パラダイス・ロストの作品情報・感想・評価

「パラダイス・ロスト」に投稿された感想・評価

tent

tentの感想・評価

4.0

このレビューはネタバレを含みます

 「好きそうな作風」との勧めで鑑賞。なるほど勧められた理由がわかる。詩的な繋ぎ合わせで成り立った映画、私的な映画趣向を詰め込んだ映画、そんな感じで自分のツボを突いてくる映画であった。
  
 しっかりした生活感がありつつ、しかし人物はどこか浮いた存在に見える。リアルを求めた映画ではない。人々ーホームレスからデモに向かう学生までーの不自然なほど緩やかな繋がりには、監督の理想が込められているように思える。総じて皆んな深刻ではなく、優しいのだ。上映後のアフタートークで、観客の一人が「誰も夫を失った亜矢子を”未亡人”と呼ばなかった」と言っていた。そう、皆垣根無く優しく付き合っているのだ。個人的に映画監督役の木村文洋(実際に映画監督もやっているそう)の、素じゃないとできない震えた声とおどおど感が驚きで、そしてそれを平然と受け入れる周囲の関係性が良かった。だから亜矢子も通りすがりにデモに向かう学生にカンパするのだ。そうやってこの映画内の人物は「外に出て出会うこと(劇中のヒラカズ先生の言葉)」で成り立っている。また、圧倒的に外での撮影や実際に家で撮影された、つまり現実を背景に彼らを据えることで、あたかもこんな市井の人々がいるのではと錯覚させ、しかし現実との齟齬によってこれは理想像だと瞬時に理解できる。普通にロケ地が全部良かったな。
 
 また、死んだ夫が不意に現れるのも良い。それは大林宣彦的な幽霊の扱いと同じだ。アフタートークで監督曰く、幽霊の存在することにルールは必要ないとのこと。触れられるし、目に見えたり見えなかったりする。その曖昧さが許される。そして、上記で述べた人物たちと同じように、死んだ彼もまた、優しいのだ。

 冒頭の夢(?)表現が最高だった。人気の無い昼間の道路に立つ数人の人、たじろぐ亜矢子、手を繋ぎ共に脱出する夫。ここのカットは非常に飛び飛びで、監督はアントニオーニ的と言っていたが、自分はペドロ・コスタの「血」に近いショット同士の衝突な気もした。非常に抽象的だが鮮烈なイメージ。その後二人は草の上で交わるのだが、途中で夫は反応しなくなる。ワンカットの中に、生(性)と死を収めてしまうこの技量。生の延長に死があるとわかるし、夢と現実がシームレスであるというニュアンスも感じる。この夢が後のシーンにずっと妙な緊張感を走らせている。つまり、亜矢子のむさぼるような性的な衝動が、普段の生活の奥底に渦巻いて持続していくのだ。

 ただ、このシーン以降の亜矢子はそもそも死に直面して落ち込んだりせず、確固として生きているので、あそこまで鮮烈に描かれた夫の死というファクターがそこまで物語に機能している感じはなかった。パラダイスを失うという喪失を漂わせるタイトルからするとやや不釣り合い。しかし、良くも悪くもこの映画の登場人物たちは「なんとかやっていっている」のだ。

 夢のシーンの斬新さといい、その後のカメラ目線、カメラ前と後ろでの応答、移動カット、夢表現など、一つとして同じ表現をしない。個別に見ると面白いが、総体としてどうだろうか。結局そのテーマといい編集や撮影スタイルといい、どこに軸が置かれていたのかがわからなかった。映画監督兼詩人として許容される点ではあるだろうが、やはり詩的と片付けるには散逸してしまっている。映画の一方通行な時間軸と、詩という独特なリズムや緩いマイペースとは、特に後半で顕著にズレを起こしていた。

 ゴダール、かなりゴダールだしそれを隠そうともしない。特に今作品は「ウィークエンド」や「中国女」の影響を大きく感じた。革命を志す学生がいたり、トルストイの本の中の人物が実際に現実に現れたり、また「世の中には耳を傾ける音楽とそうでない音楽」という言説はまんま引用している。あとは画面端に「さらば、愛の言葉」のパンフが見切れていたりして、それは見せ過ぎですらあった。

 ゴダール=パンク精神故の引用だと思う。やたらディランやパティ・スミスなどの名前が出たり(やや恥ずかしさを持って見たが)、メノウ というバンドの超かっこいいパンクな音楽が流れたりして、そりゃあもう楽しい。エアギターにダンスする幽霊も最高です、このシーンだけでも何回でも見れる。この映画の優しさの源流には、実はパンク精神が宿っている。その矛盾しなくもない二つが同居する。それはほぼジャームッシュ的と言って良いだろう。体制や社会にはパンクだが、生活は平穏でいたいという願い。そのせいか、今作の革命は絶望的なまでに力の無い空虚さだったのだが(そりゃ五輪も止まるまいなという説得力にはなっている)。

