を固めて、大衆の皮肉な笑いを主人公にぶつける。わかりやすいし、説得力ハンパない。 
シェストレムが描く道化師ロン・チェイニーの復讐劇。全てを失った成れの果て。自分のことをHEとしか言えない哀れ。ロン・チェイニーが素晴らしい。シェストレムのヒューマニズムとエンターテインメントは黒澤明に何処か繋がっている。地球儀から円形舞台へ。おびただしい道化師たちのサーカス場面は圧巻だ。本作は本格的なバックステージ物となってる。ノーマ・シアラーがチェイニーのハートの刺繍を縫う片思いのラブシーンが素晴らしい。そしてノーマとジョン・ギルバートのピクニックのデート場面があまりにも美しい。人物の輪郭が逆光気味に浮き上がり、周りの草木が燦燦と輝く、完璧な光線は奇跡である。アイリスアウトとインで真珠のネックレスと花飾りがダブルのも印象的だ。
チェイニーを捨てる妻タリー・マーシャルと研究を盗む男爵マーク・マクダーモットの場面は妻ばかり描いて男爵をほとんど写さないのが面白い。二人の別れの場面も唖然とする妻と男爵のシルクハットで表現している。チェイニーが地球儀を回すカットが何回か挿入されるがクラッチのようなものなのだろうか?学会の居並ぶ教授達とサーカスの満員の大衆の嘲笑が重なる圧力が凄まじい。クライマックスは馬とライオンのカットバック、そして復讐の大惨劇。殴られて笑われてばかりいた男が最後に笑う復讐の物語である。
 オオカミたちがなにをしているのか、あるときフォア・トレイがまじめくさって言ったことがあった。オオカミたちは尻を地面につけて月を叱っている、というのだった。冗談に調子を合わせて、なぜ月を叱るのか、とおれは彼に訊いた。月となんの関係がある、と。すると彼は、いい質問だ、とだけ答えた。
──ジム・トンプスン『天国の南』小林宏明訳、文遊社、2017年、165頁。
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