 そんな今作品、ゴダールに近づき過ぎて「ウィークエンド」と同じ過ちを犯している。この映画で確実に自分はラストシーンだと思った、亜矢子とユキのメタも劇も台詞も一緒くたになったワンカット。ここの台詞がほぼ映画を締めくくってしまって、緩く持続していた夫の死に決着が着いたのだ。しかし、その後も話は進み、今度は広げた風呂敷をどうしまっていくかというわけで、全ての人物の物語の決着をつけることになるのだ(群像劇を作ったことある身として、ここは同じ過ちを自分もしていて、書きながら猛省してます)。それが間延び感が否めなくて、しかも映像的な面白みも減ってしまっている。そこには彼らの物語を補完するために新たな詩が読まれるのだが、冒頭で読まれた軸となる木下夕爾の詩「死の歌」の存在が霞んでしまう。これは「ウィークエンド」の後半、急に映像的に素材不足が見え隠れしだし、それを補うように長文テキストを読むだけのシーンが続く現象と同じだ。つまり、詩的な繋げ方は、掴みそこねるとどこまでも拡大して収拾がつかなくなるのだ。もし亜矢子とユキで終わったならば、恋愛とは違う友愛的な帰結を迎え、真に夫を乗り切り、「あなたは美しくない!(二人がお互いと観客に向かって放った台詞)」ことを自他共に認めつつも歩むラストになれたと勝手に思ってしまった。その後は観客に任せてよいのだ(自戒を込めて)。結果男女の性愛で終わったことも、アダムとイヴを想起させつつも、結局そこに終始するんか感はある。

 にしても、この穏やかな空気感と死んだパンク達、空虚な身を結ばない学生のデモ。市井はいつも通り動く。平和をうたう乞食がいる。もうこれ、本当に今の日本でしょう。真綿で首を締めるみたいに死んでく日本の姿を見た気がして、それを察知した監督の目がすごい。もはやそこに監督は賛否を問いはしない、デモの声が虚しいように、監督もこの映画の虚しさに気づいているのではないだろうか。パラダイスを失った無辜の民は何処へ行くのだろう。
oVERSON

oVERSONの感想・評価

3.9
詩を詠むように話をする人物から焦点を外すことができないカメラの様子まで伝わってきた。想像だけど。
2021-205
airi

airiの感想・評価

3.5
初めて福間監督作品を鑑賞。
キッカケは、なんとなく興味を持ったから。

私の場合、物語を理解すると言うよりは、世界観そのものを受け止めることからはじまった。

詩と共に進む物語の映画体験。
複雑に絡み合う人間模様や感情を、日本的感性で独特に描かれていると感じた。

どこか生々しく、艶やかであり、人の複雑な感情を詩が寄り添い表現してくれているかの様に。

個性的な映画はやはり印象を与える。
時を経て、思考や感性が成熟したころに観れば、また受け止め方も変わるのだろう。
詩と台詞が交錯する物語。死者が幽霊じゃなく生者と共に普通にでてくる。そんな世界がいい。

福間さん木村文洋さん登壇。
映画そのものが”詩”であり音楽。
それをダンスのように踊る役者達。死に触れ残された者達の背中を押す、生命力と活力に満ち溢れてる。
死生観をポジティブにも捉えてる。

文学的過ぎて自分には到底理解出来ないが、こんな作品を生み出せる福間監督の人生経験は唯一無二。
よる

よるの感想・評価

4.0
秋の理由ぶりに福間作品を観た。
前作ではエキストラをさせてもらっていたり、ほとんどの作品を高崎でも上演していたりと、なんだか縁を感じる。

綺麗事ではない、人間の生(なま)を剥き出しに描く。ある種の気持ち悪さを感じつつも、それを愛おしいと思う。

前作に続き、今回も国立の風景があって素敵だった。

どうしても1作品として客観的に観ることはできない。思い出に付随した、いい鑑賞になった。
トール

トールの感想・評価

3.0
20200807横浜ジャックアンドベティ 60点 映画自体は40点で、主演の和田光沙さんの魅力で20点上乗せ。^_^和田光沙さんといえば、あの大傑作、『岬の兄妹』の主人公で、ウチは彼女が見たくて見に行きました。でも、あの大女優をもってしてもどうやったらこんな映画になってしまうのでしょうか?ウチが理解できない映画なのかもしれません。
mino

minoの感想・評価

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午後3:00からの鑑賞。

その前のビールとカツサンドですぐに眠たくなってしまった。

で、睡魔の完全勝利。

ほんのちょっとだけしか見れなかった。

たまに目を覚まして見ても、淡々としていて、映画と夢の境目が溶けちゃったらしい。


2回目ちゃんと見ないと点数はつけられませんな。
小原早織=佐々木ユキ
小原早織=福間健二

『あるいは佐々木ユキ』を見たのはいつだったかしら? と思ってメモを繰ってみた。2014年1月13日に松山のシネマルナティックで、だった。

そもそも小原さんは福間さん映画にずっと出てる方。でも今回はとりわけ「佐々木ユキ」としての小原さんとの再会ということで感慨ひとしお。
『あるいは〜』の時と比べて今回のサキさんはより「詩」だったし、より「ダンス」だった。
死者や生者や妻や少年や、皆々様と一緒にずうっとスクリーンを揺蕩う感覚、出色でした。

もちろん我妻さん、江藤さん、そして木村監督。皆さんのこの世のものとは思えぬ台詞回しにも素直に没入。

ああ、和田光沙さん。この日は『破壊の日』も一緒に見て堪能させていただきましたよ!

そうそう、『あるいは〜』ももちろんそうなんだけど、福間さん作品といえば秦岳志さんの編集も。彼の切り出すリズムが余計に私を揺蕩わせるのだなあ。
自分を救い出してくれた「パラダイス」である夫の「死」に直面した亜矢子が彼女を取り巻く人々の様々な「生」に触れて「命の力」に背中を押されるように喪失感を乗り越え生きていく活力を取り戻していく再生のポエトリームービー。
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